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魔王の御前、長政の進言

岐阜城の天守、俺は目の前に控える浅井長政を睨みつけた。

 北陸から奥州へと視線を移しつつある上杉謙信の動き、そしてそれに付随する物流の変動。長政の商才には一目置いているが、あやつがどこまで「織田の天下」を見据えているのか、今一度、その腹の内を探る必要があった。

「長政、上杉の動き、どう見る。謙信があの凍てつく北の地で何を企んでいるのか。放っておけば、我が天下布武の障壁となるやもしれん」

 俺が鋭い視線を投げかけると、長政は動じもせず、優雅に一礼して口を開いた。

「上杉のことは、今のまま放っておけばよろしいかと」

 ――ほう。予想外の答えだ。俺が食い気味に問い返すと、長政は冷徹なまでの算盤を弾くような口調で続けた。

「謙信公は一代の英雄にございますが、あの方には実の子がおりませぬ。後継の座を巡り、いずれ家中で血を血で洗う争いが起きることは火を見るより明らか。今、無理に衝突して北陸の物流を停滞させるよりも、信長様は迷わず西の制圧に全力を注ぐべきです」

 長政は地図を指し、本願寺が支配する近畿の残り香や、中国地方の毛利を指し示した。

「謙信公が死ぬのを待てば、上杉の勢力はおのずと霧散いたします。その時こそ、信長様が真の天下人として、東の果てまで支配を広げれば良いのです。今は無駄な戦をせず、まずは目の前の近畿、そして西を完全に平らげることこそが、最も利益率の高い戦略かと」

 俺は思わず、膝を叩いて笑い出した。

「はっはっは! 良い、実に良い。俺が天下を統一する時間を、あやつが自分で削ってくれるというわけか」

 面白い男だ。単なる忠臣であれば「ただちに討ちましょう」としか言えぬところを、長政は「損を避けて最大の結果を得る」という冷徹な計算式を提示してきた。その言葉には、確かな真実味がある。

「分かった。ならば、謙信のことは放置だ。俺はこれより近畿を完全に締め上げ、西へ向かう。その間、北陸の物流と上杉への監視は貴様に任せる。……まさか、俺の背を突くような真似はせんだろうな?」

 俺が冗談めかして凄むと、長政は静かに微笑んだ。その顔には、一切の迷いが見当たらない。

「私の物流網は、信長様という巨大な市場があってこそ輝くもの。裏切る理由など、どこにもございませぬ」

 長政の言葉を信じたわけではない。だが、今の俺にとって、あやつの「物流」という道具は、西を平らげるための生命線だ。

 上杉の死を待ち、西を制圧する。……悪くない。魔王の進撃は、より効率的で、冷酷なものへと研ぎ澄まされていく。

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