社内政治という名の粛清とヘッドハンティング
小谷城の広間。祝言の興奮冷めやらぬ翌朝、私は早速「寄合」を開くことにした。
膝を突き合わせたのは、私の補佐役となる三名の重臣。現代の記憶と、長政としての直観を照らし合わせ、彼らを三つの役回りに分ける。
「……長政様、正気か」
溜息をついたのは、父・久政の忠実な番犬、遠藤直経だ。彼は朝倉家を重んじる旧弊の筆頭であり、私の「織田家への接近」に最も強い拒否反応を示している。
「織田という危険な大勢力に、独立の矜持を捨てて屈服しろと? それが、当主としての判断か」
私は彼を敵とみなさない。むしろ、彼の「浅井家への忠心」は、扱い方次第で最強の盾になる。
「直経、安心しろ。俺が目指すのは『屈服』ではない。『戦略的共闘』だ。織田の強大な武力と経済力を、浅井の繁栄のために活用する。それが今、浅井が生き残る道だ」
一方で、沈黙を守っているのは赤尾清綱だ。彼は中立、というより「利害」を冷静に見極める観察者。
「殿の考えは、あまりに型破りです。しかし……織田信長という男の器には、確かに抗いがたい力がある。殿は、何か確信をお持ちか?」
「ああ。あの男は必ずこの国の頂を獲る。その奔流に早い段階で乗り、浅井の地位を盤石なものにする。それが一番の近道だ」
私は地図を広げた。近江の勢力図は複雑だ。
「今後の陣容を整理する。まずは、織田家と誼を通じる勢力を広げる。俺の腹心として、磯野員昌、お前を中核に据える。お前は近江随一の勇将だ。戦だけでなく、佐和山城を拠点とした『兵糧や物資の道』の再構築を任せたい」
磯野が驚いたように顔を上げた。
「俺に、兵站を?」
「そうだ。戦は力押しだけではない。いかに無駄なく、速く、武器と兵糧を動かすか。それが戦の勝敗を決める。員昌、お前にはその『物流の要』になってほしい」
さらに私は、未来の才能に目を向ける。
「そして、もう一人……坂田郡にいる石田という家の若造、佐吉。あいつを召し抱えろ。まだ童だが、帳簿の数字を扱う才は俺が見込んだ通りだ。俺の直属として『蔵元(くらもと:経済運営の役職)』の基礎を叩き込む」
周囲はざわついた。遠藤は「子供に何ができる」と鼻で笑ったが、赤尾は興味深げに頷く。
「敵味方の分別はこうだ」
私は断言した。
「**朝倉殿を重んじる者たちは、まずは現状維持の『抑え』として置く。**無理に排除すれば家中が割れるからな。だが、**重要な評定の場には、俺の意を汲む者たちを配置する。**これから織田へ行く使者には、俺の言葉を違えず伝えられる者を選べ。信長殿という主に、我ら浅井がいかに『頼りになる同盟者』であるかを認めさせるのだ」
広間に緊張が走る。この瞬間から、小谷城という古いしきたりに縛られた組織は、織田という巨大な潮流に乗るための新しい旗印を掲げたのだ。
「殿、朝倉様がこれを知れば、激怒されますぞ」
遠藤が警告する。
「分かっている。だからこそ、朝倉殿には『織田と我々が協力することで、朝倉殿の領地も守れる理』を提示する。力ではなく、利益で納得させるんだ」
私は立ち上がった。窓の外には、琵琶湖が凪いでいる。




