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過労死社畜、悪役令嬢の飼い猫に転生する ~美人な飼い主にモフられながら、破滅フラグはチートでこっそりへし折ります~  作者: 真野真名
第三章 王立学院に猫は潜む

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第四十一話「もう一人の転生者」【四】




 事件は、午後の廊下でもう一件起きた。


「パトリシア」


 廊下の向こうから、レオナルド殿下が堂々と歩いてきた。


 学院に入ってからというもの、殿下はパティを見つけるたびに声をかけている。上級生として学院の案内をしたり、授業の話をしたり、時には王族らしい威厳を見せようとしたり。


 本人なりに、頑張っているのだろう。


 ただし、頑張る方向が合っているかどうかは、別の問題だ。


「聞いたぞ。昼休み、シムラーの三女と話していたそうだな」


「……ええ」


 パティの返事は短かった。


 短く、そして、令嬢の声だった。


(……ああ。乗っていないな)


 殿下は、まだ気づいていないらしい。


「あやつ、何か変なことを言わなかったか。三属性だの、奇跡だのと、学院じゅうが騒いでいるが……僕は、ああいう目立ちたがりは――」


「殿下」


 パティが、静かに言った。


「お話を遮って申し訳ありませんが、アイリーン様のことを、あまり悪く仰らないでくださいませ」


「……なに?」


「まだ、よく知らないお方ですもの。少しお話ししただけで、目立ちたがりだと決めつけるのは、失礼ではありませんか?」


 レオナルド殿下の足が止まった。


 パティは、目をそらさなかった。


「もちろん、私も、アイリーン様のことをよく存じ上げているわけではありません。ですから、良い方だと決めつけるつもりもございませんわ。ただ……」


 そこで、パティは少しだけ言葉を選んだ。


「知らない方だからこそ、もう少し、お話をしてみたいと思っています」


「……だが、あやつは三属性だぞ。周囲の注目を集めるために、わざと――」


「殿下」


 今度は、パティの声が少しだけ低くなった。


「そのお話は、もう十分に伺いました」


「…………」


「失礼いたします。次の授業がございますので」


 パティは完璧な礼をして、踵を返した。


 俺を抱く腕は、いつもどおり穏やかだった。


 だが、その足取りには迷いがなかった。


 残された殿下は、しばらく廊下の真ん中で固まっていた。


「…………な、なんだ、今日は」


 俺は、内心でため息をついた。


(……残念だが、「おともだち」枠から外れかけたようだな)


 パティの砕けた言葉は、気を許している証拠。丁寧な言葉は、一線を引いている証拠。


 殿下は、まだそれに気づいていない。


 以前のパティなら、殿下の言葉に戸惑いながらも、どう返せばよいか分からず、曖昧に笑っていたかもしれない。


 今は違う。相手の言葉を聞き、自分で考え、言うべきことを言った。

 それが、たとえ王子相手であっても。


 ……成長したものだ。


「……僕の、何が悪かったというんだ」


 殿下は、一人でぶつぶつと呟いていた。


 どうやら、まだ自分の発言に問題があったとは思っていないらしい。


 まあ、今すぐ気づかなくてもいい。

 気づくべき日が来れば、そのときに気づくだろう。


 俺は、パティの腕の中で目を閉じた。


 それよりも、今はアイリーンだ。


 あの子が知っている物語。

 その中で、パティに与えられた役割。

 そして、現実のパティが、その役割から外れているという事実。


 もしアイリーンが、本当に物語の結末を知っているのなら。

 彼女は、これから何をしようとするのだろう。


 パティを救おうとするのか。物語どおりに進めようとするのか。……それとも、彼女自身が主人公として、別の未来を選ぼうとするのか。


 まだ、何も分からない。


 だからこそ、調べる必要がある。


 俺は猫だ。人間の事情に首を突っ込むのは、できるだけ避けたい。

 できれば一日中、日当たりのいい場所で寝ていたい。


 だが、飼い主の未来に関わる話なら、そうも言っていられない。


 なにしろ、俺は五年かけて、この子を見てきたのだ。

 その五年を知らない誰かが、物語の筋書きだけで彼女の未来を決めようというのなら。


 ……少々、話し合いが必要だろう。もちろん、猫らしく。

 爪を立てるのは、最後の手段だ。


 まずは、情報収集から始めよう。


 図書館組に、古い記録を探させる。

 厨房組には、シムラー家の使いが来ていないか確認させる。

 鳥には、アイリーンの行動を遠くから見てもらう。


 そして、俺自身は――


「テト?」


 パティが、顔を覗き込んできた。


「……どうしたの? 難しい顔をして」


 猫の顔で、難しい顔をしていたらしい。


 俺は一声、短く鳴いた。


「にゃあ」


「ふふ。お腹がすいたの?」


 違う。


 あ……いや、少しすいている。


「帰ったら、おやつをあげるわね」


 よし。

 調査は、おやつのあとだ。


 転生者が二人になったところで、猫の基本方針は変わらない。


 飼い主を守る。

 昼寝をする。


 そして、面倒事は、できるだけ小さいうちに潰しておく。


 ただし今回の相手は、俺と同じ世界の知識を持っている可能性がある。

 その点だけは、少し厄介だった。


 ……さて。


 もう一人の転生者は、何を知っているのだろう。




 その夜。


『テト観察日誌』


“本日、テトは夕食後、窓辺で長時間、学院の方向を見ていた。

 呼びかけても反応が薄い。餌には反応した。

 何かを考えているように見えるが、猫が何を考えているかなど、通常は分からない。


 ただし、あの猫については、通常という言葉を使うこと自体が、すでに問題なのかもしれない。


 妹は、学院で新しい友人候補と出会ったようだ。

 相手はあの三属性持ちの少女。


 妹は「変わった方だけれど、悪い子ではないと思う」と言っていたそうだ。


 テトは、その話を聞いてから、また窓辺に戻った。


 ……偶然だろうか。


 いや、偶然だと考えておく。


 研究者が、観察対象の挙動に意味を見出そうとするのは、よくある誤りだ。

 まずは事実を集める。

 結論は、そのあとでいい。

 ……この言葉、最近どこかで聞いた気がする。

 気のせいだろう。


 明日は図書館へ行く予定だ。


 テトが学院にいる間、私の研究はまったく進まない。

 だからといって、猫を追いかけて学院に通うわけではない。

 あくまで、図書館の蔵書調査だ。


 ……本当に、それだけだ”





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