異世界生活始まりの「苦難」
「最近、あんまり元気ないね」
「...え?」
「気のせいならいいんだけどね、あんまり元気ないなぁって思って」
踏み台を使い家主さんの隣で洗い物を手伝っている途中、ビクッと肩が揺れた。
「ほら、あんまり隠し事とか得意じゃないでしょう?マイヴィーナス」
「そ、そうですか?」
「うん。クロードがもし君に...」
一際強く幼女の心臓が動く。
「もし君に、何か提案でもして来たなら僕の事は気にしないで好きにしなさい」
「...?」
なんてね。と付け加えて、皿洗いの手を止め泡で濡れていない方の手で幼女の頭を撫でた。
「...家主さん?」
「そうだ。手紙を見なきゃいけないから、僕は皿洗いが終わったら部屋に籠るよ」
家主はそれだけ言うと皿洗いを再開する。
幼女は皿洗いを終えて、家主が登っていった階段を見上げた。
「はぁーーー」
もしかしたらバレてるのかな、と思いを巡らせる。でも、もしバレてても家主さんはああいうのかな。
私の考えすぎだったのかもしれない、ふとそう思った。家主さんはもし私が魔術師になりたいと言ったら背中を押してくれるのかな。
(いや、私も自分が何になりたいかなんてまだ分からないけど...)
でも、魔術学園なんてあるんだ。クロードさんに教えて貰った時はあまり反応しなかったけど、そんな学園があるなんて知らなかった。
そこにはきっと、私みたいなあやふやな考えじゃなくてしっかり道を決めた子が沢山いるんだろうな。魔術師になりたい子とか魔術師として色んな事を学んだりとか。
『魔術師になった者なら宮廷魔術師の職は憧れだろう。だが、ほとんどの者は憧れで終わるがな』
一ヶ月前、初めて推薦の話をもらった時のクロードさんの言葉が頭で繰り返し響いてくる。
『この応募用紙を渡して置こう。君を此方へ推薦する事も考えてる。今の君が試験までに、更に本格的な指導を受ければ俺は夢ではなくなると思っている」
(きっと、私が誘われてるのは凄い場所なんだろうな...)
だからこそ、このままじゃダメだと思う。こんなあやふやな気持ちじゃいけないし、もし気持ちが決まれば、いつかは家主さんに話さなきゃいけない。
『宮廷魔術師の仕事は一年目は雑務が多いが雑務も重要な仕事だ。一年の責務を経てようやく見習いの字が抜ける、それまでに辞めていく者も少なくはない」
『主な理由はそうだな。周りからのプレッシャーや思っていた仕事と違うだとか」
私は勿体ないなぁ、と思ったけどクロードさんや他の宮廷魔術師さんの考えは違うらしい。
『雑務だからと適当に仕事をする奴は此方にはいらない。いつどんな時でも何の仕事をしていようが、自分が今何処にいるか忘れるなと言うようにしてる。周囲からのプレッシャーとはそういう事でもあるな』
(自分が何処にいるか?...)
『そうやっていると入ったばかりの者は先輩の言葉に耐えられずどんどん辞めていくが、それで構わない。果汁の最後の一滴から更に絞り出す、それでこその価値。天才の集い場はそうやって、五百年以上経った今も誇りと威厳を失わずにいる』
『確かに、最も重要な仕事を任されるのは一部の宮廷魔術師のみで、あぁアイツもその一員だったな。俺は任されなかったが』
最も重要な仕事というのは「一員」でないクロードさんでは何も知らないという。
というか、宮廷魔術師の内の上下関係はクロードさんが家主さんより一つ下の後輩って言うのが一番驚きだった。クロードさんと昔の家主の実力の差はかなり大きかったらしい。
「今の家主さんじゃぁ、想像できないなぁ。そんな大事なお仕事任されてたとか...」
ポツリと呟き、ソファに顔を埋めた。





