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【完結】無華の花嫁3~秘めた力を狙われた少女は、黒薔薇の殿下に溺愛される~【Web版】  作者: 木風


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第九話 東宮御所からの使者①

「すみれ様に、東宮御所から使者がいらしています」

「え……?」


 春の園遊会を一週間後に控えた、穏やかな昼下がり。

 あまりに突然の来訪に、縋るような思いで隣の暁臣様を見上げた。

 何かを察したのか、暁臣様の整った表情が、一瞬で氷のように険しくなる。

 その変化だけで、胸の奥にざわりと嫌な予感が広がっていった。


 ——ひょっとして。

 先日、簪をお返ししたことでお叱りを受けるのではないか。

 私が叱られるだけなら、まだいい。

 けれど、もし私のせいで暁臣様にまで不敬の火の粉が及ぶのだとしたら……。


「心配するな。一緒に行こう」

「……はい……」


 不安を吸い取るように差し伸べられた温かな手。

 私はその掌の温もりだけを頼りに、重い足取りで応接室へ向かった。


 扉が開かれると、そこにいたのは、東宮の紋章をつけた使者。

 そして、テーブルの上に並べられた——大小さまざまな桐の箱が、いくつも。

 すべての蓋に刻まれた金色の家紋が、眩いほどに光を放っている。


 簪を受け取ってしまった後、藤波様から教わった。

 箱にある家紋は、天皇家を象徴する『十六葉八重表菊』。


「東宮殿下より、すみれ様に。お届けに参りました」


 使者が事務的な声で告げ、恭しく紐を解く。

 蓋が持ち上がり、箱の中から現れたのは——眩いばかりの、真っ白な振袖だった。


「……っ」


 言葉を失う。

 極上の正絹に、これでもかと繊細な刺繍が施された、白無垢と見紛うほどの純白。

 それでいて、淡い光を抱いた刺繍が細やかに走り、品の良い気配だけが立ち上る。


 次々に開けられる箱。

 豪華な帯、帯締め、足袋、草履——支度に必要なものすべてが揃えられていた。


 これが単なる『贈り物』ではないことくらい、世間知らずの私にも分かる。

 拒めないように整えられた一式。

 それは祝意という形を借りた、絶対的な意思表示——支配の輪郭そのものだった。


「東宮殿下は、なんと仰っている」


 暁臣様の冷徹な声が、室内の温度を数度下げた。

 その低い響きが、この贈り物の不吉さを、はっきりと告げている。


「来週の園遊会では、ぜひこちらをお召しになられるように——との言付けにございます」


 園遊会。

 頭の中が真っ白になった。

 園遊会では、暁臣様が私のために初めて選んでくださった、あの振袖を着ると決めていたのに。

 花菱屋さんにお願いして、仕立ててくださった、薄紫の——私にとって特別な一着を。


「よろしければ、当日のお支度もこちらから手配いたしますが」

「あ、あの……こんな、身に余るお品……いただくわけには参りません」

「東宮殿下からの直接の贈り物です。辞退など、決してあってはならないことかと」

「で、ですが……園遊会で着るものは、もう……用意してございますので……」


 困る。

 本当に、困る。


 私が着たいのは、白ではない。

 何も持たなかった私に、初めて与えられた『思い出の着物』。

 暁臣様の気持ちが縫い込まれた、あの一着。


 どうしたらいいのか分からず、視界が滲む。

 俯くなと言われているのに、これ以上言葉を紡げない。

 この方の向こうに、東宮殿下がイルカと思うと、固く目を閉じて、震えることしかできない。


「園遊会での着用は、できかねる」


 暁臣様の断固とした声が、使者の言葉を遮った。


「しかし……殿下直々のご指定にございます」

「後日、五条家より丁重なお礼状と共に、賜った品はすべて御所へお納めする。——今のすみれに、これほどの重責を負わせるわけにはいかない」


 暁臣様の大きな手が、私の固く握りしめた拳を包み込む。

 その温もりで、やっと息ができた。


「園遊会には白ではなく、すみれに一番似合う色で、俺の隣に立たせる」


 さっきまでの刃のような冷たさとは違う。

 いつもの、優しい響き。


「それに——彼女に純白を着せるのは、秋まで大切にとっておきたい」


 秋。

 暁臣様と一緒に選んだ、白無垢を纏う季節。

 不安の闇に、僅かな光が差し込むような心地がして、ようやく顔を上げられた。


「……すみれ様も、五条殿下と同じご意見でしょうか?」


 使者の鋭い視線が私を射抜く。

 大丈夫。言える。


 私は大きく息を吸い込み、逃げ出したくなる気持ちを押し込めて、まっすぐ前を見た。


「……はい。私も、暁臣様のお考えと同じでございます」


 掠れた声で、精一杯絞り出した一言。

 けれどそれは、紛れもなく私自身の心からの願い。


 東宮殿下からの贈り物を拒むことが、どれほど恐ろしいことなのか——私には想像もつかない。

 それでも私は、暁臣様からいただいた想いを、この身に纏いたい。


 使者を乗せた車が玄関先から遠ざかっていく。

 新緑が眩しい並木道。

 車の影が消えるまで、私は暁臣様の隣で、深く、深く頭を下げ続けた。


 ——どうしよう。園遊会が、怖い。

 日差しはこんなにも暖かいのに、指先だけが悴むほどに冷たい。

 そっと握られた暁臣様の掌の温もりだけを頼りに、新しい嵐の予感に震えていた。

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よろしくお願いします( *・ㅅ・)*_ _))ペコ

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