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過労死社畜、悪役令嬢の飼い猫に転生する ~美人な飼い主にモフられながら、破滅フラグはチートでこっそりへし折ります~  作者: 真野真名
第二章 猫の手は借りられないので猫が動く

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第三十一話「不器用な友人」




 マーガレットとの再会の機会は、二週間後にやってきた。


 ヴェルナー侯爵家の、二度目の茶会である。

 前回の「幸運の噂」が功を奏したのか、今回の招集は早かった。噂の主を、皆がもう一度見たがる。見本市の二回目は、一回目より来場者が多い。

 

 そして今回、出席者の名簿に、あの名前があった。


『ヴィアルバーグ侯爵家御令嬢マーガレット・アン・ヴィアルバーグ様。御出席』




 当日、茶会の席で、二人は隣同士ではなかった。

 むしろ、対角線上だった。  ホールの東と西。一番遠い席。


 ……いや、あれは偶然ではない。ヴェルナー夫人の配慮だろう。「歩く校則」と「爆撃令嬢」を隣に置くと、化学反応が起きる。主催者の勘である。


「……」


 マーガレットは、時折、こちらを見ていた。

 じろじろ、ではない。ちら、ちら、と。生真面目な子の観察は、盗み見るにも角度が規則正しい。


 目が合うたびに、パティは手を振った。


 マーガレットは、そのたびに、小さく会釈を返した。


 それだけ。


 だが、前回とは違う。


 前回なら、マーガレットは見なかったことにしただろう。


 今日は、ちゃんと返している。


(……まあ、進歩だな)


 しばらくして、手を振るだけなのに飽きたのか、パティが小さな声を上げた。


「あ、マーガレット」


「……ご機嫌よう、パトリシア様」


「きょうは、参加できたのね」


「……はい。先日は失礼いたしました」


「ううん。風邪だったんでしょ?」


「ええ」


「じゃあ、よかった」


「……はい」


 会話は、それだけだった。


 パティは満足して、目の前の菓子に戻った。


 マーガレットは、少しだけ、口をへの字にした。


(……温度差。温度差が激しいな)


 あの子の脳内では、商店の一件はまだ清算されていない。


 一方のパティは、「また買い物いこ」で、もう終わっている。

 あの子にとって、和解とは未来の話ではなく、済んだ話なのだ。


 そのくせ、相手が自分をどう思っているかは、ちゃんと見ている。


 難しい子である。


「パトリシア様」


 しばらくして、マーガレットが小さく声をかけてきた。


「……その、こちらのお菓子は、お好きですの?」


「うん。甘いから」


「……そうですか」


「マーゴは?」


「……マーゴ?」


「あ」


 パティが首を傾げた。


「マーガレット、長いから。……だめ?」


「…………」


 マーガレットは、数秒、考えた。


「……構いませんわ」


「じゃあ、マーゴ」


「はい。……パティ」


 そこで、二人とも止まった。


 パティが、にっと笑った。


 マーガレットは、少しだけ耳を赤くした。


(……一歩進んだ)


 茶会というものは、案外、こういう小さな一歩の積み重ねなのかもしれない。




 機会は、茶会の後半、庭への移動時間に訪れた。


 ヴェルナー家の庭は広い。バラのアーチの向こうに、小さな噴水と東屋がある。


 令嬢たちは三々五々、庭へ繰り出した。


 その時、微かな悲鳴が上がった。


「……あっ」


 声の主は、マーガレットだった。


 東屋の脇で、固まっている。その顔が、みるみる青くなった。


「……マーガレット様?」


 近くの令嬢が、駆け寄った。


「ブローチが……ない」


 マーガレットの手が、胸元を撫でている。

 そこには、何もなかった。


「あの、銀の……小さな、花の……」


 その声の震え方に、俺は、すぐに事情を読んだ。

 ただの装飾品ではない。ああいう失くし方をする時の、あの声の出し方は、値段の問題ではない。値段では買えない何かが、ついていたやつだ。


「い、いつ無くしたの……?」


「……茶会の途中で、一度、庭に出たから……その時に……」


「お手伝いしましょう。皆で探せば」


 令嬢たちが、ざわざわと動き始めた。

 だが、庭は広い。草は深い。小さな銀のブローチを見つけるのは、至難だ。


『グリッグ』


『――はいよ』


 東屋の柱の陰から、返事が来た。


 もちろん、今日も万全の準備はしてある。庭の草陰に、若いのが三匹。

 空には、ルルの一族が二羽。


『探し物だ。銀の、花のブローチ。東屋から、噴水までの間の、どこかに落ちている』


『りょーかい。……ん、待てよ』


 グリッグの声が、続いた。


『……猫さん。それ、さっき見つけてた』


『……え』


『うちの若いのが、草ん中で光ってるって拾ってた。東屋の裏の石の上に置いてある』


『…………』


 仕事が早い。

 いや、早すぎる。こちらが動く前に、網が勝手に拾っていた。


(……まあ、いい。むしろ、好都合だ)


『グリッグ。そのまま動かすな。……場所だけ教えてくれ』


「……マーゴ」


 パティの声が、庭に響いた。


 みんなが、振り返った。マーガレットも、振り返った。


「……ま、マーゴ、と……」


「短いの。呼びにくいから。……それより」


 パティは、すでに歩いていた。

 スカートの裾を、両手で摘んで、草むらの中に、入っていく。


「探すの」


「……え」


「ブローチ。……どこで無くしたの?」


「あ、あの、パトリシア様。お怪我をなさいます。お服も……」


「いいの」


 パティは、草むらにしゃがみ込んだ。 白いレースの裾が、土に触れる。メイドが「あっ」と声を上げたが、止まらない。


「いいから、いいから。……どっちから来たの」


「……噴水の、ほうから」


「じゃあ、噴水から、こっちだね」


 パティは、四つん這いになった。


 公爵令嬢が、貴族の令嬢たちの見ている前で、四つん這いになった。


「パ、パトリシア様!?」


「あんまり声出すと、逃げちゃうよ」


「……逃げる、のですか、ブローチが」


「逃げないけど、見えなくなるよ。……焦って探すと、草に隠れちゃうの。……こういうのはね、ゆっくり、下から見るの」


(……それ、俺の探し方だ)


 草むらの近くで、俺は静かに喉を鳴らした。

 いつの間にか、うちの探し物の作法が、この子に移っている。


 マーガレットは、固まっていた。  だが、数秒後。その子は、ゆっくりと、自分のスカートの裾を摘んで、同じように、しゃがみ込んだ。


「…………分かりました。……ゆっくり、下から、ですわね」


「うん」


 二人の令嬢が、草むらに並んだ。


 周囲の令嬢たちは、どうしていいか分からず、遠巻きに見ている。


 探索は、十五分ほど続いた。

その間、二人は、ほとんど喋らなかった。


 ただ、草を分け、土を撫で、時折、


「あった?」


「……いいえ」


 とだけ言い合った。


 生真面目な子は、探し物も生真面目だ。

 マーガレットは、東屋から噴水までの動線を、頭の中で区画に分けて、一区画ずつ、潰していった。

 ……いい探し方だ。系統立っていて、漏れがない。


 一方のパティは、区画も何もなく、適当に草をかき分けている。


 俺はパティの側で、ブローチのある石から離れすぎないよう、それとなく誘導していた。


 適当なところで、俺がブローチを取って来るか。

 そう考えていた。


 だが。


「あれ?」


 パティが顔を上げた。


「この草、変」


 そう言って、何かを辿るように進み始めた。


(……ああ、なるほど)


 俺は、気づいた。あの子は草の揺れ方を見ている。

 落ちた金属が草に触れた痕跡、そして、それを咥えて持ち去ったネズミの動線。

 言語化はできないが、あの感覚は、俺との追いかけっこや、隠れんぼで鍛えられたものだろう。


 系統と、野生。

 二人の探し方は、正反対だった。



 先に見つけたのは、パティだった。

東屋の裏。石の上。

 銀の、小さな花のブローチが、草の影に、静かに光っていた。


「あった」


「…………っ」


 マーガレットが、駆け寄りブローチを、両手で、受け取った。


 その手が、少しだけ、震えていた。


「……よかった。……本当に、よかった」


 その声の、ほっとした深さに、パティが首を傾げた。


「……だいじなもの?」


 マーガレットは、小さく頷いた。


「……おばあさまの、形見、ですの」


 その声に、パティの顔が少しだけ変わった。


「……そう」


 パティは、ブローチを見た。


 それから、マーガレットの顔を見て、一言だけ言った。


「……よかったね」


 その「よかったね」に、計算は何もなかった。


 マーガレットの目が、初めて、まっすぐに、パティを見た。


「……パトリシア様」


「パティでいいよ。……マーゴ」


「…………マーゴ、は」


「短くて、いいじゃん」


「…………」


 マーガレットは、少しだけ息を吸った。

 それから、小さく、小さく、言った。


「……パティ」


「うん」


「……ありがとう、ございました」


「うん。どういたしまして」


 パティは、にっと笑った。


 土にまみれた手で、顔を撫でたので、頬に泥がついていた。


 侍女の悲鳴が微かに聞こえた気がした。



 東屋の陰で、俺は静かに目を細めた。

 ブローチは、グリッグたちが見つけていた。俺がそれをパティに渡せばそれで解決する。


 二人で草を分けた十五分は、俺には作れない。


 あの十五分だけは、二人のものだ。だから、俺は手を出さなかった。


 ――ブローチを見つけることより、大事なものが、そこにはあった。




 帰りの馬車の中。


「テト」


「にゃ」


「マーゴって、いい子だね」


「にゃあ」


「パティね、今日、気づいたの」


「にゃ?」


「マーゴ、パティのこと、よく見てる」


「…………」


「パティが『いい』って言うもの、マーゴは、ちゃんと、いいって、思ってくれそう。……パティが『いい』って言うのが、いいものかどうか、ちゃんと、見てくれる」


(……よく、気づいたな)


 生真面目とは、つまり、そういうことだ。

 相手の言葉を、鵜呑みにしない。自分の目で、確かめる。

 それは、誤訳の連鎖に対する、最も強い防衛だった。


「……パティ、マーゴと、もっと仲良くなりたい」


「にゃ」


「お手紙、書こ」


「にゃあ」


「……文通って、やつ」


 パティは、馬車の窓の外を見た。


 夕日が、王都の屋根を染めている。


「……あの子、きっと、手紙、丁寧に書くよ」


(……書くだろうな。たぶん、三回は書き直す)


「パティも、丁寧に書く。……三回は、書き直す」


「にゃ」


(……読めてるじゃないか)


 馬車は、静かに家路についた。  




 ――その夜、西棟の塔。


『テト観察日誌』


“二度目の茶会。

 ヴィアルバーグの次女が、ブローチを無くした。

 ……パティが、四つん這いになって、一緒に探したらしい。

 公爵令嬢が、貴族の令嬢たちの前で、四つん這いになった。付き添っていた侍女が、申し訳なさそうにセバスに報告していた。

 そして、その姿を見た令嬢たちの噂も持ち帰った。

『パトリシア様は、気取らないお方だ』 『あのお方は、本当に優しい』

……優しい、か。

 パティが優しいのは、知っている。

 ……それがなぜ、今日は伝わった。

 報告によれば、ブローチが見つかったのは、東屋の裏の、石の上。

 ……石の上。

 石の上に、銀のブローチがポツンと置いてあったという。

 落としたなら、草の中だ。なぜ、石の上。

 ……きっとまたあいつだ。

 あいつが拾っていた。拾って、置いて、二人に見つけさせた。

 ……証拠は、ない。

 だが、僕は、知っている。あの猫は、いつも『見つける』のではなく『見つけさせる』。


追記:パティに、初めて本当の意味での友だちが出来たのかも知れない。


 だったら。……僕の出番は、ない。


 ……ないほうが、いいのだろう”




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