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【完結】無華の花嫁3~秘めた力を狙われた少女は、黒薔薇の殿下に溺愛される~【Web版】  作者: 木風


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第二十四話 初めての夜①

 華やかなドレスを脱ぎ、ゆっくりと湯船に身を沈める。

 一日分の煤を洗い流すように、肩まで湯に浸かった瞬間、やっと身体の力がすとんと抜けた。


 念入りに施された化粧を落とし、鏡に映る素顔を見つめる。

 さっきまで煌びやかに輝いていた『妃殿下』の姿は、まるで最初から存在しなかったかのように消え去り、そこには見慣れた自分がいる。

 少しだけ赤みの残る頬。見開いたままの目。


 冬の気配を孕んだ夜気で冷え切っていた指先や足先が、熱い湯に包まれ、強張っていた芯がじわじわと解けていく。

 血が巡る感覚が、遅れて追いついてくる。


「ふぅ……」


 思わず零れた安堵の溜息が、湯気の立ち込める浴室に小さく反響した。

 その音すら、今日は優しい。


 今日は本当に、色々なことがあった。

 十九年という歳月を振り返ってみても、これほどまでに長く、これほどまでに濃密な一日は、きっと二度とない。

 思い返すだけで、胸の奥が忙しい。


 湯から上がり、清潔な寝間着の浴衣を纏う。

 外で待機してくれていた女中さんが、恭しく声をかけてきた。


「すみれ様。お支度が済みましたら、これより殿下のお部屋へお越しくださいませ」

「……はい……よろしくお願いいたします」


 かつて一度だけ、暁臣様に抱き締められたまま、朝まで眠ってしまった夜があった。

 けれど今日は、公に夫婦となって迎える、初めての夜だ。


 私に……その、妻としての『お勤め』が、果たせるのだろうか……。


 先ほどまでの公の場での緊張とは違う、肌を粟立たせるような、熱を帯びた緊張が、身体の奥底から静かに湧き上がってくる。

 逃げたいわけではない。ただ、知らない扉の前に立っているだけ。


 案内された暁臣様の寝室へ足を踏み入れると、部屋の奥にある浴室から、微かな水音が聞こえてきた。

 あの方も、今、支度をなさっているのだ。


 これまで私は、暁臣様を待つ時間をどう過ごしていただろう。

 立ったまま控えていたか。

 それとも、ソファの端に腰かけていたか。

 そんな当たり前の所作すら思い出せなくなるほど、今の私の頭の中は白く塗り潰されている。


 壁に掛かった時計の針は、すでに夜の十ときを回っていた。

 秒針の音が、やけに大きく感じられる。


 迷いながらも、整えられた大きなベッドの端に、壊れ物を扱うような手つきで腰を下ろした。

 私の部屋にあるものと同じ意匠。

 けれど、色使いだけが少しだけ凛々しい寝具。


 シーツから漂う微かな暁臣様の香りを手繰り寄せるように、そっと顔を近づけ、深く息を吸い込む。

 嗅ぎ慣れた、心を落ち着かせるお香の匂いに、張り詰めていた神経が、少しだけ凪いでいく。


 仰向けに横たわり、天井の柔らかな灯りに左手をかざした。

 薬指に光る円環が、闇の中でも確かにそこにあるのだと、静かに主張している。


「……本当に、綺麗……」


 呟きは、誰に向けるでもなく、ただ自分の胸に落ちた。


 そっと瞼を閉じると、今日一日の光景が走馬灯のように脳裏を駆け抜けていく。

 荘厳で静謐な杜の中での祈祷。

 重厚な十二単、清らかな白無垢、燃えるような色打掛。

 そして——あの純白のドレス。


 一生に一度あるかないかの美しい衣装を、一日のうちにこれほど何度も纏わせてもらったなんて。

 やはり、まだどこか現実感が薄い。


 纏った衣装も、指に輝く指輪も。

 すべてが『無華』として疎まれてきた私には、分不相応で、過ぎたものばかりかもしれない。


 けれど。

 たとえ今の自分にまだ似合っていなかったとしても、暁臣様の隣に、堂々と立ちたい。

 並んで歩けるようになりたい。


 そう強く願っている自分を、今はもう否定したくなかった。


 ほんの少しだけ……。

 明日からの自分を、これまでより好きになれるかもしれない。

 そんな予感が、胸の奥に静かに灯っていた。

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よろしくお願いします( *・ㅅ・)*_ _))ペコ

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