第9話 公開アセスメント
第9話 公開アセスメント
人は、自分が積み上げてきたものを認められた時に初めて、過去の傷が本当に癒えるのかもしれない。
王都の朝は快晴だった。
青空には雲一つない。
王宮へ続く大通りには色とりどりの花が飾られ、人々が行き交っている。
今日は王国産業功績賞授賞式の日だった。
王国の経済発展に貢献した人物へ贈られる最高の栄誉。
かつてならエルザには無縁の世界だった。
没落寸前の男爵家の令嬢。
婚約破棄された女。
そう呼ばれていた自分が、今は主賓として招かれている。
人生は分からないものだ。
「緊張していますか?」
隣を歩くラインハルトが微笑む。
今日は黒の礼装に銀の刺繍が施された上着を着ていた。
いつも以上に人目を引く。
エルザは淡い青色のドレスを見下ろした。
母クララが仕立ててくれたものだ。
胸元には小さな真珠。
派手ではない。
だが上品だった。
「少しだけ」
「嘘ですね」
「分かります?」
「あなたは本当に緊張すると黙ります」
エルザは吹き出した。
「観察されていますね」
「商人ですから」
二人は笑い合う。
王宮へ入ると大広間は華やかな空気に包まれていた。
巨大なシャンデリア。
磨き上げられた大理石の床。
甘い花の香り。
楽団の演奏。
貴族。
商人。
官僚。
王国中の有力者が集まっている。
「ディール嬢だ」
「あの新事業の」
「クロイツ商会を急成長させた」
ささやき声が聞こえる。
以前なら居心地が悪かっただろう。
だが今のエルザは違った。
評価されることに慣れたわけではない。
ただ、自分が何をしてきたかを知っている。
だから堂々としていられた。
授賞式が始まる。
国王の挨拶。
表彰。
祝辞。
そしていよいよエルザの名前が呼ばれた。
「エルザ・ヴァン・ディール」
大きな拍手が響く。
彼女が壇上へ上がろうとした、その時だった。
「待て!」
怒鳴り声が響いた。
会場がざわつく。
誰もが振り返った。
入口に立っていたのはジュリアンだった。
そしてマリアもいる。
だが二人は以前とはまるで違っていた。
高価な服は着ている。
しかしどこか古びている。
顔色も悪い。
目の下には隈があった。
以前の傲慢な輝きは消えている。
会場がざわめいた。
「ボロア伯爵家では?」
「何をしに来たんだ?」
ジュリアンは周囲の視線など気にしていない。
まっすぐエルザを睨んでいた。
「久しぶりだな」
その声には焦りが混じっていた。
エルザは静かに向き合う。
「お久しぶりです」
「随分出世したものだ」
「ありがとうございます」
その落ち着いた返事が気に入らなかったのか、ジュリアンは顔を歪めた。
「感謝している場合か!」
会場がさらに静かになる。
「お前には責任がある!」
「責任ですか?」
「そうだ!」
ジュリアンは叫ぶ。
「お前が市場を奪った!」
「お前が商会を大きくしたせいで我々は苦境に立たされた!」
エルザは少し考えた。
そして答える。
「それは違います」
「何だと!」
「私はお客様の困り事を解決しようとしただけです」
「綺麗事を!」
マリアも前へ出る。
「いいからお金を貸しなさいよ!」
会場がどよめいた。
まさか授賞式の場で金の無心をするとは誰も思わなかった。
「あなたにはたくさんあるんでしょう?」
「少しくらい助けてもいいじゃない!」
その姿はあまりにも惨めだった。
かつての自信も気品もない。
あるのは焦りだけだ。
エルザは静かに二人を見つめた。
怒りはなかった。
憎しみもなかった。
ただ少しだけ悲しかった。
もし彼らが途中で立ち止まっていたら。
もし一度でも顧客の声を聞いていたら。
結果は違ったかもしれない。
だがもう遅い。
「エルザ!」
ジュリアンが叫ぶ。
「助けろ!」
会場中の視線が集まる。
静寂。
そしてエルザはゆっくり口を開いた。
「それでは評価を始めましょう」
「は?」
ジュリアンが固まる。
エルザは壇上へ向き直った。
「私は事業を始めてから、人や商会を評価する基準を持っています」
会場が興味深そうに耳を傾ける。
「まず顧客理解」
エルザは静かに続ける。
「お客様が何を求めているかを理解していたか」
ジュリアンを見る。
「結果は〇点です」
ざわめきが広がる。
「次に情報収集」
「市場や現場の声を聞いていたか」
「五点」
ジュリアンの顔が赤くなる。
「継続力」
「問題が起きても改善を続けたか」
「二点」
会場の空気が変わる。
皆が真剣に聞いていた。
「そして改善力」
エルザの声は穏やかだった。
「失敗を認め、修正できたか」
少しだけ沈黙する。
「〇点です」
ジュリアンは拳を震わせた。
「貴様!」
だがエルザは止まらない。
「総合評価」
静かな声が大広間へ響く。
「不適格です」
誰も声を出さなかった。
その一言があまりにも重かったからだ。
エルザは続ける。
「私はお金を貸しません」
「なぜだ!」
「投資だからです」
エルザは真っ直ぐ答えた。
「私は返ってくる見込みのある場所へ投資します」
「お前!」
「ですが安心してください」
ジュリアンが目を見開く。
「改善する気があるなら、未来は変えられます」
それは侮辱ではなかった。
本心だった。
だがジュリアンには届かない。
「ふざけるな!」
怒鳴った瞬間だった。
衛兵たちが前へ出る。
「静粛に」
「離せ!」
ジュリアンは暴れる。
マリアも叫ぶ。
「こんなの間違ってる!」
しかし誰も同情しなかった。
会場中の人間が見ていた。
彼らが何をしてきたのか。
そしてエルザが何を積み上げてきたのか。
やがて二人は衛兵に連れ出される。
扉が閉まる。
静寂。
そして。
ぱちん。
一人が拍手した。
次の瞬間。
大きな拍手が大広間を埋め尽くした。
貴族も。
商人も。
職人も。
皆が立ち上がる。
エルザは驚いていた。
こんなことは予想していなかった。
ラインハルトが小さく笑う。
「当然ですよ」
「何がですか?」
「あなたは結果だけではなく、理由を示した」
その言葉にエルザは少し目を潤ませた。
あの夜。
婚約破棄された夜。
帳簿を開いた自分を思い出す。
誰が悪いかではなく。
何を改善するか。
その積み重ねがここまで連れてきてくれた。
拍手はいつまでも鳴り止まなかった。
それは単なる成功者への賞賛ではない。
努力を続けた者への祝福だったのである。
怨みなく 零の評価を 告げる声
涙を拭いて 築きし日々の




