遡ること~小学6年生・4
次の日、ママはさっそく新しい勤め先である美容院へとでかけていった。じいちゃんとばあちゃんは店があるし、僕は街の散策でもしてみることにした。
商店街は午前中から、けっこう賑わっている。パン屋やお惣菜店に人が集まっているようだ。ワークショップ店は午後からなのだろうか。まだ、シャッターが閉まっている。
池田洋品店は、ガラスドア越しにユイのお父さんが見えた。昨日の話だと、お兄さんはクリーニングをしているということだったが、配達にでも行っているのかもしれない。引っ越しの時、見かけたバイクが見当たらない。
昨日、少し酔っぱらったユイのお父さんが、「亮のおかげで、商店街に灯がともったんだ」と嬉しそうに語っていた。
まさに、僕も見たあのボクシングで、何かが変わったのだろう。
からあげ屋の前も、人が集まっている。それも納得。昨日は僕とユイだけでも、何個食べたことだろう。
とりあえず、足は駅と向かっていた。昨日、自治会館での話題の中で、立見総合公園というのがちょくちょくでてきていた。それが、駅の反対側にあるらしい。
階段を上がり、西口のほうに下りてみると、景色がずいぶん違っていた。大きな通りがあり、スーパーやドラッグストアー、家電量販店などが並んでいる。
駅前にある地図看板を見てみると、この通りを歩いて行けば、総合公園があるようだ。大きな公園みたいなので、行ってみれば、すぐにわかりそうだ。
本当に広い公園だ。
池を中心にいろいろある。そして、すぐに感じていた。桜が多い。満開には少し早いが、それでも咲き始めているし綺麗だ。
ユイが自慢げに、さくら祭りのことを話していたが、これは本当に盛り上がりそうだ。
自然と足取りも弾んでくる。
でも、その足は力が抜けるように止まっていた。
耳にはいくつもの声が届いている。目にはグランドが映っている。僕と同い年くらいのユニフォームを着た子供たちとともに。
気付けば、上着のポケットにあるボールを握りしめていた。
前に住んでいたところには川があり、その橋の下で、壁当てができるところがあった。そこなら、ママやパパに見られることなく、ボールを投げることができていた。
ここにいると胸が苦しくなる。辛くなる――野球は……ダメなんだ。
僕は背を向けて歩いた。歩が速まる。そして、走るように公園も後にしていた。
なんだろ?
いろんなことを考えてしまうから、頭を真っ白にしようとして歩いていたら、いつの間にか、住宅街を抜けてしまっていたようだ。
でも、振り返れば住宅街だし、遠くに来てしまったわけではなさそうだ。つまりは住宅街の外れということだろう。
前へと視線を戻せば、大きな木々がある。林? 山? 元々は住宅街も公園も全部がこんなんだったかもしれない。
周りを見渡していると、なにやら大きな石が目に止まった。近づいてみると、僕の背くらいある石柱?
そこに難しい字が彫り込まれている。読めないが、なんとか寺とある。
ってことは、木々の間にある急坂を上がっていけば、お寺があるということだろう。車が両方から通れるくらいの道だが、坂の上は見えない。
なんだか少し怖い気がする。でも、気になる。
とりあえず、坂の上までだけ行ってみようか。
恐る恐る足を踏み出した。
坂を上がり、そこにあった石段も上がると、意外と大きなお寺があった。周りに人の姿はない。
真ん中にどんとある古い建物が本堂とかいうやつだろう。やり方はよくわからないが、とりあえず手だけ合わせた。
周りを見渡すと立派な木々の間に小道が見える。なんとなく近づいてみると、見晴らし場、という消えかけた文字の看板があった。
あれだけの坂と階段を上がってきたということは、いい景色が見られるのかもしれない。
それに、木々に囲まれた小道を前に冒険心もわいてきている。
よしっ――行ってみるか。
木々を向けると綺麗な芝生の広場があった。ちょっとした公園くらいの広さがある。野球はできないけど、球当てくらいなら。
広場を見渡したが、そんなに都合よく、ちょうどいい壁なんてあるもんじゃない。あんなのに当てるわけにもいかないし。
そう思いながら、そこに近づいていく。
桜? それにしては小さい。でも、ストライプみたいな縞の幹ってことは桜だろう。小学校に桜があって、先生が幹に特徴があると教えてくれたから間違いない。
さっき公園で立派なのを見たから、余計に小さく見える。
猛ダッシュからの手伸ばし全力ジャンプしたら、テッペンに触れられそうな気がする。さすがに、それは無理だけど。
よく見れば、数輪だけ花が開いている。まだ早いのか。でも、つぼみもそれほどの数でもないし、満開になっても、木を覆うような桜にはならなそうだ。
たいしたことないのに、なんだか引き付けられる。たった数輪の花なのに……。
自然と、手はボールへと向かい、掴んだその手を見つめていた。
公園で野球をしていた子たちは、あそこにあったたくさんの大きな桜と一緒だ。
橋の下でひとり隠れるようにしていた僕と、こんなところに一本だけでいるこいつが同じに思えてくる。
でも……。
こいつは咲いている。咲き誇ろうとしている。ちゃんと……。
青く晴れ渡る空に向かって、手にしているボールを投げつけた。
ボールが突き進むように空へと向かっていく。
でも……。
僕の思いと同じように力を失っていた。
大きく弧を描いたボールは、小道の手前に転がっている。
どうしようもできない僕のように止まっている。
そんなボールが動いた。




