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【完結】無華の花嫁3~秘めた力を狙われた少女は、黒薔薇の殿下に溺愛される~【Web版】  作者: 木風


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第十二話 温もりに身を委ね③

 暁臣様が仕事へ向かわれた後、部屋に残った私は、信子さんと一緒に朝餉の器を片付けていた。

 静かな室内に響くのは、陶器が触れ合うかすかな音だけ。湯気の名残が、まだ少しだけ空気を温めている。


「すみません……片付けまで、手伝わせてしまって」

「いいえ、お気になさらず。……すみれお嬢様は、いつも朝餉は殿下とご一緒にお摂りになられているのですか?」

「え……?はい。ここへ来てからは、ほぼ毎日、ご一緒していただいています」

「……そうなのですね」


 信子さんが、少し意外そうに目を細めた。

 蔵にいた頃は、冷えたわずかばかりの食事を、たった一人で喉に通すのが当たり前だった。

 誰かと向かい合って、同じものを口にし、言葉を交わす——それ自体が、私にはなかった習慣だ。


 だから、暁臣様が向かいに座り、同じものを口にする時間が、今の私にとっては新しい日常になっている。

 そういえば以前、祝賀会のときにも同じように、信子さんが驚いていたことを、ふと思い出した。


「ひょっとして……珍しいことなのでしょうか」

「え?」

「あの……暁臣様が、私と食事の時間を合わせてくださることが……」

「……そうですね。ご家庭によって習慣はそれぞれ違うとは思いますが」


 信子さんはほんの少し悩むように手を止め、壊れ物を扱うように、ゆっくりと言葉を選びながら続けた。


「身分の高いお家柄ですと、ご主人様と奥様、お子様たちで、行動の時間が合わないことも多いですから」

「そう、なんですね……」

「我が家のような下級貴族でも、食事の時間を合わせるほうが、むしろ珍しいくらいかもしれません」


 暁臣様のことだ。

 きっと、元々食の細い私を心配して、きちんと食べているか見守ってくださっているに違いない。


 けれど、ふと不安がよぎる。

 暁臣様だって、本当は自分のペースで、気兼ねなく食事を摂るほうが楽だったりするのではないだろうか。

 私を気遣うあまり、無理をさせてしまっているのでは……。


 それでも私にとって、他愛のない会話が交わされる朝の時間は、何物にも代えがたいほど心地よい。

 お仕事や学校で離れ離れになるぶん、短い時間でも、あの方の隣に置いてほしくなってしまう。

 ——欲張りだと分かっているのに。


「やっぱり……別々に摂るほうが、暁臣様にとってはよいのでしょうか……?」

「いいえ。そんなことはありませんよ」


 信子さんの声は、きっぱりしていた。


「殿下が何も仰らずに毎日席に着かれるのは、きっと……すみれお嬢様とのひとときを、何より大切にされているということです」


 本当に、そう思ってくださっているのだろうか。

 もしそうなら——こんなに嬉しいことはない。


 信子さんの温かな言葉に、張り詰めていた心が、ふっとほどけていくのを感じた。


「すみれお嬢様。最近のお勉強のご様子を拝見するに、読める漢字も随分と増えてきましたし……よろしければ一度、小説などをお読みになってみませんか?」

「小説……ですか?絵の少ない、本のことでしょうか」

「はい。難しい漢字もありますが、辞典も用意しますし、わからないことは何でも私に聞いてください。物語に触れるのは、とても楽しいことですよ」


 今までは、ひらがなやカタカナを追うので精一杯で、簡単な、挿絵の多いお伽噺のようなものしか読んだことがなかった。

 けれど、もし本当に——私でも小説が読めるようになっているのだとしたら。


 今まで積み重ねてきた、お勉強の時間が形になったようで。

 自分の成長を、少しだけ実感できるかもしれない。


「……はい。ぜひ。用意をお願いしても、よろしいでしょうか?」

「もちろんです。次にお伺いするときに、お嬢様が読みやすい、素敵なお話を探してきますね」


 どのようなお話が、私を待っているのだろう。

 難しくて立ち止まってしまわないか、少しだけ不安。

 けれど、新しい世界の扉を叩くような期待に、胸の奥がほんのり熱を帯びていた。

ブックマーク、★★★★★、リアクション

よろしくお願いします( *・ㅅ・)*_ _))ペコ

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