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【完結】無華の花嫁3~秘めた力を狙われた少女は、黒薔薇の殿下に溺愛される~【Web版】  作者: 木風


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第二十一話 自分の足で一歩ずつ②

 車を降り、一歩地面を踏みしめた瞬間、肌を撫でる空気が変わった。

 ひんやりとして、どこまでも澄み渡り、俗世の音が遠くへ押し流されていく。


 足元に敷き詰められた真っ白な玉砂利を踏む。

 じゃり……という小さな音が、静寂の中でやけに大きく、鋭く響き渡った。


 なんと、遠い所まできてしまったんだろう……。


 その乾いた音に、ようやく自分の存在を現実へ繋ぎ止められた気がした。

 息を吐く。吐いたはずなのに、胸の奥はまだ硬い。


 周囲には多くの参列者が息を潜めているはずなのに、ざわめき一つ聞こえてこない。

 注がれる無数の視線も、今はどこか遠い世界の出来事のように感じられる。


 歩みを進めるたび、十二単の圧倒的な重みが身体を地上へと引き止めようとする。

 一歩、また一歩。信子さんたちに支えられているはずなのに、心許なさが胸の隙間から這い上がってくる。

 足の指先が、砂利の感触を探すみたいに強ばった。


 教えられた通りの作法で、機械的に足を動かしている。

 けれど心だけが置き去りにされ、身体だけが先に未来へ進んでいるような、奇妙な浮遊感があった。

 自分が自分でなくなるような、薄いめまい。


 ——これから、一体何が起きるのか。

 私に何が務まるのか。


 真っ白になった頭の中を、不安の霧が覆い尽くそうとした、そのときだった。


 しゃん……。


 あまりに澄んだ音が、凛烈な空気を震わせた。

 神職が振るう神楽鈴の音。

 高く、細く、それでいて胸の奥深くまで染み込んでくるような、清らかな響きだった。

 思わず深く息を吸い込む。冷たい空気が喉を通り、身体の芯まで降りていく。


 神職の白い衣が擦れる微かな音。

 玉砂利を一定のリズムで踏む、厳かな足音。

 幾重もの布が揺れ、空気を動かす、かすかな気配。


 そのすべてが恐ろしいほどに静かで、けれど逃げ場がないほど鮮明に私の五感を叩く。

 静けさの中に、無数の『決まり』が立ち上がっている。


 促されるまま、神前で静かに膝を折る。

 座った瞬間、十二単の重みが腰にずしりとかかり、よろめかぬよう自然と指先に力が籠もった。

 袖の内で、手が小刻みに震えそうになるのを押さえ込む。

 精一杯、背筋を伸ばす……けれど、今の自分の姿が正しいのか、あの方の隣に立つ資格があるのか、それさえも判断がつかない。

 視界の端に、朱塗りの神具が淡く光った。


 やがて、朗々とした祝詞が始まった。

 古語で紡がれるその言葉の意味は、今の私にはほとんど理解できない。

 それでも、一定の抑揚をもって奏でられる声は、寄せては返す波のように、私の澱んだ思考を一つ一つ丁寧に洗っていく。

 頭の中のざわめきが、少しずつ薄れていく。


 これは、神様へのお願いなのだろうか。

 それとも、新しい命の始まりの報告なのだろうか。


 儀式の間、暁臣様と視線を合わせることも、言葉を交わすこともない。

 けれど、だからこそ——ここにいることだけが、重く、確かだった。


 ——私たちは、今ここにいます。

 ——この先、どのような運命が待とうとも、共に歩みます。


 そんな、声に出すことすら憚られるようなささやかな誓いを、人に対してではなく、天に、そして目に見えぬ神様にお伝えする。

 胸の奥でだけ、そっと形にする。


 しゃん……。

 また、あの鈴の音が鳴り響く。

 そのたび、私の小さな心臓が共鳴するように跳ねた。

 跳ねて、次の瞬間には、音に溶けていく。


 儀式の中で手を重ねるよう指示を受け、言われた通りに、おそるおそる指先を動かす。

 朱塗りの杯や神具を前にして、自分の手が驚くほど小さく、頼りないものだと初めて知った気がした。

 それでも、その手が『ここ』に置かれる。逃げられない。


 ふわりと、横に確かな気配を感じる。

 視線を向けずともわかる。暁臣様が、すぐ隣にいらっしゃる。

 その距離が、静けさよりも確かだった。


 瞳を動かさなくても、指先が触れ合わなくても、あの方はそこにいる。

 ただそれだけで、凍えそうだった胸の奥が、小さな灯火を宿したように温かくなった。

 寒いのに、熱い。

 不思議な安堵が、じわりと広がる。


 祈りの時間は、淡々と、けれど重厚に進んでいく。


 感情が昂ぶるような演出も、誰かが大声で愛を宣言することもない。

 ただ静かに、ときの層を積み重ねるように、一分一秒が流れていく。

 そして訪れた終わりを告げる合図も、ひどく静かなものだった。


 鈴の音が、最後に一度だけ長く鳴り響き、その清廉な余韻が杜の奥へと消えていく。

 気がつくと、私の呼吸は少しだけ浅く、熱くなっていた。


 ——終わった、のだろうか。

 それすら、自分でははっきり確信できない。


 けれど。

 胸の奥に、何かが、そっと優しく置かれたような不思議な感覚があった。

 重いのに、痛くない。

 ただ、静かに——私の中に座った。


 重いのに、決して苦しくはないもの。

 もし名をつけるなら、それはきっと——『約束』だ。

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よろしくお願いします( *・ㅅ・)*_ _))ペコ

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