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過労死社畜、悪役令嬢の飼い猫に転生する ~美人な飼い主にモフられながら、破滅フラグはチートでこっそりへし折ります~  作者: 真野真名
第三章 王立学院に猫は潜む

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第四十五話「ズズズでニュニュニュ」




 アルカランズ王立学院が、急遽、設備点検のため臨時休校になった。


 理由はともかく、結果として四連休である。


 生徒にとっては天から降ってきた休日だろうが、教師や職員にとっては予定外の休日出勤かもしれない。設備点検という名目で、何か面倒な問題が見つかった可能性もある。


 まあ、俺には関係ない。


 俺は猫だ。


 学校に通う必要もなければ、休校のお知らせを受け取る必要もない。休日が増えたところで給料が減ることもない。前世であれほど欲しかった生活が、こんな形で手に入るとは思わなかった。


 ただし、俺の飼い主には関係がある。



 フィロパトール公爵家、王都邸の裏庭。朝食を終えたパティが、俺の前で胸を張っていた。


「今日は魔術の練習をします!」


「にゃ」


 いい心がけだ。

 勉強は大事である。魔術は使い方次第で危険なものになるから、なおさらだ。


 ただ、俺としては、せっかくの四連休なのだから、日なたで昼寝をする時間も確保していただきたい。


 飼い主の成長を見守るのも、猫の重要な仕事ではあるのだが。


「夜、お湯の人から教わった『便利魔法ズッポリ』です」


「にゃ」


(……そんな酷い名前、付けた覚えはないぞ)


 夜な夜な枕元で収納魔法の感覚を刷り込んできた苦労が、謎のネーミングセンスによって上書きされている。

 俺としては、魔法の命名権くらい主張したいところだ。


 しかし、パティの中ではすでに命名が完了しているらしい。



「では……とっても美味しい焼き菓子が入っていた、この木箱を影の上に置きます」


 焼き菓子は昨日、アウグストが持ってきたものだ。中身はとっくに食べ終わり、箱だけが残っている。

 ちなみに、俺も少しもらった。

 人間は猫に焼き菓子を与えるべきではないという意見もあるだろう。事実、猫は遺伝子レベルでT1R2という受容体(レセプター)が備わって無いので甘味は感じない。

 だが俺は、猫ではない。五年もこの身体と付き合っていれば、否応でもわかる。


 セバスの口ぶりからすれば、神獣と呼ばれる類なのかもしれない。もっとも、その神獣を見たこともないので確証はない。自分が何者なのかを調べるより、飼い主の安全を確保するほうが先だ。


 だが今は飼い主の実験を見守る“パティのネコチャン”である。それ以上でも、それ以下でもない。


 パティは、手にした木箱を昼寝の木から伸びる影の中に置いた。


「では、次に、ズズズズってイメージで、影に魔力を注ぎます」


 パティが木箱を見つめた。

 足元の影に意識を集中しているらしい。

 俺も黙って見守る。


 …………。


「……注ぎます」


 …………。


「…………注ぎます」


 …………。


 何も起きない。


 パティが今やろうとしているのは、収納魔法。

 影の中に物体を沈めるわけではない。別の空間に移動させるだけだ。――と、思う。俺にも正確なところは解っていない。

 ゲームや小説に登場するアイテムボックスや、次元収納、イベントリーをイメージして、やってみたら出来てしまったと言うのが真相だ。


 自分が闇属性だと信じているパティに教えるのに、影を使うのがわかりやすかと思って、伝えただけだ。

 ただ闇雲に魔力を流すだけでは駄目だ。収納するというイメージをしっかり意識して、自分で納得出来る理由――思い込み――が必要になる。


 仕方がない。


 俺は木箱を押しやって、うんうん唸っているパティの影の中へ移動させた。


「あ、テト! 動かしちゃダメだよ」


 俺は、パティを見上げ、木箱をテシテシ叩く。


「にゃ」


「ん? こっちでやれって?」


「にゃ」


 パティは自分の足元を見た。

 それから、俺を見た。

 もう一度、影を見る。


「……あたしの影?」


「にゃ」


「……じゃ、影に魔力を注ぎます」


 パティのイメージに合わせて、箱を少しだけ影に沈めてやる。


 そのまま、箱は影の中に消えた。


「入った!」


 パティが歓声を上げた。


 うん。入ったな。

 きっかけを作りはしたが、しっかり魔法は発動した。


「でも、どうして?……あ!」


「にゃ」(気づいたようだな)


 誰だって、鍵のない会社のロッカーに、貴重品は入れておきたくない。

 同じ影でも、庭の木の影より、自分の影。自分の影なら、どこに居ても見失う事はない。その安心感がイメージを補強したんだよ。


「パティの影だ! えー、次は、箱を出します。今度はニュニュニュニュって感じでパティの影に、魔力を注ぎます」


 …………。


 今度は手助け無しだ。


 パティの影が揺らぐと、木箱が影からせり上がってくる。


 本当にズズズって感じで沈んで、ニュニュニュって出てくるな。まあ、慣れると変なエフェクトもなく、出し入れ出来るようになるんだろう。


「はい『便利魔法ズッポリ』成功です」


「にゃん」


 一度感覚を掴むと、パティの飲み込みは早かった。


 少し緊張しながら、木剣を横にして、自分の影からはみ出るように置く。


 消えない。


 パティはほっとしたように息を吐いた。

 影からはみ出した物は収納できないようだ。


 失敗したのに安心するとは、少し妙な話だが、無理に成功するよりはいい。


 同じことを何度か繰り返すうち、パティは少しずつ要領をつかんでいった。


 影に物を投げても、収納されずに弾かれる。

 影の上に物を置けば収納できる。

 物の上に自分の影を重ねても収納できる。


 パティは地面に落ちていた小石を収納しようとしたのだろう。


 小石だけが消えた。

 その下の土は残っている。


 もう一度。


 小石だけが消えた。

 その下の土は、やはり残っている。


「ふしぎ……」


 パティが首を傾げた。


 しばらく考えたあと、木箱の上に小石を置いて、試す。


 小石だけが消える。小石が現れる。


 パティはひとつ息を吐いてもう一度試す。


 木箱だけが消えて。小石は残っている。そして、木箱が現れたのは小石の上だった。


 木箱と小石を影から外し、地面の上に手をかざした。


 足元の影が、わずかに濃くなる。それだけだった。


「やっぱり不思議……」


 しばらく、何かを考えているようだったが、決心がついたのか、自分の影をしっかりと見つめ、魔力を込める。


(あ、まずい! 気づいた?)


 そして次は、地面が、ほんの少しだけ沈んだ。


「……あれ?」


 パティが手を止めた。


 土の表面が影の形に沿って消えかけていた。


 いや、消えるというより、地面そのものが影の中へ引き込まれている。


 パティの影が広がった。


 ほんの一瞬、地面が大きく口を開けたように見えた。


「……っ!」


 パティの顔が強張った。


 本能的な恐怖を感じたのだろう。ぎゅっと目を瞑ると、魔法が途切れ、地面は何事もなかったように元の固い土に戻った。


(……あー、出来ちゃったか)


 俺は尻尾をパタリと振った。


 心的な安全装置が働いたのか、恐怖で自ら止めたのか。


 本来なら「地面」は影の外までどこまでも続いているため、「入らない大きさ」と直感的に認識するはずだ。だが、実際には「地面」は、土や砂利という無数の「固形物の集まり」に過ぎない。


 分子レベルで考えれば空気だって収納できるし……物体の一部、それは人体であっても例外ではない。


 そして、それは「出来る」。


 ……限界値を色々と試してみた俺が言うのだから間違いない。


(……だが、この子にはそこまでの認識は要らん。底なしの深淵を覗く必要はないのだ)


 パティはしばらく自分の足元を見つめていたが、やがて小さく息を吐いた。


「……今のは、ちょっと怖かった」


 俺は尻尾を一度だけ振った。


 そうだろうな。


 あれを怖いと思えたのなら、ひとまず安心だ。


 術の危険性を理解できないまま使い続けるのが、一番危ない。


「よし!」


 パティが顔を上げた。

 もう怖さは薄れたらしい。


「次は、もう少し小さいものにする!」


 賢明な判断だ。


 パティは恐怖を覚えたことを忘れたかのように、その後も手近な枝や木の実を「出したり入れたり」して、すっかり満足した様子で納得していた。


「テト、すごーい! これでお菓子を隠しておけるね!」


「にゃあ」


(用途が食い意地で助かったよ、本当に)


 俺はパティの足元を見た。

 影は何事もなかったように、彼女の形を地面に映している。




 昼食の時間になったので、パティは家族のもとへ戻った。


 俺も当然のように同行する。


 昼食の席で、パティは覚えたばかりの魔術を披露した。


「見ててね!」


 そう言って、テーブルの上に置かれた小さな木箱を自分の影に重ねる。


 箱が消えた。


 アウレリアが目を丸くし、アウグストが身を乗り出す。


 ユリウスは食事の手を止め、何かを言いかけ俺を凝視した。


(こ、こっち見んなや。その肉食べないならもらうぞ)


「見事だ、パティ」


 ロムルスは小さく頷いた。


 それだけで、パティの顔がぱっと明るくなった。


 俺はその様子を見ながら、テーブルの下で丸くなった。


 飼い主が褒められて喜んでいる。それだけで、悪くない気分になるのだから不思議なものだ。



 家族の称賛が一段落したところで、ロムルスが口を開いた。


「パトリシア」


「なあに?」


「その術は、人前でむやみに使わないように」


 パティの笑顔が止まった。


「どうして?」


「物が消えたとき、疑われることがある」


「そんなことしないよ!」


「お前がするかどうかの話ではないのだ」


 ロムルスの声は穏やかだったが、そこには公爵家の当主としての重みがあった。


「人は、自分に理解できないことが起きると、理由を探す。理由が見つからなければ、誰かを疑うこともある」


 パティは少し考えた。


「……疑われても、パティは絶対そんなことしないし」


「それで納得する者ばかりなら、苦労はない」


「…………」


「分かったかな?」


「……うん」


 パティは少しだけ不満そうだったが、素直に頷いた。


 ロムルスはそれ以上、何も言わなかった。


 俺は尻尾で床を軽く叩いた。


 闇属性というだけで、パティはすでに余計な視線を向けられている。

 そこに、物を消す魔法まで加わればどうなるか。


 好奇心だけなら、まだいい。


 恐怖や疑念、あるいは利用価値を見いだす者が現れたら、面倒なことになる。


 俺としては、そんな連中が現れた場合、ぜひとも自分の影の使い方を考え直してもらいたいところだ。


 収納先は、いくらでもある。


 ……いや、今のは冗談だ。


 半分くらいは。



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