↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
過労死社畜、悪役令嬢の飼い猫に転生する ~美人な飼い主にモフられながら、破滅フラグはチートでこっそりへし折ります~  作者: 真野真名
第一章 公爵家の猫は暇を持て余す

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
17/24

第十七話「婚約者の登場」




 フィロパトール公爵家に、正式な知らせが届いた。


「第三王子殿下、御視察の儀」


 知らせを受け取った当主ロムルスは、眉を寄せた。


「視察……七歳児が、何を視察するのだ」


「婚約者としての、ご挨拶かと」


 セバスが答えた。


「パトリシア様と殿下の婚約は、お生まれになった年に成立しております。殿下も五歳でイニシエーションを終えられ、二年。そろそろお顔合わせを、という王宮のご意向でしょう」


(……婚約者?)


 一瞬、意味が分からなかった。

 パティに? 婚約者? しかも――生まれた年から?


(待て待て。俺は今まで、そんな話を一度も聞いてないぞ)


 そんな俺の憤慨など気に留めもせず、当主とセバスの会話は続いた。


「……来るのか」


「参られます」


「……ふむ」


 ロムルスは、深く考え込むでもなく、「ふむ」とだけ言った。この人の「ふむ」には、深いものと浅いものがあり、今回は浅い方だった。つまり「来るなら仕方ない」の意である。



 というわけで、三週間後。

 公爵家は、七歳の王子を迎えることになった。


 ちなみに俺は、この時点で既に情報を掴んでいた。


『――猫さん、王宮の親戚から伝言だ』


 グリッグが、大樹の下で報告した。


 そう、王宮にも、ネズミはいるのである。ネズミとは、人間の集まる場所に必ずいる生き物だ。王宮も例外ではない。グリッグの親戚筋が、王宮の台所裏に代々根付いているらしい。


『第三王子、レオナルド殿下。七歳。上に兄二人、姉二人。下に弟一人、妹一人』


『……多いな』


『王族だからな。で、その殿下なんだが――』


 グリッグは、髭をひくひくさせた。言いにくいことがある時の、あの仕草だ。


『評判が、なんつーか。……「七兄弟の真ん中」ってやつだ』


『真ん中、か』


『上からも下からも注目が薄い位置。それで余計に、「見てくれ」が強いらしい。……王宮のネズミが言うには、「あの殿下は、自分の話をしている時だけ、目が生き生きする」そうだ』


(……あー)


 俺は、大まかな見通しを立てた。

 つまり、ナルシスト気質。自己顕示欲。そして、実力が伴っていない系。


 悪役令嬢ものの定石で言えば、「婚約破棄を言い渡す王子」の典型例である。


(……来るか。ついに来るか、俺の運命の――敵)


 安息の場を守る神獣としての本能が、告げていた。

 この男が、パティの破滅フラグの、筆頭候補である。


『グリッグ』


『ん?』


『王宮の親戚に、追加の依頼だ。殿下の言動、細かく聞いておいてほしい。……対価は、いつもの三倍出す』


『……猫さん、本気だね』


『婚約者だ。飼い主の将来に関わる。見極めは、正確にやる』



 当日。


 公爵家の玄関前には、使用人が整列した。

 正門から続く白砂の道を、金の装飾の施された馬車が進んでくる。護衛の騎士、四人。従者、二人。七歳児の移動とは思えない物々しさだった。


「にゃ(……あれが)」


 俺は、パティの腕の中にいた。


 パティは今日、珍しくお淑やかにしている。理由は単純で、「今日はお客様だから、お行儀よく」と、ベルタに三十分かけて言い聞かされたからだ。あの女の指導は、こういう場面では実に有効である。これが厄介なところだ。間違ったことしか言わないなら排除も簡単だが、半分は正しい。半分が正しいから、残りの半分が紛れ込む。


 馬車が、止まった。

 扉が開き、降りてきたのは――


(……うっわ)


 七歳児だった。

 ただし、存在感が、七歳児ではなかった。金の刺繍の軍服風の衣装。きっちりと撫でつけられた栗色の髪。そして何より、その顔だ。


 整ってはいる。確かに王子然とした美形だし……そう、整ってはいるんだが……。


 ――俺は、すごい、という顔。


 七歳にして、あの顔が完成している。すごい。ある意味、才能だ。


「レオナルド・チャクオール・アルカス・リトラリバーである」


 名乗りが、長い。

 名乗りの長さは、権威の大きさに比例する。だが七歳児のそれは、比例というより、過剰だった。


「今回、僕が直々に、婚約者の様子を見に来てやった。光栄に思うがいい」


 来た。

 「僕が」「直々に」「光栄に」の三点セット。


 パティは、俺を抱えたまま、言った。


「…………は?」


 五歳児の正直さは、時に刀になる。

 今の「は?」は、紛れもなく刀だった。


「……は??」


 レオ――殿下が、聞き返した。


 あの「は?」は、多分、殿下の人生で初めて受けた種類の反応だったのだろう。顔が、一瞬、空白になった。


「は、とは、どういう意味だ」


「え、だって。パティ……いえ、わたくし、あなたに会ったことございませんもの」


 (パティ、お前も大概だな)


「それは……」


 殿下が言葉に詰まった。そして、少しだけ顔を赤くする。


「そ、それはそうだ。だから、今日、会いに来たのだ!」


(……あ)


 怒った。


 ――と思ったが、違った。


 怒っているというより、困っている。どう返せばいいのか分からないらしい。


 場が、凍った。

 ロムルスが咳払いをした。セバスが一歩前に出た。


「殿下、パトリシア様はまだ五歳。婚約の意味を、まだ完全には理解しておりません。どうか、お含みおきを」


「……ふん」


 殿下は、顎を上げた。

 顎を上げる角度が、研究対象になるくらい鋭かった。おそらく、鏡の前で練習している。


「まあいい。僕は、寛大だからな」


 耳が、少し赤い。どうやら、パティに会えたこと自体は、それなりには嬉しいのかもしれない。


「まあいい。で、それは何だ。その黒いのは」


 殿下の目が、俺を捉えた。


「ネコチャン!」


 パティが答えた。


「パティの、ネコチャン!」


(あ、俺を意識した途端、よそ行きの仮面が剥がれた)


「猫、か」


 殿下は、俺をじろじろと見た。

 見下ろす角度で。鼻で笑う感じで。


「王宮にも猫はいるが、僕の猫はもっと気品がある。白くて、目が青い。ああいうのが、本物だ」


 (……なるほど)


 俺は、殿下を観察した。


 この男は、比べている。

 すべてを、比べている。自分の猫と、他人の猫を。自分の馬車と、他人の馬車を。自分の名乗りの長さと、他人のそれを。


 比べて、上に立つことでしか、自分の位置を確認できないタイプだ。

 そして、そういう男が最も危険なのは――比べて、負けた時だ。


「ふーん。……パティのネコチャンの方が、かわいいもん」


 パティが、あっけらかんと言い放った。


「な……っ」


 殿下の顔が、サッと赤くなった。自分の自慢を、五歳児に一刀両断されたのだ。


「では、その猫を僕に渡せ。僕が抱いてやる」


「だめ」


「なぜだ!」


「ネコチャン、いやがるから」


「猫が嫌がるかどうかなど――」


 言いかけた殿下を、俺は真っ直ぐに見据えた。


「…………」


「…………」


「…………にゃ」


「…………」


レオの手が止まった。


 俺が出したのは、ほんのわずかな威圧。


「……こいつ、僕を嫌っているのか?」


(もちろん嫌っているさ)

 

「殿下、その猫はパトリシア様が大切にしているようです。無理に触れる必要はないかと」


 誰にとっての助け船jか、侍女らしき付人が声をかけた。


「……ふん。今日はやめておこう。でも、いつか抱く。その――」


「あ、お花」


 パティが、庭の花を見つけて、歩き出した。

 殿下の話を、置いていった。


「…………」


 殿下が、一人、取り残された。

 その顔を、俺は振り返って見た。


 呆然としていたが、遠ざかるパティの背中を見ると、ハッとしてすぐに向き直った。


「ま、待て! 僕も行こう!」


 小走りで追ってくる。なんだかんだで、パティのことが気になって仕方ないらしい。




 その日の夜会――といっても、子供の顔見せの夕食会だが――で、殿下は終始、自分の話をしていた。


 王宮の庭はもっと広い。

 王宮の料理はもっと美味い。

 王宮の馬はもっと速い。

 そして、僕は将来、――


 パティは、半分も聞いていなかった。

 半分どころではない。デザートのプリンが出たあたりから、意識は完全にプリンにあった。


「――だから、僕が次の王に」


「プリン、おいしい」


「……聞いているのか」


「聞いてますわよ。レオ様、えらいんでしょ」


「……う、うむ」


 「えらい」という単語で、殿下は満足した。

 安い。この男、安い。あと十年で、この男を満足させるコストがどれだけ高くなるか、想像に難くない。


「ネコチャンも食べる?」


「にゃ」


「だめだ。猫にプリンは――」


 殿下が口を挟んだ。


「え?」


「……いや」


 殿下は、言い直した。


「その猫に食べさせるなら、僕のところの料理人に、猫用のものを作らせる」


 パティが目を丸くした。


「ほんと?」


「本当だ」


「じゃあ、今度、一緒に食べようね!」


「……!」


 殿下の顔が、また明るくなった。


「……うむ!」


(……分かりやすいな。この男)


 それなりに、パティのことが気に入ってるようだ――少なくとも、今は。


 だが、夕食会の間、俺はもう一つ、気づいていた。


 ベルタが、給仕の列の端に立っていたのだが――

 あの女の目が、時折、殿下を見ていた。


 侍女が王子を見るのは、おかしくはない。

 だが、あの目は、違った。

 観察ではない。査定だ。


(……あの女、殿下の株を計っているな)


 計算している。

 この王子が、将来、どれだけの力を持つか。

 その力が、自分の「正義」に、どう使えるか。


 帳面の頁が、また一枚、増えた気がした。



 夕食会が終わり、パティが、俺を抱き上げた。


 その横で、レオナルド殿下がこちらを見ていた。


「……なあ」


「はい?」


「その猫」


 殿下が言った。


「やっぱり、少しだけ抱かせてくれないか」


「だめ」


「少しだけだぞ?」


「だめ」


「一分」


「だめ」


「三十秒」


「だめ」


「十秒」


「だめ」


 交渉が細かくなってきた。


 俺は、殿下を見た。


「……」


 目を細める。


「…………」


 殿下の肩が、ぴくっと動いた。


「……分かった」


 手を引っ込めた。


「今日は、諦める」


「えらい!」


「…………」


 少し殿下の顔が赤くなった。


「……次に来た時は、もう少し仲良くなっているからな」


「うん!」


 パティは、何の気なしに答えた。


「次も来るの?」


「ああ!」


 殿下が、即答した。その声だけは、今日一番、年相応だった。


(…………)


 俺は、少しだけ考えた。

 婚約者は敵。そう簡単に決めつけるには、まだ早い。

 この男は、パティを気に入っているように見える。たぶん、本当に。


 ただし――自分の方が上でありたい。そして、拒絶された時に、すぐには引けない。

 今は、十秒で引いた。だが十年後も、同じとは限らない。


(……見極める)


 俺がやることは、それだ。敵か味方かを、今決める必要はない。


 パティの隣に立つ人間として、こいつがどう成長するのか。


(猫は、待つのが仕事だからな)



 そのあとは、家族総出での見送り。パティも令嬢モードに戻り、別れの挨拶を経て、殿下は馬車に乗り、帰って行った。


 馬車の窓から、殿下が何度も振り返っていた。


 まるで、次に来る日のことを、もう考えているように。




「ネコチャン」


 夕食会の後、部屋に戻って、パティが俺を抱き上げた。


「レオってさ、なんか、つまんないね」


「にゃ」


「ネコチャンの方が、ずっとおもしろい」


「にゃあ」


(正解だ。よく分かっている。……その感性を、大事にしろ。それがお前の、一番の武器だ)


「ふふ。ネコチャン、あったかい」


 パティが、俺をベッドに運んだ。

 いつもの位置。枕元。人の体温が一番よく伝わる場所。


 窓の外では、ルルが枝に止まって、歌の練習をしていた。

 歌は、まだ、全然ダメだった。

 だが、継続は力なり。この鳥は、俺より努力家かもしれない。


(……さて)


 パティが寝息を立て始めたのを確認して、俺は目を閉じた。


 今日の報告を、頭の中でまとめる。


 一、第三王子レオナルド。七歳。ナルシスト。実力不足。自己顕示欲過多。現状、パティへの悪意はなし。

 対応方針:泳がせる。


 二、ベルタ。殿下への査定の目を確認。

 警戒度:一段階引き上げ。


 三、パティ。プリンを最後に残した。食べ方の順序が、正しい。素質がある。


(……以上。本日の業務、終了)


 昼寝ができなかった分、今夜は深く眠るとしよう。




 ――その夜、西棟の塔。


『黒猫観察日誌』


“本日、第三王子殿下の御来訪。

 殿下は、まあ、こう、なんだ。……書くのも気が引けるが、書かないわけにもいかないので書く。――あれは、だめだ。

 パティが将来あの方と並んで立つ姿を想像したら、胃が痛くなった。僕は十六歳だが、胃が痛くなった。

 なお、夕食会の間、被験体は終始、パティの膝の上で丸まっていた。……だが、殿下が話している時だけ、被験体の耳が、殿下の方を向いていた。

 聞いていたのだ。全部。

 あの猫は、パティの代わりに、殿下の話を全部、聞いていた。

 ……聞いて、どうする気なのだろうか。


 追記:怖くなってきた。でも、知りたい。知りたい気持ちが、怖い気持ちを、上回っている。これが研究というものか”




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。