↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
過労死社畜、悪役令嬢の飼い猫に転生する ~美人な飼い主にモフられながら、破滅フラグはチートでこっそりへし折ります~  作者: 真野真名
第二章 猫の手は借りられないので猫が動く

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
39/63

間話「男爵家の三女」――アイリーン視点




 私は、死にかけた時に、思い出した。


 八歳の、あの高熱の夜。

 汗と、咳と、薄れていく意識の底で、私は――別の人生を、見ていた。


 浅丘愛。十七歳。帰宅部。

 好きなものは、乙女ゲームと、カレーライスと、休日の二度寝。

 勉強は嫌いじゃないけど、テスト前しか本気を出さない。友達には「あんたは要領だけで生きてる」とよく言われた。


 ――前世の、私だ。


「…………あ」


 目が覚めた時、枕元で母が泣いていた。

 熱は、不思議なくらい、するっと引いていた。


 そして私は、泣き腫らした母の顔を見ながら、内心で、天を仰いだ。


(え。……ええっ!?)


 思い出したのは、前世の記憶。


 気づいたのは、現在地。


 アイリーン・シムラー。シムラー男爵家の三女。九歳の春に、アルカランズ王立学院に入学予定。


 ――まんまじゃん。


 まんま、あのゲームじゃん。

 乙女ゲーム『六色の恋人』。


 魔力と貴族の学院を舞台に、平凡な男爵令嬢の主人公が、王子や騎士や天才魔術師と恋をする、あのゲーム。  私、発売日に買って、全ルート三周した、あのゲーム。


 ヒロインの名前は――アイリーン。  つまり、私。


「……私、ヒロイン!?」


「アイリーン? 今、なんて?」


「な、なんでもないです! おかあさま、お腹すきました!」


「まあ……!」


 母が、泣きながら笑った。


 ごめんなさい、おかあさま。娘は今、生死の境から帰ってきた上に、人生の攻略本まで思い出したところです。


 思い出してみれば、辻褄は合いすぎていた。


 私、五歳のイニシエーションで、水の一属性と判定されてる。

 でもゲームのヒロインは、「奇跡の三属性」の持ち主だった。水、光、風。

おかしいな、と思って、こっそり試してみた。


 ……できた。水が出る。光も出る。風も出る。


「……出るわ」


 庭の隅で、手のひらに灯りを灯しながら、私は一人、唸った。


 後から考えると、大病を境に、体のなかの何かが「ほぐれた」気がする。

 元々持ってたものが、詰まってただけ、みたいな。


 案の定というか、教会での再検査は大騒ぎになった。

 水晶が三色に光って、神官さんが二度見して、三度見して、それから神殿の奥に走っていった。


『三属性』。


 王国史上でも、指で数えるほどらしい。


 父――ダーフィンダ・ドルフ・シムラー男爵は、報告を聞いて、三回「本当か?」と言い、四回目に泣いた。


 母――スーランは、「普通の子でいてほしかった」と、ちょっとだけ複雑そうだった。ごめんね、おかあさま。でも、ヒロインなので。


 それからの一年で、私は「才女」になった。


 ……なった、というより、「なったことになった」。


 きっかけは、馬車だった。

 馬車での移動が、とにかくお尻に悪い。思わず口に出した。


「馬車、なんとかならないかな。……ほら、タイヤのところに、ばね、みたいなのを、つけるとか」



「……ばね、ですか」


「うん。こう、ぎゅーんって、伸び縮みするやつで、揺れを吸収するの」


 領の技師たちは、真剣な顔で頷き、三週間後に、試作を見せてくれた。


 ――ダメだった。構造も形も、私の説明が曖昧すぎて、全然ダメだった。

 でも、その過程で、車輪の軸受の形が改良されて、馬車は前よりずっと静かに進むようになった。


 私は何もしていない。私は「ばね」と言っただけだ。作ったのは、領の技術者さんだ。


 ガラスペンも、そう。

「ガラスでできた、つるつるした、綺麗なペンがあってさ。軸まで全部ガラスのやつ。ねじってあって、そこにインクが溜まるの」


「……軸まで、ガラス、ですか。強度が……」


「あ、無理? そうっと持つから大丈夫なんじゃない?」


 できたのは、先だけがガラスの、あまり可愛くないペンだった。


 それが今、シムラー領の特産品として、王都にまで出回っているらしい。


 あと、きゅうりパック。


「顔に、輪切りのきゅうりを、べたべた貼るの」


「……は?」


 侍女たちに全力で止められたけど、試しにやってみせたら、翌月には領都の奥方たちの間で流行ってた。


 考えたのは私。でも、形にしたのは、みんなだ。


 お醤油が欲しいんだけど、まだ見つかってない。

 大豆とかから作れた気がするので、頼んでみたけど、豆の煮たやつしか出来なかった。


 和風が無理なら洋風ってことで、カレーに挑戦してみたけど、カレーの元って言うか、割って入れるやつ。

 あれが無いのよね。

 あれって調味料っていうか、香辛料の一種だよね。それさえあれば作れると思うんだけど、出入りの商人さんに聞いても知らなかった。

 王都に行けば、きっと見つかるでしょ。


 ……正直に言おう。


 私の知識は、偏っている。扇風機はわかるけど、エアコンはわからない。

 糸電話は作れるけど、スマホなんて絶対無理。


 ただの女子高生の知識なんて、そんなものだ。

 でも、その「そんなもの」を、真面目に受け止めて、一生懸命、形にしてくれる人たちが、こっちの世界にはいる。


……いい世界だな、と思う。ゲームの舞台だけど。




 九歳の冬、私は、領都から王都に出てきた。

 来年入学する学院の準備のためだ。


 病弱だった私は、予科にも通わず自宅学習で育った。知識は偏ってるし、礼儀作法は壊滅的だし、父が「才能を伸ばすには、王都の一流の先生を」と、スーラン母様の実家キャンダイ家の別邸を借りてくれた。


 叔父のミック・ドゥ・キャンダイ男爵は、快く貸してくれた。手紙には「存分に使え。あと、あのペン、もう百本ほど」と書いてあった。商売っ気たっぷりである。



 王都は、最高だった。


「おかあさま! あの雑貨店! ゲームで出てきたやつ!」


「アイリーン、声が大きいわ」


「あ、あの通り! 告白イベントの場所!」


「はいはい」


 知ってる名前。知ってる店。知ってる景色。

 画面の向こうだった世界が、目の前にある。この感動は、全ルート三周した人間にしか分からない。


 来年の春、学院に入れば、ゲームが始まる。


 攻略対象の第三王子レオナルド様。孤高の第二王子アンセルム様。隠しキャラの――

 ふふふ。楽しみしかない。


 ……ただ、一つだけ、気になることがあった。


 噂が、違うのだ。


「ねえ、聞いた? フィロパトールの公爵令嬢」

「闇の令嬢でしょ。でも、あのお方の周りでは、不思議と不幸が起きないのよ」


「領地では、野犬から領民の子供を助けたそうよ」

「お優しい方だって」


 お茶屋さんで、隣の席のお嬢さま方の噂を聞きながら、私は小首を傾げた。


 パトリシア・テア・フィロパトール。


 ゲームでは、悪役令嬢だ。


 レオナルド様の婚約者で、ヒロインの私を虐めて、最後は断罪される、あの人だ。


 なのに、噂が、優しい?


「……ゲーム、まだ始まってないからかな」


 うん。きっとそう。

 ゲームの中のパトリシアが本領を発揮するのは、学院に入ってからだった。今はまだ、平穏な序章ってところだろう。


 ……それにしては、噂の内容が、具体的すぎる気もしたけど。


「あと、猫を連れて歩いてるらしいわよ、あのお方」

「黒猫だって。綺麗なんだって」


「……猫?」


 ゲームに、猫なんて出てこなかった。

 ……まあ、猫くらいいるか。猫だし。


 私は、ケーキの最後の一切れを頬張って、考えるのをやめた。

 大丈夫。ゲームは、ちゃんと始まる。私は、ちゃんと知っている。


「ごちそうさま! ……あ、そうだ。お店の人、カレーってあります?」


「……かれー、でございますか?」


「うん。香辛料の。……なんか、ご飯にかけたら絶対おいしいやつ」


「食事にかける? 香辛料を……?」


 店員さんは、困惑していた。

 あれ。……違うのかな。まあ、そのうち分かるでしょ。




 ――同じ頃。フィロパトール公爵邸。


「パトリシア。試験の褒美だ」


 アウグストの贈り物は、小さな細い箱だった。

 開けると、透明な軸のペンが収まっている。ペン先は、淡い色のガラス細工。


「わあ……きれい!」


「近ごろ王都で評判の品だ。シムラー男爵領の特産で、ガラスペンと呼ばれているらしい」


「ガラスの、ペン……」


 パティは、早速、試し書きをしていた。するすると、インクが流れる。

「すごい! かきやすい!……ありがと、にーに!」


「うむ」


 アウグストの口元が、記帳しがいのある緩み方をした。


 一方、テーブルの下の俺は――耳を、立てていた。


(……ガラスペン?)


 ガラスのペン先。繊細な溝。毛細管現象の応用。確か、明治期の日本で考案されたはずだ。

 ……この世界の工芸水準で、それが「特産品」として量産されている。


 偶然の発明というには、出来が良すぎる。あれは「出来上がった答え」を知っている者が、逆算して作った形だ。


 窓辺で思案をしていると、ルルが声をかけてきた。


『猫さん、あれ。パティちゃんが持ってるのって、ガラスペンとかってやつでしょ』


 窓辺。白い喉のジョウビタキが、小首を傾げていた。


『あのガラスペン、いいわよね。羽、むしられないで済むもの』


『……鳥の視点だな、それは』


『でね、そのペンを考えた子って、パティちゃんと同じくらいの歳なの。シムラー男爵家の三女。……変わってるわよ、あの子』


『変わってる、とは』


『食事が、下品』


『……下品?』


『パスタをね、スープがたっぷり入ったボウルに入れて、二本の棒で、啜るように食べるの』


『…………』


『それでね、食事しながら「ご飯が食べたい」って言うの。変でしょ? 食事してるのにね』


『……………………』


『あと、台所筋の話じゃ、「カレー」っていう香辛料を探してるらしいわ』


『………………………………』


 パスタを、スープのボウルで、二本の棒で。

 食事中に「ご飯が食べたい」。

 カレー。


 パティと同じくらいの歳の、男爵家の三女。


 俺は窓辺で、しばらく考え込んだ。


(……もしかして、転生者?)


 確証はない。だが、検証すべき仮説としては、格が高い。

 俺がいるのだ。この世界に、異世界の記憶を持つ者が、二人いても不思議はない。


 ただ。


(……もし本当に「向こう側」の人間なら)


 あの子の「世界」と、俺の読んだ「物語」は。


 ――同じ、なのか。




――その夜、西棟の塔。


『テト観察日誌』


“被験体が、今日は一日中、窓の外を見ていた。

 ……考え事をしている、あの顔だ。

 初めて会った日の、あの顔だ。


 あの日も、あいつは庭の芝生の上で、そんな顔をしていた。

 まるで、世界の地図を、頭の中に広げているような顔を。

 何かが、起きようとしている。

 ……僕には、分かる。三年間、あの顔を観察してきたのだから。


 追記:兄上がパティに贈ったガラスペン、あれは良いものだ。

 ……僕にも、買ってもらおう。

 観察日誌の筆記具として、申し分ない。……決して、流行に乗っているわけではない”





次回 第三章「王立学院に猫は潜む」です。


よろしくお願いします。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。