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【完結】無華の花嫁3~秘めた力を狙われた少女は、黒薔薇の殿下に溺愛される~【Web版】  作者: 木風


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第十九話 どうか一生、覚めないでほしい②

 目を覚ましたとき、最初に私の感覚を支配したのは、澄み渡るような部屋を漂う光の粒子だった。

 カーテンの隙間から差し込むやわらかな秋の陽射しが、部屋の輪郭をゆっくりと、慈しむように浮かび上がらせていく。

 枕元から視線を動かせば、窓の向こうには一点の曇りもない碧落が広がっていた。


 ……今日は、この上なく晴れている。

 それだけは、寝惚け眼の意識の中でもはっきりと理解できた。


 布団から起き上がると、足先をかすめる空気が少しだけ冷たい。

 季節が変わったのだと、どこか他人事のようにぼんやり思いながら、洗面所へと足を運ぶ。


 冷たい水で顔を洗うと、ぱしゃり、と静かな水音が朝の静寂に波紋を広げた。

 たっぷりと水を含んだ清潔な手拭いでそっと肌を押さえると、ざわついていた胸の奥が、氷が溶けるようにすうっと落ち着いていく。


 鏡に映る自分は、緊張のせいか少しだけ顔色が青白い。

 けれど、決して眠れていないわけではないし、どこか具合が悪いわけでもない。


 ——ただ、私はまだ、何もわかっていないのだ。


 儀式の手順や作法については、藤波様から何度も繰り返し教わってきた。

 けれど、教わっていない『それ以上の何か』が、今日という日に起きるのか。

 私は一体、何を目指して歩けばいいのか。


 どこまでが、昨日までの愛おしい『いつも』で。

 どこからが、引き返せない『特別』なのか。


 その境界線が、今の私にはまだ、霧に包まれているかのように見えなかった。


 朝餉の部屋に向かうと、そこにはすでに、正装に近い落ち着いた着物姿の暁臣様がいらした。

 いつもより整えられた襟元。結び目の角度。佇まい。

 それだけで『今日は違う日だ』と身体のほうが理解してしまい、胸の奥がきゅっと縮む。


「おはよう、すみれ」

「……おはようございます、暁臣様」


 いつもと同じ、深い湖のような低い声。

 いつもと同じ、私のために用意された向かいの席。


 湯気の立つ温かな汁物と、ふっくらと炊き上がったご飯。

 漬物の香り。焼き魚の焦げ目。

 いつもと同じはずの朝の匂いが、今日は少しだけ鮮明すぎて、現実を突きつけてくるようだった。


 箸を持つ自分の指先が、目に見えて微かに震えていることに気づき、私はそっと拳を握りしめた。

 震えを隠すためにではない。

 この身体が勝手に怯えてしまうのなら、せめて心のほうだけでも、ぐらつかせないために。


 けれど、暁臣様はそんな私の動揺を責めることも、無理に励ますこともしない。

 ただ、私が最初の一口をきちんと飲み込むのを、親鳥が雛を見守るような優しい眼差しで確かめている。


 それだけで、不思議と冷えていた胸の奥が、温かな安堵で満たされていった。


 交わされる会話は、驚くほどに少ない。

 けれど、その沈黙は決して重苦しいものではなく、互いの存在を確かめ合うような穏やかな時間だった。

 静かで、幸福な朝。

 ……やっぱり、私のような『無華』が、暁臣様とこれほどの婚儀を挙げるなんて。

 夢の続きを見ているのではないかと思ってしまう。


 食事が終わるころ、静まり返っていた廊下の方が、急に慌ただしく賑やかになり始めた。

 畳を踏む足音が増え、衣擦れの気配が近づいてくる。

 息を潜めていた屋敷が、急に「今日」を動かし始めたみたいに。


「失礼いたします」


 規則正しいノックの音に続いて扉が開くと、凛とした藤波様の声が響いた。

 その後ろには、篠塚様と、そして祈るような微笑みを浮かべた信子さんの姿も見える。


 あ……。


 その瞬間、胸の奥が、ぎゅっと締め付けられるように縮んだ。

 信子さんたちが揃ったということは、これから始まる婚儀の支度の合図。


 暁臣様が静かに立ち上がると、私の方を一度だけ、すべてを包み込むように穏やかに見つめて微笑んだ。

 その微笑みは『大丈夫だ』と言っているのに、同時に『もう戻れない』とも告げている気がした。


「また後で、会おう」


 それだけを言い残して、暁臣様は部屋を出ていく。

 閉まる扉の音が、いつもよりずっと重く、そして決定的な響きを持って耳に残った。


「すみれお嬢様。これより、本格的なご準備に入らせていただきますね」

「……はい、よろしくお願いいたします」

「私たち一同、精いっぱい、すみれ様を最高のお姿にお仕上げいたしますから」


 藤波様の声が、いつになく厳かで、けれど温かい。

 促されるまま、私は衣装が用意されている離れの和室へと向かった。


 襖が開かれ、光が流れ込む。

 開け放たれた部屋で、陽の光を浴びて眩いばかりの輝きを放つ衣装の数々を目にした瞬間——思わず、息を呑む。


 白。

 艶やかな絹。

 高貴な紫。

 そして、燃えるような深紅。

 幾重にも折り重なる、重厚な布の気配。


 十二単——幼い頃に見たお雛様が纏っていた、あの伝説の衣。

 その言葉が、ようやく私の現実として形を結ぶ。

 窓の外を見上げれば、どこまでも澄み切った、吸い込まれそうな青空が広がっていた。

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よろしくお願いします( *・ㅅ・)*_ _))ペコ

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