信長の算盤(そろばん)
岐阜城の広間にて、私は届いたばかりの武田の地図を広げていた。勝頼の従属申し出は、我が天下布武の歯車を加速させる極上の油だ。
「面白い……勝頼め、己の領国を切り売りしてでも、武田の火を絶やすまいと足掻くか」
私は勝頼が差し出した版図を眺める。信濃、甲斐、駿河、そして遠江。かつて信玄が追い求めた土地だ。だが、これらをそのまま武田に安堵するのは無駄が多い。今の俺には、地政学的に効率の良い再編が必要だ。
「よし、勝頼の従属を認めよう。ただし、条件がある」
私は地図の上に朱筆を引いた。
遠江の割譲:遠江を徳川家康に譲り渡せ。これにて、家康の背後を完全に安定させる。
北条征伐の先陣:武田軍は北条氏政を討て。徳川家康には、その『後詰め(バックアップ)』を命ずる。武田と徳川、かつての敵同士が北条を挟撃する構図だ。
上杉への牽制:北条と上杉が結んでいる同盟は、武田が北条を攻めれば必ず動く。上杉謙信がこちらの同盟を破り、北条に加勢するならば……浅井長政に命じ、北陸から上杉の背を突かせる。
俺の頭の中では、すでに戦場が立体的に動いている。
勝頼を北条という「盾」の破壊に使い、家康をその「補強」に回す。そして、もし上杉という最強の駒が盤上に介入してきたなら、そこに浅井という「牙」を差し向ける。
(浅井、お前が築いた物流網は、謙信を動かす鍵でもある。謙信が動けば、物流は滞る。その損害を補填するという名目で、お前を謙信討伐へと引きずり出す……これでお前も、名実ともに織田の駒だ)
これぞ、一石四鳥の戦略だ。
比叡山や本願寺のような「古い宗教」を片付ける前に、東国の有力大名を共倒れさせ、勢力を完全に削ぎ落とす。勝頼の降伏は、彼らにとっては生き残りの道かもしれぬが、俺にとっては天下の掃除をより効率的に進めるための手段に過ぎない。
「使者には伝えよ。『武田勝頼の降伏を嘉す。だが、その忠義のほどは、北条の首を持って示せ』と」
俺は冷徹に言い放った。これで東国は火の海となる。その混乱の渦中で、俺は誰にも邪魔されず、京の空を完全に支配する。




