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僕らのガッカリ桜  作者: ゆらゆらゆらり
中岡勝太編
37/58

遡ること~小学6年生

 朝起きると、祈るような気持ちでリビングに向かった。


 戻ってて……。



 ダイニングテーブルにママの姿がある。テーブルの上に両腕を重ねて、そこに頭を落としている。

 その姿を見れば、パパは戻ってきていないということだ。


 これが初めてってわけじゃない。それでも、小学6年の僕にとったら、不安で体が震えだしそうになるくらい怖い。



 僕に気付いたのか、ママが顔を上げた。


「おはよう。すぐに朝食作るからね」


 その声も、立ち上がった姿も悲しくなるほど重い。


「いいよ。自分でパン焼いて食べるから」

「じゃあ、卵だけ焼くね」


 そう言った時、電話がなりだした。

 ママは駆けだすように電話に向かい、受話器を手にした。



 ママがあやまるように頭を下げている。ご迷惑かけて、そんな声も聞こえてくる。

 どこからか想像はつく。もう、電話が鳴った瞬間からわかっていた気がする。


「すいません。すぐにお伺いします」


 ママはそう言って、受話器を置いた。そして、僕へと顔を向けると、「病院から」

 僕は何も言わずに、ただうなずいた。


 病院ということは、どこかで倒れて救急車で運ばれたということだろう。


 ママはそそくさと準備すると、「ごめんね。ママ、ちょっと行ってくるから。きちんと忘れ物ないように学校にに行くのよ」




 僕は食パンを焼き、牛乳をついで、ダイニングテーブルへと運んだ。そして、ただただ口を動かした。


 また、入院するのだろうか。それならそのほうがいい。ママだって眠れるし、そのほうがいい。


 静けさが重くのしかかってくる。何もなくなってしまった壁や棚も寂しさとともにのしかかってくる。

 ここにも、あそこにも、ユニフォーム姿のパパの写真があった。でも、パパが写真立てを叩き割り、次の日には壁にあった写真も全てなくなっていた。

 捨てられたのか、どこかにしまわれたのか、僕にはわからない。聞くこともできなかった。


 テレビ台の横にあった、プロ初勝利の記念ボールはどうしたのだろう。



 パパは大学卒業後、社会人野球で活躍し、24歳の時にプロ入りしていた。その時すでにママと結婚していて、僕も生まれていた。


 プロ1年目から8勝をあげてプロでも活躍していた。


 でも、僕の記憶の中にその姿はない。その年はまだ1歳だったから、後から話で聞いただけだ。


 次の年も開幕から2連勝したらしい。でも、パパのプロでの勝ち星はこの2年間の10勝、それが全てだった。

 肩を痛めて、その年は結局投げることができなかった。手術をし、次の年もリハビリで投げることができなかった。

 そして、再び1軍で投げることはなく、パパは引退した。





 僕は食パンを焼き、牛乳をついで、ダイニングテーブルへと運んだ。そして、ただただ口を動かした。


 また、入院するのだろうか。それならそのほうがいい。ママだって眠れるし、そのほうがいい。


 静けさが重くのしかかってくる。何もなくなってしまった壁や棚も寂しさとともにのしかかってくる。

 ここにも、あそこにも、ユニフォーム姿のパパの写真があった。でも、パパが写真立てを叩き割り、次の日には壁にあった写真も全てなくなっていた。

 捨てられたのか、どこかにしまわれたのか、僕にはわからない。聞くこともできなかった。


 テレビ台の横にあった、プロ初勝利の記念ボールはどうしたのだろう。



 パパは大学卒業後、社会人野球で活躍し、24歳の時にプロ入りしていた。その時すでにママと結婚していて、僕も生まれていた。


 プロ1年目から8勝をあげてプロでも活躍していた。


 でも、僕の記憶の中にその姿はない。その年はまだ1歳だったから、後から話で聞いただけだ。


 次の年も開幕から2連勝したらしい。でも、パパのプロでの勝ち星はこの2年間の10勝、それが全てだった。

 肩を痛めて、その年は結局投げることができなかった。手術をし、次の年もリハビリで投げることができなかった。

 そして、再び1軍で投げることはなく、パパは引退した。



 



 学校から帰ってくると、テーブルの上にラップのかかった夕食が並んでいた。そこにはメモもある。


 やはり、パパは入院することになったようだ。きっと、前みたいに、酔ってどこかで倒れていたのだろう。


 パパは引退した後、前に所属していた会社に、野球部のコーチ兼社員として、再就職したらしい。でも、今はその会社にいない。

 どうして辞めたのか、僕は知らない。


 でも、なんとなくわかる。きっとお酒だ。依存症とかいうやつだ。その後、仕事を転々としたというのも、みんなみんな、そのせいだ。


 この前、酔って帰ってきた時、僕はパパに向かって怒鳴った。ママはその時も、まだ外で働いているというのに、怒りと悔しさ、悲しさで、泣きながら叫ぶように怒鳴っていた。


 パパはうなだれるように無言のまま下を向いていた。そして、そのまま自分の部屋のほうへ向かおうとした。

 僕が呼び止めると、足が止まり、つぶやくように、「自分でもどうにもならないんだ」


 飲まないと手が震えるとか、そんなことを言っていた時もあった。


 今、パパが仕事をしているのか、していないのかも、よくわからない。きっと何もしていない。


 ママが昔やっていた美容師の仕事に戻って、夜遅くまだ働いて、僕らを支えてくれている。







 この先、僕がパパと顔を合わせることはなかった。


 パパは退院の日、ママが迎えに行く前に、どこかに行ってしまっていた。



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