信じられないでしょうけど、現状と方針の変更です!
「姫さまの様子はどうですかユベル殿」
「経過報告なら最初に言っといてくださいよ……焦ったわ」
小声でぼやきながら自分の目の前に出された紅茶をすする。
今日のところのスピカ姫の『治療』は終了した。
その後、また部屋に戻されるのかと思っていたらサイドさんに呼び出されたから何事かと思ったよ。
勿論、話をしなければならないなとは思っていた。
当面の方針を決めたばかりで、いきなり方針を曲げなければならない事態に陥ったのだから。
「そうっすね。今から俺、キツイこと言うかもっすけど、大丈夫ですか?」
今から自分が話すことを思うと、気が滅入る。
だが、ここで誤魔化して、それでなんになる。
悪い方向に転がるのがオチだ。
そう思い、意を決して紅茶を戻し、真面目な顔でサイドさんを見る。
あ、こらミルクルさん。お茶菓子に手を伸ばすんじゃありません。
今から真面目な話だからって、人の口にお菓子を持ってくんな!
あーんじゃない! 絶対に食わんぞ! あ、なにこれ美味しい。
「それで構いませんよ。話しづらいなら、素でも結構」
まぁこの人は俺の素がどんなかもう知ってるだろうしな。
無理してる感は通じてしまったか。隠してもバレるとは、修行が足らぬ。
「あ、そう? そりゃ助かる」
「それで? どうですか」
「HP総量のマイナスは正直に言うとヤバイ。ミドリの診察中にまた1減った時には軽くパニクったよ。事情を詳しく聞いておくべきだったな」
俺たちに今日一の驚きを見せたのは、HP総量のマイナス補正、その『進行速度』だった。
「聞けば、マイナス補正がかかり始めたのは、二年前ぐらいからだそうで。計算的に、約1日と半日で1減る計算。そして、HPとは命に直結した数値」
つまり
「後、数週間で、姫さんの命は途絶える」
彼女の死へのカウントダウンは、思った以上に早かった。
それを半ば予想していたのか、サイドさんは瞑目し、組んだ手で顔を隠した。
「俺は最初、七年前から減少が続いていて、今マイナス484、いや485なんだと思っていた。それならばまだ期間に猶予はある。けど本当は、約二年前、彼女の呪い『不幸少女』のレベルが3になった」
特別アビリティは特殊で、レベルが非常に上がりづらい代わりに、レベルが1上がるごとに新たな能力を得る。
彼女の『不幸少女』のレベル1能力が『免疫力の低下、健康阻害』レベル2能力が『状態異常:『不幸』付与』、そしてレベル3能力が『HP総量の減少』。
状態異常:『不幸』。これは『衰弱』・『失意』・『悲壮』と言う3つの状態異常を全て足して2で割ったような状態異常のようだ。
子供にはとてつもなく『重い』絶望、しかしなまじ効果が『弱い』が故に、心は僅かな希望を抱き、壊れない。
まるで、『最後まで、とことんまで苦しめ』と。
『抱いたその希望ごと、ぶち壊してやる』と。
暗い思惑を感じさせるアビリティの効果に、強い険悪感を覚える。
「最悪といってもいい。でも、その最悪さ、そのおかげで彼女が生きているのは確か。皮肉なこと、だけど」
「その生に、はたして、今のような苦しみに塗れた生に、姫様は、生きていて良かったと思えるでしょうか。私には思えない。今のままではいけない。どうしても。このような生に、価値など」
「ないかもしれない」
サイドさんの言葉を引き継いで続けた。
苦しんで。救いを求めて。いつか自分もと願った夢を頼りに。苦しみ続けて。
それでどうしようもありませんでした。あまりにも、悲しすぎるじゃねえか。
価値のない人生。
懐かしいフレーズだ。まさしくそれを送っていたのが俺だ。
何もなくて、求める気もとっくに失せて、腐って、死んだようにただ生きていた。
本当に懐かしい。今となっては絶対に消えない黒歴史だけど。
それで同時に、絶対に消えない、だからこそいつだって俺の中にある思い出でもある。
「止めなきゃな」
俺が不意に発した言葉に、サイドさんは顔を上げ、隣に座っていたミルクルさんが、笑って俺を見た。
「行くの?」
「許可が出れば、だけどな」
何せ俺たちは今も変わらず犯罪者の身だ。
勝手に出歩くなどできようはずもない。
「行く、とは?」
だからこそ、まずは俺たちを見るサイドさんに話を通さなきゃならない。
「姫さんのHP総量がゼロになるのは、早くてあと24日」
「その間に、なんとかして減少をおさえなくちゃいけない」
「しかし、その方法は」
「「ある」」
俺とミルクルさんが口を揃える。
姫さんの病状が思っていた以上に危険だったことが分かった時から、ミルクルさんと話し合いを行っていた。
そう、ある。方法はあるんだ。
「俺の一番頼りになる『アビリティ』が、今このタイミングで彼女に会ったことには、運命を感じるね」
まさしく運命的な出会い。
この瞬間に、こいつがこの場にいることそのことが、ものすごい確率の奇跡に思える。
「人の命の尊さを踏みにじる外道ダンジョン、その最下層」
「そこにいるボスは頭がおかしいほど卑怯で凶悪だけど、挑むだけの価値がある」
芝居がかったミルクルさんと言葉をつなげて、二人でその方法を宣言する。
「「外道使用式アビリティ強奪アイテム『残される悪意』」」
多分、現状を変えるにはそれしかない。
正直なところ、それを他でもない『俺』が使うことに忌避感を覚えるが。
人の命には変えられまい。
「それが、スピカ姫を救うために必要な鍵だ」
だから、外出許して?
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「ふぅ、まいった」
《ふぃ〜、さっぱりしたぁ〜》
《でもマスターいいの? 時間がないんでしょ?》
スライムちゃん二人にそう問いかけられ、そうなんだよなとポツリとこぼす。
部屋に備え付けのシャワールームから出て、ベットに腰を預け一息をつく。
俺たちは未だ、家事都市の王城の一室にいた。
「一刻も早く向かいたいんだけど……サイドさん譲らねえんだもんな。ダンジョン『死霊墓地の悪夢』の話をすれば、やれ激しい戦いになるだの、一晩だけでも休んで行かれた方がいいだのと、すごい剣幕だったな」
アオとミドリの二人の体についた水気をタオルで取りながら先ほどのことを思い出す。
まぁ、『外出許可を王から取るためにも、一晩は必要です』と言われてしまっては最早なにも言えまい。
それが明らかに口実とわかっていてもだ。
「アフターケアの充実は結構なことだが、国の姫さまの一大事だ。いいのかね、こんなにのんびりさせててさ」
『むしろ、バカマスターがここまで首を突っ込む話ではないのでは? ここで黙って逃げ出したとしても、誰も責めたりはいたしませんよ』
「おい、囁き悪魔ちゃんやめい。別にいいだろぉ。可愛い女の子が困ってんだ。助けたくなるのが男の性ってもんよ」
ベットに体を放り投げそんな軽口を叩くが、限界破壊ちゃんからの返答は思わぬものだった。
『これ以上、ご自分の負担になるものを、背負うのはおやめになってはいかがですか?』
「うん?」
『なによりも、例え誰が苦しもうとも、仲間が無事ならそれでいい。バカマスターはそうおっしゃいました。なのに、他人が苦しんでいたら、助けるのですか? また、自分の身を削ってでも』
「今回は仕方ないだろう。それをしなきゃ、ミルクルさんと俺、まとめて首チョンパだったんだからよ。無罪放免のためには、努力しなきゃ」
『私は、そのような建前を言っているのではありません』
最近多い、限界破壊ちゃんの真剣な声だ。
こりゃ誤魔化しはNGかなとため息をつく。
「できることはしてやりたいんだよ。直せる可能性があるなら、少しぐらいは手助けしてやるさ。勿論、仲間が危険になれば、何があろうと安全優先で逃走するぞ? でもま、なんかできるなら、やってあげたっていいじゃないかと、そう思っただけだよ。気まぐれだ気まぐれ」
『……ご自分に似ていると、そう思いましたか?』
「さあな」
流石は普段常日頃から俺の中にいる相棒。
俺のちょっとした変化で、知りもしない過去すらかなり正確に予想を組み立ててみせる。
俺の心の中の声すら、限界破壊ちゃんには筒抜けだしな。
「今日は、治療のためにミドリがかなり全力を尽くしたし、なんだかんだで動き漬けだった。決闘もこなしたばかりだし、寝て、明日の英気を養おうぜ」
《うん》
《じゃあ、お休み〜》
「おう、お休み。二人ともゆっくり休めよ」
コンコンッ
ん? こんな時間に誰か来客か? サイドさんかな。
「あぁ、二人は寝てていいぞ。俺が出るから。はーい」
ベットから降り、ドアノブに手をかけノックをされたドアを開ける。
「サイドさん? 外出許可の件……どうした、ミルクルさん?」
「やほー、ユベルちゃん。泊ーめて」
そこには、大きな枕を両手で抱えて嬉しそうに笑うミルクルさんがいた。
俺は黙って扉を閉めた。
ガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャ
「人様の家だからそういうのやめい!」
「なんで閉めるのよ!」
堪らずロックを外しドアを開け怒鳴ると、ミルクルさんも負けじと突っかかってきた。
「相変わらずの電波かな? 大人しく自分の部屋に戻れ。ハウス」
そう、ミルクルさんにはもう1つ、ミルクルさん用の部屋が用意されたのだ。
意識も取り戻したし、監視の目はさらに監視役の人間を監視しているブルーベイビーズがなんとかしたし、ミルクルさんならなんとでもなるだろう。
それに、男女が同じ部屋で生活するってのもなぁ。
などという今更か? と突っ込まれそうな理由で、俺は別の部屋を要求した。
流石に手は出されんだろうし、手を出したところで痛い目を見るのは所詮あちら側だ。
俺の精神衛生も保たれるし、悪いことなど何1つとして存在しないではないか。
というわけで、『男女が同じ部屋は流石に……』という理由を前面に押し出し、部屋を一つ用意してもらうことに成功したのだった。
なのにこの人は、よりにもよって、男の部屋に突入かまして、放った言葉が『泊めて』?
アホなのか?
「私達はこれでも犯罪者。ユベルちゃんが言ってたことでしょう。私がどうなってもいいっていうの?」
「いや、ミルクルさんならどうとでもなるじゃん? だって相手は所詮レベル100から150程度の人達ばっかりだ。それにミルクルさんには『平和主義者の領域』もあるし」
「何かあったら嫌じゃない。めんどくさいし。いいじゃない別に。同じ部屋で生活くらい今までだってしてたでしょ?」
俺、寝たきりでしたけどね。
意識すら戻っていない状態でしたけどね。
「重大なことを忘れているぞ、ミルクルさん」
「ん? なぁに?」
「この部屋にはベットが一つしかない」
俺がそう宣言すると、ミルクルさんは固まった。
そう。そうなのだ。この部屋にはベットが一つしかない。
だからこそ、ここにミルクルさんもとなると、必然的に俺は床だ。
床なんか俺は嫌だ。かと言って、昨日のように同じベットで一夜を明かすか?
俺の心臓が持たんわ。
「それでもいい!」
「よくねぇよ!」
決意を込めたミルクルさんの眼差しがどこか虚しく見えてくる。
「ええい、まだるっこしい! いいから、私は、この部屋で、寝るの!」
「あ、ちょ、おい」
ミルクルさんの暴挙は止まらず、入り口に立ち止まる俺を押しのけ部屋の中に押し入り、そのままドアを閉め鍵をかけてしまう。
「あー、疲れた。じゃ、私もう寝るね。お休み〜」
「え? ミルクルさん!」
ミルクルさんは勢いのままベットに潜り込み、容赦無く電気を消した。
「げ、限界破壊ぃ……」
『では、私もスリープモードに移行します。おやすみなさい』
「見捨てるのか! 俺を見捨てるのかチクショウ!」
『解除コードをどうぞ』
「追い討ちかこの野郎!」
しばしの押し問答の後、愛してるを強要され真っ暗になった部屋で呆然と突っ立てると、不意に持ち上げられた布団の中から覗くミルクルさんが、いかにも『鬱陶しい。さっさと入れ。寒いだろ』というような目線を俺に送りそのまま寝返りを打ってしまった。
くそう。いいよ。いいだろう。そっちがその気なら俺だって。
向こうが気にしていないのに、こちらが気にしているのがバカらしくなった俺は。
面倒な考えを全て捨て去り、ベットの中に潜り込み、目を閉じた。
……寝られないです……はい……




