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【Web版】無華の花嫁3~秘めた力を狙われた少女は、黒薔薇の殿下に溺愛される~  作者: 木風


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第十五話 見知らぬ香り

 どれほどの時間が経ったのだろう。

 出かけるからと朝から女中さんに丁寧に施してもらったお化粧は、もう跡形もない。

 ハンカチに色が移るほど泣きじゃくったせいで視界は重く、こめかみの辺りがズキズキと脈打つように痛む。


 ふと互いの無残な顔を見合わせて、綾乃様が「ふふっ」と吹き出す。

 それにつられるようにして、私も喉の奥で小さく笑ってしまった。


「……お互い、酷い顔ですわね」

「……はい……あ!でも、綾乃様はそれでもお美しいです……!」

「すみれ様こそ、泣き顔までそんなに可憐だなんて……ずるいですわ」


 そんなこと、あるわけがないのに。

 けれど綾乃様は見た目だけでなく、心根まで凛としてお美しい方なのだと、今さらのように痛感する。


「五条殿下をお待たせしてしまいましたわね。戻りましょう」

「はい」


 暁臣様……。

 一刻も早くあの方の姿を見て、息をつきたい。

 二人で庭園の静寂を抜け、来た道を戻ろうと歩み出した——そのとき。


「——でかした。よくやったよ、綾乃」


 背後から、聞き覚えのない冷ややかな声が落ちてきた。

 次の瞬間、見知らぬ香りに包まれ、後ろから強引に抱きすくめられる。


 覚えのない腕の圧。

 傲慢な声音。

 全身の毛穴が開くような戦慄が走り、喉が「ひゅっ」と引き攣った音を立てるのが自分でもわかった。


「……っ、あ……!?」


 あまりの出来事に、身体が石のように固まって動かない。

 暁臣様以外の方に、こんなふうに触れられるなんて——。

 綾乃様が先ほど言っていたのは、こういうことだったのだと、嫌でも理解してしまう。

 背中に当たる体温が気持ち悪い。息が、できない。


「恒一様!?それはっ、いけません!!おやめください!!」

「ああ、案ずるな。綾乃。君が私の正妃であるという事実に変わりはないからね」


 私の身体を丸め込むように抱き込み、顔を隠そうとしても、その腕は微動だにしない。

 どうしたらいいのか。

 このまま、逃げ場のない場所へ連れ去られてしまうのだろうか。


 嫌……嫌……暁臣様……暁臣様……!


 心の中でどれほど絶叫しても、現実は残酷で、声すら出ない。

 指先が痺れ、視界が滲む。足が地面に縫い付けられたみたいだ。


「……戻りが遅いと思えば、随分と下劣な真似をしているな。その腕を放せ」


 低い、地を這うような声。

 弾かれたように顔を向けかけ——それが誰の声か理解した途端、胸がきゅっと潰れた。


 暁臣様だ。

 ……でも、絶望が喉元までせり上がる。


 こんな、他の方に抱きしめられている無様な姿を見られてしまった。

 何と言い訳をしても、どんなに身の潔白を証明しようとしても、言い逃れようのない現実。

 暁臣様に合わせる顔がない。


 二度と……あの優しい腕に抱きしめてもらえなくなるかもしれない。


 先ほど、枯れ果てるほど涙を流したはずなのに。

 喉はからからに渇いているのに、身体中の水分を搾り出すかのように、涙が止めどなく溢れ出した。


「放せと言っているんだ」

「暁臣。君は本当に、間の悪い男だね」


 拘束していた腕は解かれた。——が、安心する暇もない。

 次の瞬間には両手首を、鉄の枷のような力で掴まれ、身動きが取れなくなる。


 暁臣様の顔を見るのが怖い。

 ただ項垂れることしかできない。唇が震える。肩が勝手に小刻みに揺れる。


「放せと言っているのが聞こえなかったか」

「五条殿下……!お待ちください、恒一様にはわたくしから……!!」

「……ふん。それほどまでに、この『無華』の娘が大事なのかな?」


 東宮殿下は嘲笑を浮かべ、暁臣様を真っ向から見据えた。


「私から奪ってみるか?——できるものなら」


 東宮殿下が、パチン、と乾いた指の音を立てた。

 その刹那、肌を焼くようなピリッとした刺激が走り、空気が爆ぜる。


 バチッ——という凄まじい放電音。

 稲妻のような閃光が、暁臣様へ向かって放たれた。


「……ちっ」


 暁臣様は短く舌打ちすると、手袋を素早く剥ぎ取り、迫り来る閃光を片手で無造作に弾き飛ばした。

 ジュワッ、となにかが焼けるような嫌な音が響く。


 これが……東宮殿下の『異能』なの……?

 腕が、足が、冷たくなる。私はただ、その場に立ち尽くすしかない。


「恒一様!おやめください!これ以上は取り返しがつかなくなります……っ」

「……綾乃。悪いが、少し黙っていてくれるかな」


 東宮殿下は冷たく突き放すと、立て続けに三回、指を鳴らした。

 先ほどよりも太く、鋭い閃光が連続して爆ぜる。

 けれどそのいずれもが、暁臣様の掌によって無残にも霧散し、消え失せていった。


「はっ!さすがは『王華』と呼ばれる『黒薔薇』だね」


 ようやく掴まれていた腕が放され、私は一歩よろめく。

 綾乃様が咄嗟に肩を抱いて支えてくださった。


「すみれ様っ!」

「綾乃。すみれをしっかり抑えていろ」


 命じるような口調。

 言い終えるより早く、東宮殿下の右腕がゆっくりと天へ掲げられた。


「私が指先から放つ程度の雷しか起こせないとでも思っているのか?」

「……なんだと?」


 突如、頭上でゴロゴロと地鳴りのような音が響き始めた。

 先ほどまで重苦しく垂れ込めていただけの曇天が、瞬く間に墨を流したような漆黒へと塗り替えられていく。


「ふふっ。見せてあげよう。『黄薔薇』の中でも最大級の火力を誇る、真の『雷鳴』を。——人間に使うのは初めてだが、君なら耐えられるだろう?」


 私を支える綾乃様の肌から、パリッ、と静電気の弾ける音がした。

 互いの顔を見合わせると、結い上げた髪がふわりと逆立つ。まるで無重力みたいに。


「瞬間的な火力のみに限定すれば、『黒薔薇』の破壊すら凌駕すると自負している」


 ——ドンッ!!!!


 鼓膜を突き破るほどの轟音。

 巨大な落雷が、東宮殿下の真上に落ちた。


 そんな……。

 目も眩むような青白い雷光に包まれながら、東宮殿下が平然と立っている。

『異能』とは天候すら従え、世界の色を塗り替えるほど恐ろしいものだったなんて。


「すみれ様っ……危険です、早く下がりましょう……!」

「でもっ……暁臣様が……っ!」


 激しい火花と風圧の中、私はただ、雷光の先に立つ暁臣様の姿を悲鳴のような思いで見つめ続けた。


「お前こそ……『黒薔薇』の力を、あまりに舐め過ぎだ」


 暁臣様の低く、地を這うような掠れ声。

 祈るように握られていた両の掌が、ゆっくりと開かれる。

 その中心に、光すら透過させない漆黒の球体が、不気味に浮かび上がっていた。


 掌の動きに呼応するように、球体は脈動し、恐ろしい速度で膨張していく。


 球体が巨大化すると同時に、周囲に台風さながらの暴風が巻き起こり、黒い渦へと吸い寄せられ始めた。

 結い上げた髪が風にほどけ、視界を塞ぐほど乱れ飛ぶ。


「暁臣様……っ!」


 両腕いっぱい——いや、それ以上。

 暁臣様の前に育った漆黒の球体は、東宮殿下がその身に纏う荒ぶる雷光までも、風と共に凄まじい勢いで吸い込み始めた。

 咲き乱れていた草花も、小石も、剥がれた土くれも。一瞬で闇に呑まれ、消えていく。


「俺に、雷は効かん」

「ほう。噂には聞いていたが、面白いね。——だが、それがいつまで続くんだろうね?」


 天に掲げられていた東宮殿下の掌。

 彼が細い人差し指を立て、死刑宣告のようにすっと下ろした瞬間——


 ——バリッ!!!


 鼓膜を劈くような落雷が、暁臣様めがけて垂直に落ちた。


「っ!!!!?暁臣様!!」


 絶叫した視界の先。

 直撃したかと思った青白い雷光は、まるですべてを飲み込むように、黒い球体の中へ音もなく吸い込まれていく。


 あんな恐ろしい雷が、もし暁臣様に当たってしまったら。

 無事でいられるはずがない。どうしたらいいのか。

 お二人を——一体、誰が止められるというのか。


「あ、綾乃様っ……!お願いです、東宮殿下をお止めくださいっ!」

「あのような……そんな……わたくしのような力では、到底……っ」


 隣にいた綾乃様は目を見開き、青ざめた顔で小さく首を振るばかり。


「はははっ!いいね、暁臣!真っ向からの力比べといこうか!!」

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よろしくお願いします( *・ㅅ・)*_ _))ペコ

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