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【完結】無華の花嫁3~秘めた力を狙われた少女は、黒薔薇の殿下に溺愛される~【Web版】  作者: 木風


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第十話 隣で過ごした一年①

 園遊会の会場に一歩足を踏み入れた瞬間、肌を刺す空気が一変したのが分かった。

 同じ外でも、ここは別の世界だ。息の仕方まで測られている気がする。


 広大な庭園にひしめく人の気配。

 色とりどりの着物と礼装が初夏の陽光を跳ね返し、万華鏡のようにきらきらと揺れている。

 笑い声も、扇子の影も、足元の砂利の音も、すべてが眩しいのに、どこか怖い。


 去年と同じ場所。

 同じ、華やかな園遊会。

 なのに胸の奥で早鐘を打つ鼓動の質は、あのときとは決定的に違っていた。

 ——私はもう、通りすがりではない。名前を与えられ、値踏みされる立場になってしまった。


「……あの方が、例の五条殿下の……」

「ええ、正式な婚約者だそうですわ」

「本当に……『無華』の娘を、あそこまで……?」


 抑えたはずのささやき声が、風に乗って容赦なく耳を打つ。

 好奇と疑念、隠しきれない棘が入り混じった無数の視線。

 去年の私は、ただ恐怖に震えることしかできなかった。

 けれど今の私は、その言葉の意味を正しく理解できてしまう。

 理解できるからこそ、別の重りになって胸の深い所へ沈んでいく。


 私は暁臣様の腕に、そっと指を添えた。

 縋りつくのではなく、ここにいると示すみたいに。


「すみれの前では、この庭園のどの花も霞むな」

「……っ。そんなことを仰るのは、暁臣様だけです……」


 その一言だけで、強張っていた背筋の力が、ほんのわずか抜けた。

 呼吸が一つ、深くなる。


 まずは、五条家の本家の方々への挨拶。

 暁臣様のお父上、お母上、そして凛とした佇まいの姉君。

 近づくほど、視線の圧が濃くなる気がして、唇が乾いた。


「本日は、よろしくお願いいたします」


 言葉は短く、声の震えを完全に隠すことはできなかった。

 それでも——新年の祝賀会のときより、彼らの瞳をまっすぐ見つめて口にできた。

 足がすくまない。逃げない。そう決めて来た。


「……少し、顔色が良くなったわね。その色も、よく似合っているわ」


 姉君からかけられた、思いがけず穏やかな言葉に、私は思わず瞬きを繰り返した。

 疑いの混じらない声音。まるでと認めてくれたようで、胸の奥がじんと熱くなる。


 たった一言。

 けれど、その一言だけで、胸に溜まっていた澱が、すっと和らいでいく。


 一年前とは違う。

 本当に、ほんの少しずつではあるけれど。

 私もこの世界にいてもいいのだと、自分自身に許しを与えられる瞬間が、確かに増えてきた。


 挨拶を終え、人々の喧騒から逃れるように暁臣様と歩を進める。


「すみれ。少し、奥へ行こうか。人混みに疲れただろう」

「はい……。暁臣様」


 私が小さく頷くと、慈しむように自然な仕草で、肩を抱き寄せられる。

 その腕の重みが、今は怖くない。むしろ、頼もしい。


 庭園の奥へ向かうにつれ、華やかな話し声は遠のき、木々の影がしっとりと濃くなっていく。

 葉擦れの音が近くなり、空気が少し冷える。

 そして、曲がり角を抜けた瞬間——


 視界いっぱいに、優美に垂れ下がる無数の紫の光が、滝のように降り注いだ。

ブックマーク、★★★★★、リアクション

よろしくお願いします( *・ㅅ・)*_ _))ペコ

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