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第7話 王都進出

第7話 王都進出


 人は忙しくなるほど、少しの優しさにお金を払う。


 王都へ向かう馬車の中で、エルザはラインハルトから聞いたその言葉を思い出していた。


 窓の外を流れる景色は、もう辺境ののどかな麦畑ではない。


 石畳の街道。


 行き交う荷馬車。


 王都へ向かう商人たち。


 遠くには巨大な城壁も見え始めていた。


 胸が高鳴る。


 期待もある。


 不安もある。


 ディール家の商品は領地では人気になった。


 だが王都は違う。


 人口も桁違いだ。


 商会も多い。


 競争も激しい。


 本当に通用するだろうか。


「緊張していますか?」


 向かいに座るラインハルトが紅茶を飲みながら尋ねた。


 今日は深い紺色の上着を着ている。


 銀色の髪が朝日を受けて輝いていた。


「少しだけ」


 エルザが答える。


「意外ですね」


「失敗する可能性もありますから」


 するとラインハルトは笑った。


「それは良いことです」


「良いことですか?」


「失敗の可能性を考えられる人間は強い」


 その言葉にエルザも少し笑った。


 確かに以前の自分なら違った。


 成功するか失敗するかしか見ていなかった。


 今は違う。


 失敗したら改善すればいい。


 そう思えるようになっていた。


 王都へ到着すると、その熱気に圧倒された。


 人、人、人。


 商人の呼び声。


 馬車の音。


 鍛冶屋の槌音。


 焼き菓子の香り。


 香水の匂い。


 辺境とは全く違う世界だった。


「すごい……」


 思わず声が漏れる。


「王都は毎日がお祭りみたいなものです」


 ラインハルトが微笑む。


 クロイツ商会の本店は王都中心部にあった。


 三階建ての立派な建物。


 磨き上げられたガラス窓。


 豪華な看板。


 次々と客が出入りしている。


 エルザは驚きを隠せなかった。


「大きいですね」


「維持費も大きいですよ」


 ラインハルトが肩をすくめる。


 その返答がおかしくて、エルザは吹き出した。


 商会の会議室では、さっそく王都販売計画が始まった。


 責任者たちが資料を並べる。


「現在の主力商品は好調です」


「初回出荷分は完売」


「追加注文も来ています」


 数字は悪くない。


 だがエルザは首を傾げた。


「何か気になりますか?」


 ラインハルトが尋ねる。


「はい」


「何でしょう」


「王都の人は何に困っているのでしょう?」


 会議室が静かになった。


 幹部たちが顔を見合わせる。


「忙しいことでしょうか」


「それはありますね」


「移動時間も長い」


「共働き世帯も増えています」


 エルザは手帳へ書き込む。


 忙しい。


 時間が足りない。


 その言葉が何度も出てきた。


 翌日から彼女は再び街を歩き始めた。


 王都でも同じだった。


 市場へ行く。


 職人街へ行く。


 住宅街へ行く。


 主婦に話を聞く。


 店主に話を聞く。


 行商人に話を聞く。


 そして気付いた。


 皆、とにかく急いでいる。


「朝が大変なのよ」


 パン屋の女主人が言う。


「子供を送り出して店を開けて、それから仕込みでしょ?」


「なるほど」


「一日が短いの」


 別の女性も頷いた。


「料理の時間がもっと短くなれば助かるんだけど」


 エルザはその言葉を聞いて目を輝かせた。


 欲しいのは便利な道具ではない。


 欲しいのは時間なのだ。


 その夜。


 工房では新しい開発会議が始まった。


「時間を売る?」


 ガストンが首を傾げる。


「そう」


 エルザは頷いた。


「人は商品を買うんじゃないの」


「じゃあ何を?」


「その先にある生活を買うのよ」


 職人たちは黙り込んだ。


 少し難しかった。


 だがエルザの目は真剣だった。


「料理時間を短縮する」


「洗濯を楽にする」


「火起こしを簡単にする」


「つまり時間を増やす」


 ラインハルトが静かに笑う。


「面白い」


「そう思いますか?」


「ええ」


 彼は椅子にもたれながら言った。


「普通の商人は商品を見る」


「はい」


「あなたは人を見る」


 その言葉にエルザは少し照れた。


 数週間後。


 新商品が完成した。


 保温機能付き簡易調理器。


 短時間で煮込み料理ができる補助魔導具。


 王都向けに改良した商品だった。


 発売初日。


 店の前には長い列ができた。


「本当に早く料理できるの?」


「試してみたいわ」


「うちの妻が欲しがっていてな」


 客が集まる。


 商品は飛ぶように売れた。


 翌日には売り切れ。


 三日後には追加生産。


 一週間後には予約待ち。


 王都の新聞にも掲載された。


 話題の商品。


 主婦の救世主。


 時間を生み出す魔導具。


 様々な呼び名で紹介される。


 やがて貴族たちまで興味を示し始めた。


「クロイツ商会の新商品らしいぞ」


「ディール男爵令嬢が開発したとか」


「面白い女性だな」


 評判は広がり続けた。


 一方その頃。


 ジュリアンは苛立っていた。


 執務室で新聞を机へ叩きつける。


「またか!」


 そこにはエルザの記事が載っていた。


 成功。


 大人気。


 急成長。


 見たくもない言葉ばかり並んでいる。


 マリアが不機嫌そうに言う。


「どうしてあんな女が」


「知らん!」


 ジュリアンは怒鳴った。


 だが答えは単純だった。


 エルザは人が困っていることを探していた。


 ジュリアンは自分が儲かることを探していた。


 見ている方向が違うのである。


 そしてその差は数字になって現れ始めていた。


 月末。


 クロイツ商会の会議室。


 売上報告を見た幹部たちが歓声を上げる。


 過去最高益だった。


 ラインハルトは資料を閉じた。


「おめでとうございます」


「私だけの成果ではありません」


 エルザは首を振る。


「皆のおかげです」


「そう言えるところも才能ですよ」


 窓の外では王都の夜景が輝いている。


 無数の灯り。


 無数の人々。


 そして無数の困り事。


 エルザはその光を見つめながら思った。


 まだ終わりではない。


 むしろ始まりだ。


 人の役に立つ方法は、きっとまだたくさんある。


 その好奇心こそが、彼女をさらに遠くへ運んでいくのだった。


忙(せわ)しなき 王都(まち)の暮らしに 寄り添えば


欲しき「時間」が 生む最高益



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