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【完結】無華の花嫁3~秘めた力を狙われた少女は、黒薔薇の殿下に溺愛される~【Web版】  作者: 木風


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第六話 高貴なる紫

 暁臣の、あのような余裕を無くした表情を引き出せたこと。

 予想以上の成果に、東宮——恒一は自室の椅子に深く身を沈め、暗い愉悦とともにほくそ笑んだ。

 喉の奥で、笑いにも似た息が転がる。


 東宮である自分に授けられた『華』は、高貴ではあるものの、最上とは言い難い『黄薔薇』。

 対して、傍系であるはずの五条家嫡男暁臣が宿したのは、絶対的な『王華』と呼ばれる『黒薔薇』。


 次期天皇となるべき最上の存在であるはずの自分に、なぜ『王華』が授からなかったのか。

 その残酷な事実は、恒一の心に拭い去れぬ暗い影を落とし、ときを経るごとに鋭い棘となって内側を突き刺してきた。

 祝福されているはずの身で、祝福に飢えていく——その滑稽さが、また腹の底を冷やす。


 昨年の園遊会後。

 側近からもたらされた情報は、恒一にとって耳を疑うものだった。


「暁臣が婚約、だと?」

「はい。先日の園遊会でお連れになっていた、伯爵家の令嬢と正式に結ばれたとのことです」


 確かに、あの極めて排他的な五条暁臣が、見慣れぬ娘を連れ歩いていることで一とき場が騒めいたことは記憶にある。

 だが遠目に見たその姿は、ひどく小柄で、影も印象も薄い——子供のような娘。

 恒一にとって、その程度の価値しか感じられない存在だった。


 暁臣が宿す『黒薔薇』の『異能』は、触れるものすべてを塵芥に変える強大な力。

 現天皇である恒一の父や、五条家当主が持つ『青薔薇』の加護をもってしても、その力に触れ合うことは困難とされている。

 それゆえに暁臣には宮家や高位の貴族からの縁談が寄り付かず、対となる『双蕊』が見つからないまま。

 それでも候補として現れる令嬢に会いはしていたようだが、いつかは力に呑まれて『蟲華』へと堕ちるだろう――。

 皇族たちの間では、それが半ば当然の帰結として囁かれていた。


 鷹宮家の千鶴や、他にもいくつかの宮家には『青薔薇』の加護を持つ娘がいたはずだ。

 あるいは、強力な『赤薔薇』であれば、万が一にも触れることが叶うのか?

 だが、暁臣が選んだのは所詮——たいした力もない、しがない伯爵家の娘だという。

 その矛盾に首を傾げながらも、恒一の意識からは一度、その存在は薄れていった。

 所詮は余興だ。暁臣が自滅へ向かう速度が、少し遅くなるだけ。


 しかし、次に彼女をその目に捉えた祝賀会で、印象は一変した。


 暁臣の背後に静かに佇むその姿。

 それは、恒一がこれまで出会ってきた、教養と自尊心で塗り固められた令嬢たちとは決定的に違っていた。


 寄る辺を探るような心許なさ。

 見る者の庇護欲を無慈悲にかき乱す、繊細で壊れ物のような表情。

 そして守り手である暁臣を見上げた瞬間にこぼれた、純粋無垢な微笑み。

 ——あれは媚びではない。媚びられる側を、無条件で神にしてしまう類の光だ。


 何より、その左右で色が異なる不揃いな瞳に、恒一は呼吸を忘れて見入ってしまった。

 やや色素の薄い焦げ茶の瞳と、もう片方の澄んだ紫。

 交わらない色が、逆に目を離せなくさせる。


 あれは——間違いない、『無華』だ。


 この世界で価値がないとされる『無華』。

 それこそが、最強の破壊の力を無効化し、暁臣を『人間』として繋ぎ止めている唯一の鍵なのだとしたら。

 暁臣に与えられた救いは、『王華』でも『双蕊』でもない。

 ただ、価値がないと切り捨てられたはずの——あの娘。


「……暁臣の婚約者の素性を、至急洗え。可能な限り、すべてだ」


 左右で色の違う瞳。

 その視界に自分が映り込んだとき、一体どのような反応を見せるのか。

 怯えるのか。縋るのか。暁臣と同じように、こちらを見上げて微笑むのか。

 恒一の心に、暁臣から『唯一の救い』を奪い取りたいという、どす黒い渇望が鎌首をもたげた。

 奪うだけでは足りない。


 ——自分のものにして、五条に見せつけたい。


 机の上に置かれた一束の書類。

 東宮侍従課が極秘裏に作成したその報告書を、恒一は細長い指先で弄びながら、ゆっくりと頁を捲った。

 紙の擦れる音が、やけに大きく響く。

 次の頁には——おそらく、彼女の生き方が並んでいる。


『朝霞すみれに関する調査報告書』

 作成:東宮侍従課/情報係

 閲覧:東宮 恒一

 区分:内々(転記・持ち出し厳禁)


 一、対象者基礎情報 氏名:朝霞 すみれ(あさか すみれ)

 身分:朝霞伯爵家 長女(正妻の子)

 年齢:十九(推定。出生記録に一部不自然な空白あり)

 特徴:左右で瞳の色が異なる(右:紫/左:焦げ茶)

 備考:出生とき『無華』と発覚。『華』の加護未確認。

 幼少期より『無華』として、邸内の離れおよび蔵に幽閉同然の扱いを受けてきた形跡あり。


 二、家族構成

 父:朝霞伯爵。当主としての威厳に欠け、実権は後妻に委ねられている。

 実母:故人。伯爵の正妻。自死と記録されているが、当家内では禁句となっており、詳細な経緯は不明。

 継母:現伯爵夫人。対象者への虐待の主導的立場。

 妹:朝霞 百合(継母の子)。『赤薔薇』の加護を持ち、発火の『異能』を有していたが、現状は不明とされる。

 かつて五条暁臣の婚約者候補とされたが、現在は選定外。


 三、経緯・現状

 ・一年前、五条暁臣により『強引に』連れ出される形で、五条家別邸へ移送。

 ・以降、外部との接触を遮断した状態で、高度な妃教育を施されている形跡あり。

 ・今秋の婚儀に向け、五条家側は極めて迅速かつ秘密裏に準備を進行中。


 四、身体所見および特異性

 ・慢性的な栄養不足による重度の痩身。五条家移送後、徐々に回復。

 ・右目の『紫色』は、通常の人間には現れ得ない色彩であり、これが彼女の『無華』という特性、あるいは未知の力に関与している可能性を否定できない。

 ・五条暁臣(『黒薔薇』)との肉体接触が唯一成立する個体。


「——『無華』、か」


 報告書を読み終えた恒一は、低く、愉悦に満ちた声を漏らした。

 資料の隙間から覗く、隠し撮りされたすみれの横顔。

 そこには、虐げられた者特有の痛々しい癖が、まだ色濃く残っていた。


 周囲を伺い、呼吸を浅くし、視線を逃がす。

 自らの存在をこの世から消し去りたいと願うような、消極的な生存本能。

 その消え方だけが、妙に洗練されているのが滑稽だった。


 だが、そんな彼女が暁臣の前でだけは、氷が解けるような——無防備で穏やかな顔を見せる。

 あの傲慢で、触れるものすべてを壊し続けてきた『王華』とは名ばかりの『死神』の隣で。

 守られているのではない。彼女だけがあの男をただの人にしている。


「暁臣が持ち得ないものを、あの娘は持っている。そして……あの娘自身も、自分の価値をわずかながらも理解していない」


 恒一にとって、それは最高の玩具を見つけたのと同じだった。

 暁臣の『王華』による破壊の力を無効化する。

 それは言い換えれば、この国の力の均衡を根底から覆せる、ということだ。


 もし彼女を自分の側に置くことができれば。

 暁臣の牙を抜き、あの男から唯一の光を奪い去ることができたなら——。

 そして、その光がこちらを向くなら。なお良い。


「左右違う色の瞳。片方はこの世の闇を映し、もう片方は……過去には禁色ともされてきた、高貴なる紫。実に見事な蒐集品だ」


 恒一は、報告書の最後に記された『妹・朝霞百合』の項目に目を留める。

 かつて暁臣の隣に立つことを狙い、そして姉にそれを奪われたという愚かな妹。

 彼女の持つ『赤薔薇』の嫉妬と怒りは、この退屈な均衡を壊すための、よい焚き付けになるだろう。

 火種は、乾いているほど燃えやすい。


「百合……だったかな。この娘を、一度こちらへ呼ぼうか。彼女が抱いているであろう夢を、ほんの一ときだけでも、東宮として叶えてあげようじゃないか」


 恒一の唇が、三日月のように吊り上がる。

 優しさの形をした施し。拒めない恩寵。

 ——そのあとに何が残るかを、彼女はまだ知らない。


「楽しみだな、暁臣。お前がどれだけ必死に、その『無華』の娘を守ろうとするのか」


 恒一は窓の外、雪が降り積む銀世界を見つめながら、手元にある簪の箱——

 暁臣が叩き返してきた、あの呪わしい贈り物を、愛おしそうに撫でた。

 木箱の角をなぞる指先は、まるで獲物の喉元を確かめるようにゆっくりと動く。

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よろしくお願いします( *・ㅅ・)*_ _))ペコ

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