異世界生活始まりの「期待」
「家主さん、何いってるんですか?」
幼女は勘付いたが認めたくない気持ちからか、何のことやらと首を傾げた。
「...分かってるだろう?」
力なく微笑む家主は崩れ落ち膝をついた、ズボンに紅茶が染みていく。
「僕の記憶が見つかったらしい」
首を横に振りたい。何の事かとすっとぼけたい。それなのに、事実が現実を覆っていく。幼女の鼓動が早まる。
「ーーーわかりません」
「っ、だから僕の記憶がっ!」
「わかりません!」
二人して大声をあげて、睨み合った。
「...3日後の朝にクロードとルナが来る。僕の記憶はやっぱりここにあったよ。最新の機械ですら読み取れないほど極小のサイズの記憶がここに」
家主がポケットから蒼いペンダント、いや緑色のペンダントを取り出した。形もチェーンも同じだったか色だけが葉の緑色に変わっており、真ん中に小さな粒のようなだが強い光が灯っていた。
「ここに僕の、昔の僕の8年前の記憶がここに全てある」
「っ...こんな、こんないきなり?」
震えながら振り絞った言葉はブーメランのように幼女の胸に突き刺さる。どうしてこんなに悲しいんだろう、気づけば涙が溢れていた。
「僕に、元に戻って欲しくない?」
家主はそっと問いかけた。それは幼女にとっては、悪魔のような問いかけに聞こえた。
「ーーーそんなはず、ないです」
そう呟いて、幼女は泣きそうな声を殺して家主の肩に顔を埋めた。
「...ごめん」
「なんで、家主さんが謝るんですか?...うれしい話なのに」
「ははっ、そういうマイヴィーナスも涙止まってないよ?」
「家主さんこそ、ちょっと声変ですよ?」
幼女が異変に気付きふと家主の顔を見ると、少しだけ目元に涙が浮かんでいた。家主はまるで爆発寸前のように幼女を力強く抱きしめる。
「っ僕だって、まだ君と一緒に...」
家主の本音が零れる。
「...」
「ーーー大人になるまでちゃんと君を面倒見るはずだったのに、思ったより早かったや」
家主は幼女の肩に顔を埋めたまま一向に顔を見せてはくれない、きっと酷い顔をしてるんだろう。
「っ、そんな事どうでもいいから、いいから...」
「よくないよ。大丈夫、まだ3日もあるんだから」
「っ、そうじゃなくて!家主さんがもしも戻りたく無いなら、無理しないでいいじゃないですか!」
幼女は思った事を口にしたが、家主は顔を上げ幼女の肩を掴んだ。幼女の目を貫くほど真っ直ぐな目で見つめた。
「それは、出来ない」
「...家主さんがっ」
「違う、僕じゃない!僕の記憶を取り戻す為に色んな人達が協力してくれたんだ。偉い人も沢山いる、最終的に見つけてくれたのはクロードだけど、それでも変わらない」
「だから、いいんだ。賢い君なら分かるはずだよ」
充血してしまった幼女の赤い目を見て、家主は厳しく言い放った。
「君の面倒を最後まで見れないのは本当に、悪いと思ってるよ」
幼女の肩の力が抜ける、その場に座り込みそうになった所を家主に支えられた。
「あぁ紅茶こぼれちゃったな、ごめん。雑巾取ってくるよ。破片危ないから触らないで」
家主はまるで何事も無かったように、パタパタと足音をたてて雑巾を取りに行ってしまった。
「ちが......違うんです。そうじゃなくて、私、今の家主さんの気持ちが聞きたいのに」
その言葉が届く事はなく夜の風に溶けていった。





