信じられないでしょうけど、大根茶番と重い足取りです!
「……」
しばらく無言の時間が続いた。
ミルクルさんとのバカなやり取りを冷めた視線で見つめていたセンターだが、興味も失せたのか今では目も合わせようともしない。
緊張……ではないな……緊張しているにしては、歩く挙動に震えなどの違和感は感じない。
《あの人……》
(どうした)
《喋りながら歩いてるね》
ミドリのセリフに首をかしげる。
彼は常に無言だし、こちらから話しかけてもいない。
一体いつ彼が喋っていたと言うのだろうか。
《マスターが今実際にしてるじゃん》
(……エネミーか?)
《多分ね》
念話か、それに近い何かか。
少なくともエネミーとの意思疎通が可能ってことだな。
この見た目で、何やったらそんなことができるようになるんだよ。
一体何食ってやがる。
(この国の名物じゃない?)
(ミルクルさん黙れ。勝手にハッキングしてくるんじゃない。つーかその名物って何ソレ詳しく。……突っ込ませるなよ。疲れるだろ)
(理不尽な)
(理不尽の権化たるあんたが言うか)
(オーケー。その喧嘩買ったわ)
まてまてまて。この現状で喧嘩を買っているのは俺だ。
あんたとやりあってる暇はないって、あ、それ以上近寄らないでもらえます?
《元気だね二人とも!》
(まーねー。アオちゃんも元気かしら?)
《うん! 元気だよ! みんな一緒だね》
《はいはーい。和やかムードは後で後で。ミルクちゃん、ハッキングできるかな?》
どうでもいいけど、みんな本当に器用だな。
無言であるから話しながら別の言葉を念話で送るという事はないにせよ、それでも話しながら今の自分の現状をしっかりと把握するにはそれなりに慣れていなければ不可能だ。
(そうね……やってみてもいいけど、プロテクトとかかけられてるとそれなりに時間がかかるのよね……それに、慣れてない相手だと集中も必要だから、しばらくフリーズしちゃうわよ?)
《フリーズか。立ち止まっちゃうと流石に怪しいかな》
(別にいいんじゃないか? 目が覚めたばっかりで体が本調子じゃないだのなんだの言って、俺が背負うさ)
《えー、なんか嘘っぽーい》
いや、そうでもないのでは? 嘘っぽいか?
ミドリに伺いを立ててみるが、ミドリも難色を示している。
何故だ。
《別に違和感は、でもちょっと都合がいいような、でも向こうからすればそうでもないか……でもなぁ》
(まぁまぁミドリちゃん。何も悪いことはないんだし、それでいいじゃない。ね? ね?)
《ぐぬぬ。ミルクちゃんめ……元気じゃないか。何が調子が悪いだよ、むしろ調子良すぎる癖に》
(ユベルちゃんにしてはそれなりにいい案なんだから、ほらほら、善は急げって言うでしょ?)
もうやるのかよ。まぁ……別にいいけど。
「あっ……」
「ん?」
「おい」
いきなりなんの前触れもなく、ミルクルさんが日にやられたかのようなポーズをとって膝から崩れ落ちる。
ミルクルさんの声に気がついたセンターが振り返り、俺は焦ったような声を出す。
「……」
「ど、どうした」
ミルクルさんの出方を見ていたが、ミルクルさんは伺うような目で俺を見てくるだけで行動を起こさないので、仕方なく俺から会話を振ってみた。
「なんだか……気分が悪くて。まだ、体が本調子じゃないみたい……」
よよよ、と縋るように俺に身を寄せ、ぴたりと張り付き目を閉じるミルクルさん。
(どうよ)
念話では非常に元気でふんすと鼻息荒く、ドヤ顔をかましているであろう言葉が飛んでくる。
ふむ。
(大根)
《へたっぴ》
《大した役者だよほんと》
(あんたたち……)
おおっと、二人とも言うねぇ。
なんというか、棒読みではないが、いやに芝居ががっていてじつに胡散臭い。
いつの時代の人だあんたは。
流石にこんな芝居では相手を警戒させるだけ
「た、体調が悪いのか、大丈夫か? 部屋を用意しようか? いや、人を呼んできた方が……」
「《《…………》》」
まさかの効果覿面だった。
スライムちゃん共々、絶句である。
(おい……貴様ら)
「あぁ、いや。ミルクルさんは俺が背負うとするよ。悪いけど、あんたらは、まだ信用できない」
ごめんごめん。イベントのセリフはキャンセルする派なんだー俺。
「そ、そうか。そうだよな。……そうだよな」
俺たちが信用ならないのは、そちらも一緒だろうよ。
こちら側からすれば完全アウェー、一人になどさせて隙を見せてやれるものか。
狼狽えていた表情を引き締め、眠たそうな目に戻った彼は踵を返しまた先導するように歩き出してしまう。
ほら、ミルクルさんも鬼みたいな顔してないで乗った乗った。
つい面白くて笑っちゃうだろうが。
「んしょっと」
《むー》
(なに? 不満そうね、アオちゃん)
《せーまーいー!》
(我慢してよー。昨日もこんなだったんでしょう)
まぁ、こんなだったな。途中からは前だったけど。
《狭いものは狭いのさ。昨日は緊急事態。今は違うでしょ?》
(むっふっふ。役得ってやつよー。や・く・と・く)
役得、役得、ね。
「はぁ」
「おい今なんでため息ついた? 言ってみ?」
「安心しろ小さい胸にも需要はあるってじっちゃんが言ってた。わかったわかった無言でぬるりと絞め殺す体制に入るな蛇かあんたは」
怖い怖い。
あとさりげなく耳元で囁かないでくれますかね。
思った以上にゾクゾクするんですけど。
《むーーー!》
《密着しすぎじゃないかな?》
(いつもの二人と変わんないでしょ。別にいいじゃない、減るもんじゃないし、ねぇユベルちゃん)
(まぁおぶるくらい別にいいけどさ。でも俺のSTRはご存知の通りだから、実はものすごくキツイんだぜ?)
ミルクルさんが重いわけじゃない。俺の腕力が足らんのだ。
疲労するたびに回復さんが1秒ごとにオートヒールしてくれなかったら、多分3分もたないな。
《つまりミルクちゃんは重い、と》
(なんだと?)
(ミドリ! ミドリだから! 言ったの俺じゃない! 遊んでる暇があったらさっさとやることやれや! なんのための茶番だよ)
(はいはい。んじゃ、ちょっと落ちるわ)
(はいはい。二度と戻ってくるなよ〜)
ミルクルさんの冷たい手が俺の首にピタリと添えられる。
(冗談冗談! つうか俺たちの挨拶だったじゃん!)
(冗談よ。じゃあ今度こそやってみるわ。あーあったか)
(さっさと離せ、バカ)
おそらく脱力したのであろう。ミルクルさんの重みがさっきよりも大きくなった。
こうやって体を預けられる存在ぐらいには、俺はなれてるのか。
そう考えると少しむず痒い。現実では、ただの仕事仲間しかいなかったからな。
いや、一人いたか……いやいや、あいつこそ『仮想の友達』だろう。
あの中坊、坊じゃねえか。
中嬢も、こっちにきてんのかねぇ。
久しぶりに、会いたいなぁ。
《なんかミルクちゃんさ》
《うん、密着してるっていうか、気安いっていうか》
《いつもよりべったりだよね》
《やっぱり昨日のは女の子からすればポイント高いってことなのかな》
なんの話をしとるのかねこの子達は。
ふむ、なぁ、限界破壊。
『なんでしょう、バカマスター』
(お前の限界破壊の力、ミルクルさんには掛けられないのか? ハッキングの限界を破壊すればもっと単純に解決した気がしないでもない)
『結論から言うと、出来ません。彼女は『反逆者』ではなく、そうでない以上、私『限界破壊』の力は得られません。私の使用は、マスターと、そのマスターの『反逆者』のみに許された権利です』
出来ない、か。
でもそうか。そうだよな。特別クラスのアビリティをそうホイホイと便利道具のように
今なんて言った?
『は?』
(『反逆者』ならお前の力を使えるって、じゃあアオやミドリも、やろうと思えばお前の力が使えるのか?)
『あぁ、マスターが今思っているのが『アビリティレベルをエネルギーに変換しステータスを上昇させる力』の事を指しているのであれば、それは出来ません』
出来ないのか。それを聞いてほっと一息をつく。
そうか、使えないのか。
それはよかった。
何も知らずに限界破壊の力を使うのは本当に危険だからな。
アビリティのレベルが下がるのは、確かに痛手だが、まぁいい。
そのかわり、無理やり限界を外した後の肉体に対する反動だけはヤバイ。
俺レベルのDEFがなければ、ただの自爆と同義だ。
『彼女たちに適用されているのは『成長の限界を失くす力』です。ああ、この力はマスターは適用外なので悪しからず。そもそも、ご存知ですよね? 私の生まれた理由・根源・概念の全てはこの力であって、『ステータス上昇』などと言う力は所詮『ただのオマケ』だと言うことぐらい』
……あぁ、よく知ってるさ。嫌という程な。
『……バカマスターにとっては、自分だけに適用されるステータス上昇の力が、私のメインであってほしいと思っているのでしょう。忘れたい、無かったことにしたいような話かもしれませんがね。私と言う『存在』が産まれたのは、この世界に来てからですから細かいことはうろ覚えですが』
そうさ。お前は。
『私のもう一人の親『ゴールド』が、そう私を生み出したのですから。嫌でも思い出してしまうでしょう。彼女のことを』
ははっ……女々しいもんだろ?
あいつらのことが忘れられないのさ。もう二度と、会えないんだとしてもさ、それでも。
『お忘れになることを推奨します』
(断る)
『意地にならないでください』
(必要なことだ)
『傷つくだけです』
(それでも忘れちゃダメだ)
忘れたら楽?
違うね。
もしあいつらのことを俺が忘れてしまったら。
俺はきっと喪失感と虚無感と、悲観と悲壮と非泣でぐちゃぐちゃで、自分を保てなくなるだろう。
(いつかきっと、自分に折り合いをつけるさ)
『折り合いをつけることと……諦めをつけることは同義ではありません。混同しないことを、お勧めします』
あぁ、わかってる。
限界破壊との会話で、俺の顔が曇ったことを心配そうに覗き込んでくる二人に、一度にこりと微笑んでから前を向く。
ふぅ……わかってる、わかってるさ。
ミルクルさんが早く起きることを願いながら、俺は一歩一歩、先ほどよりも重くなった足を踏み出すのだった。
いつも以上に、べったりですねーミルクルちゃん。
何か心境の変化でもあったんですか?(ニヤニヤ




