天下の盤面、信長の独白
岐阜城の奥、静寂の中で私は一人、広げられた地図を見下ろしていた。
三好の残党は四国へと追い払い、近畿に巣食う反体制派は、もはや本願寺という名の宗教組織のみ。盤上の駒は、確実に俺の思う通りに並びつつある。
(……だが、一点だけ、肌を刺すような懸念がある。比叡山延暦寺だ)
あそこは単なる聖域ではない。俺の物流網を――いや、俺の天下布武の進路を阻む、最も古く、最も厄介な「既得権益の塊」だ。奴らを焼き払うか、あるいは服従させるか。いずれにせよ、近畿を完全に掌握するには避けて通れぬ障壁だ。
そんな折、重臣たちが集まり、現状の確認会が開かれた。
「近畿の平定まで、あと一歩。本願寺の資金源を断ち、比叡山を封じれば、京の支配は磐石となる」
木下藤吉郎が調子良く報告するが、俺の耳には入らない。頭の中は、比叡山をどう料理するかのシミュレーションで埋め尽くされていた。
その時、小姓が青ざめた顔で駆け込んできた。
「信長様! 甲斐、武田勝頼よりの使者が到着いたしました。……ただ、その内容が……」
武田? あの信玄の死後、弱り切っているはずの甲斐から何だというのだ。俺は鼻で笑い、書状を手に取った。
「……ほう。武田が、この織田に従属したいだと?」
俺は思わず、その場で声を上げて笑った。
「はっ! 虎の威を借る狐が、自ら牙を抜いて差し出してきたというわけか。いや、それとも……」
仰天した。あの武田が、誇り高き甲斐の武門が、滅びを避けるために俺の傘下に入る道を選んだとは。勝頼という若造、案外と切れ者なのか、それとも追い詰められた末の卑屈な生存戦略か。
比叡山のことなど、一瞬で吹き飛んだ。
俺に従属するならば、武田の金山、職人、そして信濃の騎馬隊を、そのまま俺の戦力として組み込める。これを使えば、比叡山など一捻りだ。
「面白い。……武田の使者を入れろ。その条件、とくと聞かせてもらおうか」
天が俺に、また新たな「道具」を与えたらしい。比叡山、本願寺、そして武田の従属。俺の天下布武は、加速する。




