異世界生活始まりの「名前」
家主さんと呼ぶようになったきっかけの話です。家主が幼女のことを、マイヴィーナスと呼び始めたのはまだ少し先の話です。
「分かった」
変な人は力をほんの少しだけ強めて髪を乾かしてくれた。ドライヤーの熱い風と窓から入る冷たい風が混ざり合って頬を撫でる。
「よし、いいかな。濡れてる所ない?
「はい、ありがとうございます」
最後にブラシで前髪と後ろ髪を整えてもらった。
「じゃあ、そろそろご飯にしようか」
「はい」
変な人はドライヤーを片付けつつ、ぐつぐつ煮えてる鍋の様子を見に行った、微笑んでたからきっと上手くいったんだと思う。
私は食器やコップを並べるお手伝いをする、変な人に今日は大きめのお皿を取ってと言われた。大きいお皿は食器棚の上の方にあるから踏み台を使わないとたぶん取れない。
「っ、取れた...!」
踏み台を使い背伸びをしてようやく大きなお皿を取る、変な人はずっと鍋を確認してるようで気づいてなかったみたい。
「あの、お皿」
私がお皿を差し出すと、こちらに気づいて微笑んで受け取った。
(...こういうとき、何て呼べばいいのかな)
そういえばこの人の名前教えてもらってないや、知る機会もなくて、何となく聞いてこなかったのもある。
「あ、あの...」
「どうかしたかい?」
「えっと、名前...なんて呼んだらいいかなって」
いきなりこんな事聞くのは変だったかなと思いつつ、勇気を出して聞いてみる。変な人は一瞬悩んだものの、すぐにまた微笑んだ。
「そうだなぁ、好きに呼んでくれていいよ?」
「えっ?」
まさかの答えに戸惑う。
「だって僕の名前教えるのも、うーん」
「でも人前で、貴方のこと変な人って呼ぶのはちょっとダメな気がします...」
変な人はハッとした。
「あ、それはちょっと困るね。誤解されかねない。そうだなぁ、この家は二人の家だけど一応主人は僕だから家主とかどう?」
「ーーー」
変な人は自信満々にそう言ったけど正直微妙な気がする。
「あ、今センス無いって思った?」
「...そんな事ないです。じゃあ家主...さん?」
「うん、それでいいよ」
家主さんはそう言って笑い、再び料理の盛り付けに取り掛かった。
「よしよし、出来たよ。食べようか」
鍋で煮込まれていたあったかい料理は野菜とお肉がごろごろ入ったシチューだった、家主さんがこんな料理を作ったのは私がここに来てはじめて。
「たまには新しい料理にチャレンジしてみるのもいいね」
家主さんがどこかカッコつけて言った。
「チャレンジ、初めてじゃないんですか?」
「......初めてだね、ははっ」
私がそう言うと家主さんは苦笑いをした。私は椅子に座る、食事を食べる所はいつも決まっていて食べる時間もほとんど同じ。
「まぁそれはそれとして。はい、サラダとローストビーフとこっちはデザート」
なんと今日はアイスクリームのデザート付き。
食卓に並ぶご馳走に私も笑顔になった。家主さんも料理を全て運んで席に着く。
「嬉しそうでなにより。よし!食べようか、いただきます」
「はい、いただきます」
私と家主さんは同時に手を合わせる、そしてスプーンを手に取りシチューを掬った。
「...どう?美味しい?」
「ん、おいひいですっ」
大きく切られたゴロゴロのじゃがいもで、口をいっぱいにしながらそう言った、本当に美味しい。具は大きいけどお肉は柔らかくて、シチューの味はまろやかで、体があたたかくなる味がした。
「そうか。ふふ、良かったよ。喉詰まらせないでね」
サラダやローストビーフなどたらふく食べてお腹いっぱいになった、デザートはギリギリ食べられた。
アイスクリームはバニラで家主さんの手作りだった。
「ごちそうさまでした」
二人揃って手を合わせる、家主さんも満足げに片付けに取り掛かった。洗い物は基本家主さんがしてる、私は食器を持っていく。
「これでぜんぶです」
全ての食器を洗い物をしてる家主さんの所へ持っていった。
「ありがとう、じゃあ休んでて」
「はい」
トコトコと居間のソファに移動する。お手伝いは、私がなんとなく始めた。家主さんには別にしなくてもいいと言われたけど、じっとしてらいられなかった。
「おなかいっぱい、...ふぅ」
少し苦しいほど胃が膨れてるのに、なぜだかすごく幸せだった。





