信じられないでしょうけど、其れは特別な花を育む雫です!
眼が覚めると知らない天井だった。
まぁ、目が覚めたというか、覚めさせたのだけど。
「しかし隣に絶世の美少女はいない……っと」
想像以上に柔らかく、もっちりと沈み込むようでいて軽い反発力でまるで体が空中に浮いてるんじゃないかと錯覚するようなベットに手をつき左隣を確認するが、そこに俺の理想の少女の姿はなかった。
朝チュンはできなかったか。
何馬鹿なこと言ってんだろうな俺。
《起きたばかりだから寝ぼけてるのかな? それともボク達を煽ってるのかな? かな?》
はい、寝ぼけてましたごめんなさい。
隣に美少女はいなくとも、可愛い可愛いスライムちゃん達と添い寝してたわ。
「おうミドリ。起きてたか。おはよう」
《うん、おはようー》
まだ寝たりない気もするが、天上のベットのおかげで体はそれなりに快調だ。起きよう。
一個欲しいな。買い取りたい。つーかそんなことする前に仕事あったわ。
なんだろう、思考回路がうまく動作しない。
なんか思考放棄したくなることでもあったっけな。記憶がない。
しゃあない、起きます……か…………ね…………?
「…………ッ! …………!!」
《んー、あ、ますたー、おはよう〜。どうしたのー?》
ベットから体を起こし伸びをしようとして腕が毛布に引っかかっのだ。
そのまま腕を持ち上げたせいで布団がめくれ上がり、俺は絶句した。
俺のパーカーの中からニュルリと出てきて、アオが目元をくしくしする仕草を見せながら間延びした声で可愛らしく挨拶をしてくるが、今はそれを気にかけている暇はなかった。
「……あぁ、そうだった」
俺は熱くなってきた顔を冷まそうと手で顔を覆う。
俺のベッドの右隣から、『幻覚』が溶け、子供の姿に戻ったミルクルさんが俺の寝巻きの裾をキュッと握りながら、丸まってあどけない寝顔を見せていた。
俺の隣に、美少女はいたようである。
あぁー、心臓に悪い。
ミルクルさんを起こさないように手を退けて、まだ月明かりが差し込んできている窓に視線を送った。
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昨日はスピカお嬢様の解呪の件で話をした後、一応そこで俺たちは解放された。
まぁもちろん国の外に出させてもらえるわけもなく、監視ありきの王城の中の一室に泊めてもらった。
昨日のうちに顔合わせぐらいはしなくていいのかとは思ったが、向こうにも向こうの事情というものがあるようなので突っ込むことはしなかった。
むしろ、こちら側も国の一部を半壊させるほどの激戦を終えた後だ。
何かを治すにしろ直すにしろ、要であるミドリがヘロヘロの深夜テンションじゃ話にならないからな。
身支度を整え、未だスヤスヤと眠るミルクルさんの顔にかかった髪を退けてやりながらベッドに腰掛ける。
「ふぅ……ちょっと早いが飯食っとくか」
アオの『底無大胃袋』から干し肉やらパンやらを取り出して齧る。
うん、美味くはないな。
『底無大胃袋』は無限収納といっても過言じゃないのではと思えてくるほどの大容量を備えてはいるが、一番のネックはシステムである『アイテムボックス』と違い時間が停止しないところだ。
死ぬほど贅沢なことを言っている自覚はあるが、当然ながら『胃袋』の中だろうが俺たちが何気ない日常を過ごすのと等間隔で時間はたつからな。
こういう保存食以外を入れておいても腐るだけなのである。
『胃袋』と言っても、あくまでアビリティなので、異空間に近いのは確かだが。
《まだ夜だよ?》
「使いの人が来る前に、やっておきたいことがあるから。な、ミドリ」
《うん》
それに、ミルクルさんの件もある。
誤解がないように言っておくが、俺とミルクルさんが同じベッドで就寝していたのは一夜のアバンチュールに興じていたからではない。断じてない。
昨日の夜、無事、と言っては少し語弊が生じるが、それでもミルクルさんは目を覚ました、のだが。
俺は再び昨日のことを思い出す。
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「では、この部屋をお使いください」
「こりゃまた…………手厚い歓迎な事で」
サイドさんにわざわざ連れて来ていただいて大変恐縮なのですが。
何よこの監視、監視、監視の目。
そりゃ部屋の中は広いし綺麗だし、豪華すぎるわけでなくちゃんとそこに住む人のことを考えられている内装で高級ホテルの一室にも負けないレベルの部屋なのだが。
そこかしこから不躾な視線を感じるよ。
「…………」
《……ふーん》
俺が抱えてるミルクルさんを見て俺も気絶できたら気が楽なのにななどと思いながら白い目を向いてると、アオが何やら不穏な声を漏らした。
この声あれだ。ちょっと、イラついてるやつだ。
(アオ?)
《……いってらっしゃい。ベイビーちゃん》
あ(察し
四方から向けられた視線全てが同時に消滅した。
不自然なほどに。
気がつかないといいなー、と思いながらサイドさんをチラ見したが、視線が消えた瞬間サイドさんの肩がわずかにピクリと動いた。
まあ、気がつかないはずもない、か。
「イヤー、イイヘヤダナー」
「そうですか。お気に召したよで何よりです」
しかし流石は執事。動揺など微塵も感じられない爽やかな笑みで返された。
ま、指摘されないならこのままでいいや。
監視されるってうざったいしなー。俺も『認識対象阻害』や『隠密』とかで驚ろかすぐらいはやるつもりだったし。
それとも、俺たち試されてたか?
「それでは私はこれで。ごゆっくりお休みください。明日またこの部屋へ使いを向かわせますので。よろしくお願いいたします」
「出来る限りの事はしますよ」
「おや、確実に治してみせるとは言ってくださらないのですか?」
「出来るか出来ないかまだわからないのでね」
サイドさんの目がぎらりと光った気がした。
もし出来なかったら……とでも言いたげだ。
「はいはい、善処しますよ」
「では」
さて、時間の感覚がないが、夜8時くらいかな。
……寝とくか。
「アオ、ミドリは?」
《睡眠薬でぐっすり》
「了解。体拭いてから俺たちも寝よう。ほら、おいで」
《うん!》
アオに頼んで胃袋から蛇口魔道具と桶とタオルを出してもらう。
宿で作り方はとっくに把握済みだったお湯を出す魔道具、今は水を出す魔道具と化した蛇口をひねり水を桶に溜めていく。
いちいち『水』アビリティを発動するのも面倒だからな。
温水にできたらなぁ……
『火』アビリティを付与するまではこれで我慢だ。
手触りのいいタオルを水に浸しよく絞ってからアオの体を拭いてやる。
《ひゃ! ……ふにゃ》
「冷たくてごめんな。この後ミドリも吹いてやろうと思ったが、起きちまうかな」
《大丈夫なんじゃないかな? ミドリちゃんあんなに疲れてたし、お薬も飲んでるし》
「今日はお疲れさん。アオも疲れたろ。ゆっくり休めよな」
《うん。ますたーもお疲れ様!》
「おう」
腕の中からアオを開放しパーカーを脱いでコロリと転がったミドリを捕まえる。
水で濡らしたタオルを当てた瞬間ぴくんと反応はしていたが、規則正しい寝息が聞こえてきているので問題ない。
さっさと拭いてしまい、上着を脱いで自分の体もさっと拭った。
「うひぃ……こりゃ冷たい。寝る前にすることじゃねえな」
乾いたタオルを出してもらい冷えないように急いで水気を取った。
《それじゃあ、アオも寝るね〜》
「おう、おやすみ」
上着を着てパーカーを羽織ると、ミドリをうんしょと背負ったアオがニュルリとパーカーの中に滑り込んできて寝息が聞こえ始めた。
さて……嫌だけど頭も洗うか……眠気完全に飛びそう。
げんなりしながら桶の中の水に頭を突っ込む勇気を振り絞っていたら、背後から声が聞こえた。
「…………う」
「ミルクルさん?」
「……うぅ……ん、あ」
「おい、ミルクルさん? しっかりしろ。オイ!」
ベッドの上で眠っていたミルクルさんが呻き声を上げ何かを求めるように右手を挙げた。
その右手を掴みながら声をかける。
くそ、さっきまで安定してたのにぶり返してきたか?
『検索』でも異常は見られないし、俺とミドリの二人で出来うる限りのことは尽くした。
これでもダメなら、どうしようもない。
現状維持に努めるにも、ミドリがいないで俺一人でどうにか出来るレベルの話じゃない。
明日のコンディションにも繋がるし何より休ませてやりたいが、起こすしかない。
「アオ、ミドリを」
起こしてくれと言おうと思って、もうすでにアオも寝ていることに気がついた。
パーカーを振って起こすしかないかとパーカーを掴んで
「……ユベ…………ル、ちゃん」
「ミルクルさん。そうだユベルさんだぞ! 目が覚めたのか! よかった!」
不意に握っているミルクルさんの手に力がこもり視線を送るとミルクルさんが薄目を開けて俺を見ていた。
声は弱々しいし開けられた目も震えて今にも閉じそうだ。
ここに来てようやく、俺がこれ程までにミルクルさんを心配していたとあうことを自覚して驚いた。
確かに心配していたし不安だったが、ミルクルさんが目を覚ました今の安堵している自分が思っていたよりもずっと大きかったのだ。
ミルクルさんが辛そうな表情を浮かべたまま上半身を起き上がらせた。
「お、おい。あんまり無茶するな」
「ユベルちゃん……手」
「あん? 手? なんだ?」
手は握ってるけどそれが何か?
離せ? それとも何か持たせろと?
「力が、入らないの……もっと、強くして……」
「んん? 強く握れってことか? これでいいか?」
手を握れということらしいので強く握ってみる。
ミルクルさんの顔にふっと安心したような表情が見えた。
「私……どれぐらい寝てた?」
「ん? お、おい」
「ケンゾウちゃんは?」
「おいって」
ミルクルさんの言葉に酷く冷たいものが感じられ言葉を止めようとするがミルクルさんは止まらない。
「そ、う……逃げられたのね……」
ミルクルさんの表情がまた硬いものに戻ってしまい、俯いてしまった。
あいつの逃げ足のことを知っていれば、まぁ想像できることだろう。
だけど今は。
「ごめん、なさい……私が迷惑を」
そうじゃねえだろ。
俺は無言で俯いたミルクルさんのデコに弱めのデコピンを放った。
ATK300のクソ雑魚火力の俺のデコピンを受けて、ミルクルさんが顔を上げ目を丸くして俺を見た。
「誰に対して、気ぃ使ってんだ、バカ」
今はそんなことどうでもいいんだ。
言いたいことならいくらでもある。
共有すべき情報だって沢山ある。
でも今は。
ミルクルさんが無事だったこと、俺たちがみんな無事であること、それを喜べばいいだけだろうか。
丸くしていたミルクルさんの目が揺れ始めて、水が溜まり潤んで、遂に水が溢れた。
ぽんぽんとミルクルさんの頭に手をやると、一度俯いたミルクルさんが、黙って俺の手をパシパシとはたき『離せ』と催促したので手を離す。
すると、ミルクルさんは俯いたまま両手を伸ばした。
「はいよ」
俺の方からミルクルさんに近づいて、かなり照れくさいがミルクルさんの背中に手を回す。
俺の背中に回されたミルクルさんの腕が、弱弱しく俺のパーカーにシワを作った。
ミルクルさんの顔を胸に抱いて、震える背中をゆっくりと撫でる。
「……怖かった」
「そっか」
「……よく、覚えてないの」
「そっか」
「……でも、ものすごく、怖かったことは、覚えてるの」
「そっか」
あの時のミルクルさんの明らかに異常だった状態を思えば心になんらかの傷を負うなど当然の事だ。
だから今ぐらい、辛かったことや嫌だったことを溜め込まずに全部吐き出していいんだ。
だって俺たちしかいないんだから。
俺のうぬぼれじゃなきゃ、少なくとも他の誰かの前じゃ言えないことだって、俺になら言えるだろう。
いつもは遠慮なんてしない人だろうが、なに意地張って我慢してクールぶってやがる。
俺はさせていた方なんだから言えた義理じゃないけど、俺にも心配させたんだから、辛いときぐらい少しは頼ってくれ。
「……もうダメだと思った……自分がね……わからなくなるの。……自分が、自分じゃなくなっていく感覚……何かがなくなっていく。……でもわからない……。それが怖かった」
「もう大丈夫だ」
「忘れちゃいそうだった……楽しかった事を……思い出を、みんなのことを。…………ユベル、ちゃんの、ことを……。それが、なにより、怖かったの……嫌だったの……」
「大丈夫」
背中を撫で続ける。
ミルクルさんのどんどん揺れて、か細くなっていく言葉を受け止める。
「……でもね……私が、私じゃなくなろうとしてる時、光が見えたの。……私の手を取ってくれたの……その光がどんどん暗い部屋を明るくして……どんどん……私を…………ひっぱって、くれて……っ」
俺の背中に回された腕の力が増す。
其れに応じるように、俺もさらに力を込めてミルクルさんを抱いた。
「……っく……ありがとう……ユベルちゃん……ありがとぅぅ……」
「おう」
ミルクルさんのお礼の言葉。
それを受けて、俺は特に飾ることなく、思ったことをそのまま口にした。
「もう怖いものはここには無い。全部俺たちで振り払う。そうやってお互いに助け合って、補い合って戦っていける。俺たちが辛い時、怖い時、ミルクルさんが守ってくれるって信じてるからな。だから」
正直、上手く文章になっている自身はなかった。
それでも、飾らずに、今の俺の気持ちをそのまま伝えたかったのだ。
「だから、もう、泣くな」
悲しい涙はもう十分だ。
そんな涙を流す時間があるなら、笑ってほしい。
しかしミルクルさんは、俺の胸に顔を埋めたまま、頭を横に振った。
「不思議ね……悲しくも、辛くもなくて……凄く、嬉しくて、安心するのに、涙が出るの……。涙が止まらなくて、溢れて溢れて、とまら、ない……」
「そっか……ならまぁ、好きなだけ泣いちまえ」
そっか、そっか。
ははっ。そうか。
悲しい涙なら要らない。
だけど嬉しい涙なら、大歓迎だ。
前言撤回。
泣いて泣いて、泣きまくってくれ。
その嬉し涙で育った、笑顔の花が見たいから。




