リスクヘッジのプレゼンテーション
岐阜城の広間。信長の殺気は、これまでとは比べ物にならなかった。私の背後に近衛前久という公家の影がちらつき、その先に越後の上杉謙信の存在が見えたからだろう。
「浅井。越後の龍と、何を通じている? 俺に隠れて裏で何を買った」
信長は、私の膝元に置かれた手紙を指さした。私は平伏せず、ゆっくりと立ち上がった。逃げの弁解は、信長のような直感的な経営者には最も嫌われる。必要なのは、論理的な経営戦略としての説明だ。
「織田殿。結論から申し上げます。私が謙信と繋がったのは、貴殿の『天下布武』をより確実に、かつ効率良く完遂させるためです」
「……ほほう。俺に反旗を翻すためではないと、そう抜かすか」
「私は武田信玄という『厄介な競合他社』を、織田殿の武力を使わずに潰すためのルートを作ったのです」
私は地図を広げ、越後から信濃へ、そして甲斐へと至る戦線を指し示した。
「武田は、自らの領土防衛と西上作戦の二正面作戦で疲弊しています。今、北陸の物流を握る私と、越後の謙信が『甲斐を東西から締め上げる』協定を結べば、信玄は東へも西へも動けなくなる。……つまり、武田は実質的に『死体』になるということです」
信長が眉をひそめる。彼は軍事的な勝利だけでなく、それがもたらす「無駄の排除」という観点に興味を持ち始めている。
「織田軍がわざわざ兵を割いて甲斐を攻め落とす必要はありません。謙信と私で武田の物流と補給を完全に遮断し、その経営基盤を瓦解させる。織田殿は、その隙に京と畿内での政治的支配を盤石なものにすれば良いのです。上杉は、織田の天下を盤石にするための『外注先』に過ぎません」
私は深く頭を下げた。
「私には、貴殿の天下を支える『兵站の大商人』でありたいという野心しかございませぬ。織田という巨大な帝国が倒れれば、私の物流網も価値を失う。貴殿を裏切ることは、私にとっての経営的自殺なのです」
数秒の沈黙が流れた。広間の空気が張り詰める。信長はゆっくりと笑みを浮かべた。
「『死体』か。面白い。俺が信玄の首を刈るために苦労している間、お前たちはその経済的な首を絞め殺すというわけだな」
「左様です。武田という勢力を最小限の労力で損切りする。これが私の提案する経営戦略でございます」
信長は私の肩を叩いた。その強さは、警戒から、再び「有用な道具」としての扱いへと戻った証拠だ。だが、その瞳の奥にはまだ、私を完全に制御しきれないことへの苛立ちが残っていた。
「よかろう。上杉を使え。だが、忘れるな。お主の物流網の出口も入り口も、全て俺が掌握しているということを」
「御意」
私は岐阜城を後にした。これで「上杉との接触」は公式な業務として認められた。武田を封じ込め、謙信というカードを握る。戦国市場の支配権は、ついに私の完全な掌中に入りつつある。




