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過労死社畜、悪役令嬢の飼い猫に転生する ~美人な飼い主にモフられながら、破滅フラグはチートでこっそりへし折ります~  作者: 真野真名
第三章 王立学院に猫は潜む

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第四十六話「闇の家庭教師、再び」




 翌朝。


 ロムルスに呼ばれたシモン老人が、フィロパトール公爵家の王都邸を訪れた。


 宮中伯シモン・トト・ムダリス。


 風と水、二つの属性を持つ宮廷魔術師。元魔法省大臣で、現在は相談役のような立場にいる。


 役職だけ聞けば、王宮で忙しく働いていそうな人物だが、本人はわりと自由に出歩いている。


 組織というものは、上の役職に就くほど仕事が減る場合がある。


 シモン老人が来ると、パティはさっそく裏庭へ案内した。


「見て、シモン先生!」


「おやおや。ずいぶん元気じゃな」


「昨日、こんなのができるようになったの!」


 パティは足元に木箱を置き、自分の影に重ねた。


 箱が消える。


 シモン老人は、白い眉を少しだけ上げた。


「ほう」


 パティは得意げに箱を取り出し、もう一度収納する。


「こうやって入れるの!」


「ほう。見事な魔法じゃな」


「えへへ」


 パティが笑う。


 俺はその横で、何食わぬ顔をして座っていた。


 シモン老人はパティの手元と影を交互に見たあと、彼女へ尋ねた。


「ところで、誰に教わったのかな?」


「お湯の人!」


 老人の手が止まった。


「……お湯の人?」


「うん。夢で教えてくれたの。便利魔法ズッポリ!」


 シモン老人は、ゆっくりと俺を見た。


 ほんの一瞬だったが、確かに俺を見た。


 その目には、驚きというより、何かを確かめるような色があった。


「おお、あの『お湯の人』か」


 老人は何事もなかったように頷いた。


 いや、待て。色々疑っているだろうが、名前は俺が付けたんじゃないぞ。そこだけはハッキリさせておく。


 シモン老人はパティに向き直った。


「ロムルス殿の言うとおり、あまり人前では見せないほうがよいぞ」


「便利なのに残念」


「そうじゃな」


 老人は優しく頷いた。


「ともあれ、便利な術を覚えられて良かったな」


 シモン老人は最後にそう言って、パティの頭を軽く撫でた。


「うん!」


 パティは嬉しそうに頷いた。




 パティの魔法のお披露目が終わったあと、ロムルスは老人を執務室へ招いた。


 パティが手を洗いに行った隙に、俺も執務室のベランダへ飛んだ。


「どう見た?」


 ロムルスが尋ねる。


「古書に記載のある、空間収納魔術の一種でしょうな」


 シモン老人の声は、先ほどまでパティに向けていたものより少し低かった。


「影を媒介にして、物を別の空間へ移している。仕組みはまだ分かりませんが、単なる幻術や隠蔽の類ではないでしょう」


「実用性は?」


「非常に高い」


 老人は即答した。


「物資の輸送に使えれば、輸送人員も荷車も大幅に減らせます。特に軍事行動では、有益どころの話ではありませんな」


 ロムルスは黙って聞いていた。


「食料、薬品、武具。必要な物資を影に収納できれば、行軍の負担は大きく減る。状況によっては、敵に見つからずに物資を運ぶこともできるでしょう」


「だが、パティ一人では大した量も運べまい」


「ええ。影が必要である以上、場所や条件に制約はあるでしょう。それに、収納できる量にも限界があるはずです」


 シモン老人は少し考えた。


「ですが、今のパトリシア様の術だけでも、小さな鞄程度の物を出し入れできる。十分に価値があります」




 俺は窓辺で耳を動かした。


 小さな鞄程度。今の段階では、確かにそう見えるだろう。


 だが、パティの魔術は、影の広さに左右される可能性がある。影を拡張する技術を身につければ、収納できる物の大きさも変わるだろう。


 それに、パティが次元空間を認識したことで、俺が、どこからでもパティの影に飛べるようになった。

 それは、離れていても、緊急時の対応が可能だということだ。


 この事実はパティにも見せていない。……少なくとも、今は。



 

「やはり、自由に使わせるわけにはいかんか……」


 ロムルスが呟くようにもらした。


「ですなぁ。ただ――」


 シモン老人が続けた。


「完全に隠すことは難しいでしょうな。魔力の痕跡も残るでしょうし、使うところを見られれば、何らかの術だと気づかれる」


「それでも、十分に価値がある」


「ええ。ですからこそ、慎重に扱う必要があります」


 ロムルスが短く息を吐いた。


「パトリシアは、まだ十歳だ」


「分かっております」


「本人は、便利な魔法を覚えた程度にしか思っていない」


「それでよいのかもしれませんな」


 シモン老人の声には、先ほどまでの軽さがなかった。


「今から術の価値を教えすぎれば、あの子は自分の力を必要以上に意識するようになる。魔術を使うことより、何に使うべきかを考えることのほうが大切です」


「……そうだな」


 ロムルスが頷く気配がした。


 いい判断だ。


 パティには、今のところ、収納魔法を便利な道具として使っていてもらえばいい。


 その間に俺が、危険な使い方をできるだけ把握しておく。


 それが現実的な方針だろう。


 ……のんびり優雅に暮らす予定の猫にしては、仕事が多い。




 シモン老人が話題を変えた。


「それと、ロムルス殿。少し気になる話があります」


「何だ?」


「パトリシア様にも関係するのですが、教会の内部で、妙な動きがあるようです」


 俺の耳が、ピクリとそちらを向いた。


「闇属性を祓うべきだ、という声が、一部で強くなっているようでしてな」


 シモン老人の声は、慎重だった。


「『闇祓い』などという言葉まで使い始めている者がおる。まだ教会全体の方針というわけではありません。しかし、過激な一派が頭をもたげつつある」


 ロムルスは、すぐには答えなかった。


「具体的には?」


「地方で、闇属性を持つ子供のイニシエーション結果を、不適合とする動きが出ているそうです」


 イニシエーションは、魔術の適性を無理矢理判別するための儀式だ。


 パティも幼い頃に受けている。その結果、闇属性と判定された。


 つまり、闇属性を持つという事実そのものが、無かった事にされている可能性がある。


「不適合? 判定の基準が変わったのか? 何を持って不適合とする?」


「公式には、何も変わっておりません。元々、闇属性自体が少ないので、公にはなっておりませんが、地方の一部では、不適合を理由に、闇属性を持つ子供に対して、使用を禁じているとか」


「誰が指示している?」


「そこまでは、まだ掴めておりません。教会の上層部が承知しているのかも不明です」


 ロムルスの声が低くなった。


「不適合とされた子供は、どうなる?」


「地域によって違うようです。再検査を受けさせられる者もいれば、教会から遠ざけられる者もいる。家族に不安を植えつけられ、子供自身が自分の属性を恐れるようになる例もあるとか」


 なるほど。そうやって、闇属性は危険だという認識を作り上げるわけか。


 先に結論を決めておけば、結果はいくらでも調整できる。


 検査方法を変える必要はない、その評価の基準を変えなくてもいい。

 ただ、闇属性の子供にだけ不適合を出せばいいのだ。


 記録上は、闇属性の子供が不合格になったという事実が残る。


 その記録を見た人間は、闇属性は不適合になりやすい、危険な属性なのだと考えるかもしれない。


 そして、その認識が次の判定を歪める。

 悪意を持った人間が一人いれば、仕組み全体を汚すことはできる。


 もっとも、悪意のある人間が一人とは限らない。

 自分は正しいことをしていると信じている人間のほうが、止めるのは難しい。


 ベルタの一件で、俺はそれを嫌というほど学んだ。


 本人は、パティのためだと思っていた。家のためだと思っていた。

 その結果、パティの善意を否定し、家族の思いを遮り、偏った記録を残した。


 今回も、同じ構図である可能性がある。


 闇属性は危険だ。だから、闇属性の子供を排除する。

 排除された子供が苦しんでも、それは危険な属性を持った本人の問題だ。


 そう考えれば、何をしても正義のつもりでいられる。


 人間は便利な生き物だ。


 自分の行為に正義という名前を付けるだけで、ずいぶん気が楽になるらしい。


「……分かった」


 ロムルスが言った。


「引き続き、情報を集めてくれ。確かなことが分かるまでは、こちらから動くのは控える」


「承知しました」


「ただし、パトリシアに関わる動きがあれば、すぐに知らせてほしい」


「もちろんです」


 短い沈黙があった。


 シモン老人は、声を少しだけ和らげた。


「今のところ、王都で同じ動きがあるという話は聞いておりません。あまり心配なさらぬよう」


「心配するなと言われて、心配せずにいられる親がいると思うか?」


「……これは失礼を」


 シモン老人が苦笑した。


 ロムルスは何も言わなかった。


 その沈黙には、父親としての心配があった。


 俺は窓辺から、庭のほうを振り返った。


 パティは少し離れた場所で、俺を呼んでいた。


「テトー!」


 どうやら、俺がいないことに気づいたらしい。


 俺は身を翻し、執務室のベランダから庭へ降り、パティのいるほうへ向かう。


 去り際、ふと気配を感じた。


 振り返る。


 執務室の窓の向こうで、シモン老人がこちらを見ていた。


 目が合った。老人は何も言わなかった。

 俺も鳴かなかった。ただ、ほんのわずかに目を細めた。


 シモン老人は、すぐに視線をロムルスへ戻した。


 あの老人は、初めて俺を見たときから、何かに気づいているようなところがあった。


 普通の黒猫だと判断したはずなのに、その後も時折、妙な目を向けてくる。


 確信はない。だが、疑ってはいるのだろう。

 俺が神獣なのか、精霊なのか、それとも単に変わった猫なのか。


 シモン老人は、まだ答えを持っていないのだろう。

 そして、答えが出るまでは、何も言わないつもりらしい。


 賢明だ。世の中には、知らないほうが幸せなこともある。


 たとえば、飼い猫が何を考えているのか。あるいは、飼い猫が何をできるのか。


「テト、こっち!」


 パティが両手を広げた。


 俺はその腕の中へ飛び込んだ。


「どこ行ってたの?」


「にゃ」


 仕事だ。


 猫の仕事は、飼い主を守ること。ただし、守るべき相手が増えると、仕事量も増える。


 家族。


 友人。


 学院の仲間。


 そして、闇属性を持つだけで不合格にされるかもしれない、どこかの子供たち。


 まだ何も確かなことは分かっていない。だからこそ、情報が必要だ。


 俺はパティの腕の中で丸くなり、目を閉じた。

 まずは、今の飼い主を守る。

 それから、余裕があれば他の連中も守る。


 順番は大事だ。


 前世の俺は、その順番を間違えた。


 今度は間違えない。


「ほら! 見て見て、影からプリン出せた! 一緒に食べよ」


「にゃあ」


(それは自分で入れておいたものだろ……分かったから、頼むから家族以外に見せるなよ)


 俺は小さく溜息をつき、パティの足元へ駆け寄っていった。



『テト観察日誌』


“パティが、影の中に物品を収納する術を修得した。

 本人は『お湯の人から教わった』と言っている。

 ……また、あいつか。

 空間魔術の領域に踏み込むなど、十歳児には不可能だ。

 あいつがパティの枕元で何をしているのか、真剣に解明しなければならない。

 なお、今朝、父上の執務室から出てきたシモン宮中伯が、庭のテトを見て何かを呟いていた。

 ……やはり、あの猫は普通ではない。


 追記:パティが影から出したプリン。あれは僕のおやつになるはずのものだったと思う”




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