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【Web版】無華の花嫁3~秘めた力を狙われた少女は、黒薔薇の殿下に溺愛される~  作者: 木風


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第十六話 奪うための道具

 狂気を孕んだ東宮殿下の笑い声とともに、二度、三度と天を裂く雷が執拗に暁臣様を襲う。

 すべては黒い球体に吸い込まれている——そう見えるのに。


 私の足は、がたがたと震えが止まらない。

 お二人がどうなれば止まるのか。

 こんな嵐の中で、暁臣様が無事でいられる保証なんてどこにもない。


『華の加護』も『異能』も持たない無力な私には、仕組みがわからない。

 何をすればいいのかもわからない。

 ただ祈ることしかできないのに、その祈りさえ、雷鳴にあっさり掻き消されていく。


 そして、一際大きな雷が吸い込まれた後だった。

 吹き荒れていた風の引き込みが、わずかに——けれど確実に弱まった。


「……小さく、なって……いる……?」


 暁臣様の両腕の幅ほどもあった漆黒の球体が、目に見えて萎縮していく。

『異能』の仕組みなど、私には何もわからない。けれど……。

 あの漆黒の球体が、もし有限の力だったとしたら。

 あの凄まじい雷を、生身の人間が耐えきれるとは到底思えない。


「いい加減、飽きてきたな……そろそろ終わりにしようか、暁臣」


 雲の隙間を、巨大な稲妻が駆け巡った。

 今までとは次元が違う。山をも砕くような規模の雷が、まさに今、降り注ごうとしている。


 ふらり、と身体が勝手に前へ出る。

 もし私のせいで暁臣様に何かあったら。もし、この温かな場所を、また失うことになったら——。


 私は……また……一人ぼっちの、あの冷たい蔵へ戻るの?


「そんなの……嫌です……暁臣様……!」

「すみれ様!いけません、危険ですっ!」


 咄嗟に綾乃様が私の腕を強く掴んだ。

 その指先が、私以上に激しく震えているのが伝わってくる。


「でも、あの方がっ……!」


 空が鳴る。大気が震える。

 落雷の予兆が、大地を揺らす。

 視線の先で、暁臣様の『異能』が苦しげに歪んだ。

 やはり黒い渦は、先ほどよりさらに縮み始めている。


「……暁臣様……っ!」


 バリバリバリッ!!!

 と、天が裂けるような衝撃音。


 考えるより早く、私は綾乃様の腕を振りほどいていた。

 無我夢中で、嘲笑を浮かべる東宮殿下の横をすり抜け暁臣様の元へ走る。


 草履はどこかで脱げた。

 足裏に砂利が食い込み、転びそうになる。痛い。けれど止まれない。


「暁臣様……!!!!」

「すみれ、来るなっ!!」


 漆黒の球体が霧散し、完全に消失した——その瞬間。

 私は暁臣様の広い胸に、全力で飛び込んだ。


「だめだ、離れろ……今来るのは危ない……っ!」

「嫌です!絶対に離れませんっ!このまま、一緒に……っ!」


 このまま雷に焼かれて死んでしまっても構わない。

 独りで生き残るくらいなら、暁臣様と共にあることを選びたい。


 目を開けることすらできないほどの白い光が、私たちを包み込んだ。

 内臓にまで響く重い衝撃。私はただ、暁臣様の衣の感触だけを頼りに、必死で立っていた。


「……すみれ……?」


 震える暁臣様の声に、恐る恐る瞼を上げる。


 どうしたことだろう。

 抱き合った私たちの身体全体が、幻想的な紫色に発光しているように見えた。

 髪が強い静電気を帯び、重力から解き放たれたみたいにふわふわと中空を漂っている。


 その不思議な光は、やがて穏やかに——

 私の身体へ吸い込まれるように収束していった。


「馬鹿な……直撃したはずの雷が、消えた……?」

「……すみれ様……一体……」


 遠くで、呆然自失とした東宮殿下と綾乃様の震える呟きが、静まり返った庭園に落ちる。


 やがて荒れ狂った雷鳴が遠ざかるにつれ、辺りには湿った土の匂いと、焼け焦げたような微かな残香が漂い始めた。

 重く垂れ込めていた雲が涙を零すように、ポツリ、ポツリと冷たい雨が私の頬を濡らし始める。


「はぁ……はぁ……暁臣様……。お怪我は……ご無事ですか……?」

「……俺のことはいい。すみれ、お前こそ大丈夫なのか。どこか痛む所は」

「私は……大丈夫です。どこも、痛くありません……」

「そうか……ああ、良かった……」


 喉の奥から、絞り出すような安堵の声。

 暁臣様の震える掌が、私の頬へ伸びる。

 まるで無事を確かめる印みたいに、指先がそっとなぞった。


 その手は、いつも私を支えてくれる強固なものとは違う。

 僅かに、けれど確かに、恐怖の名残を宿しているように見えた。


「本当に、無事で良かった……すまない、すみれ」


 あのような……醜くも無様な所を見られてしまった。

 他の男に抱きすくめられ、暁臣様を絶望させるくらいなら——

 いっそ雷に打たれて死んでしまいたいとさえ願ったのに。

 こうして今、私は生きて、暁臣様の温かな腕の中にいる。


 胸の奥が、遅れてじわりと痛んだ。

 安堵と羞恥と、言い訳のつかない現実が、ぐしゃぐしゃに絡み合う。


「なぜだ……。なぜ、『黒薔薇』を、暁臣を選ぶ」


 背後から、地を這うような呪詛の声が響いた。


「っ……」

「すみれ、お前が奪うんだ。その『黒薔薇』を。奴から、すべてをっ!」


 雨足が強まる。

 東宮殿下の叫びは雨音にかき消されそうになりながらも、鋭く私の胸を刺し貫いた。


 聞くたびに、先ほどまでの恐怖が冷たい泥のように湧き上がる。

 妹の百合からは『返せ』と罵られ、今度は東宮殿下から『奪え』と命じられる。


 ——私は、『無華』として生まれた私は。

 誰かから何かを奪うための道具としてしか価値がないというのか。

 そう言われ、それだけを期待される。

 私の心など、最初から無いものみたいに扱われる。


「……私は……何も、奪えません……」


 掠れた声は、雨に溶けた。彼に届いているのかさえわからない。

 奪いたくないのに、私の存在そのものが誰かを傷つけ、何かを奪ってしまう。

 私はただ、誰かを傷つけるような生き方はしたくないだけなのに。


「私は……『華』があっても、例えなくても……ただ、暁臣様と一緒にいたいだけなんです」


 ほんの少しの、慎ましやかな幸せ。

 けれど、暁臣様といること以上に幸せなことなど私にはなくて。

 それすら願うなと、天に拒絶されているような気がしてならなかった。


「恒一様……もう、よろしいではありませんか。あなたは『華』などに頼らずとも、必ずやこの国を導く良き王になれます」


 綾乃様が、拒絶を恐れずに東宮殿下のそばへ歩み寄る。

 諭すように、けれど折れない——凛とした声音で。


「これ以上は、東宮殿下としての御身が損なわれます……矛を、お納めください」

「……くそっ……!」


 苛立たしげに髪を掻き上げると、一度もこちらを振り返ることなく、東宮殿下は雨の中を乱暴な足取りで歩き出す。


「五条殿下。すみれ様。この度は……誠に申し訳ありません。後日、改めて近衛家より正式な謝罪を……」


 綾乃様は、今日何度目かになる深い一礼をされた。

 あんなに高貴で美しい方を、今日一日で二度も、私なんかのために頭を下げさせてしまった。

 その事実が、胸を刺す。


「……綾乃殿。面を上げてくれ。貴殿に罪はないことは、俺が一番よく知っている」

「それでも……。わたくしは、東宮妃となる身なのですから」


 一瞬だけ、綾乃様の表情が苦しげに曇った。

 けれどその陰りはすぐに消え、彼女は再び、気高さと清廉さを宿した眼差しで前を向く。


 ——泣いているように見えたのは、私の錯覚だろうか。

 雨に濡れた頬を伝う雫が、涙なのか雨水なのか、もう判別できない。


 激しさを増す雨の中。

 東宮殿下は一度も私たちを顧みず、霧に煙る庭園の向こうへ消えていった。


 姿が見えなくなって、ようやく私は肺に溜めていた熱い空気を吐き出した。

 深く息を吸う。吸えた、その瞬間——足の力がふっと抜け、そのまま地面に座り込んでしまう。


 立たなければならないのに。

 指先一つ動かすことさえ、今は難しい。


「すみれっ」

「すみれ様、しっかりしてください!大丈夫ですか?」

「っ……っはぁ……っはぁ……っはぁ」


 荒くなる吐息。

 視界がぐにゃりと歪み、周囲の色が雨の膜越しに溶けていく。


「綾乃殿、すまない。すみれをすぐに休ませたい。今日はこれで失礼する」


 暁臣様の強い腕に抱き上げられ、身体がふわりと宙に浮く。

 耳元で聞こえる鼓動だけが、今の私の唯一の道標だった。


 遠のく意識の端で、雨音に混じった声がした。


「わたくしは、……すみれ様が、ほんの少しだけ羨ましいですわ」


 胸の奥に、ひどく冷たいものが落ちる。

 ——綾乃様。

 その声だけが、いつまでも耳の奥で消えなかった。

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よろしくお願いします( *・ㅅ・)*_ _))ペコ

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