信じられないでしょうけど、特式の戦いです!
[困りましたね……]
遠方から物凄い速度で接近する三つのエネルギーを感じます。
あと、ひどく小さなエネルギーが一つ。
これはイッシキでしょう。
まさか華丸の完成形『春夏秋刀』を抜いたイッシキが敗北するとは……予想外です。
とはいえ、彼はユベルさんと戦うことを最後まで反対していましたからね。
私たちのもう一人の親といっても過言ではないお方です。
特に、イッシキにとっては。
[本来ならば彼は、ユベルさんの味方であるはずなのに]
そう呟いてみて、自らの手に視線を落とし手を握ります。
アイレンズがきゅうと収縮する音と、指の関節部のモーター音が鳴りました。
全身が金属でできた、人ならざる物。者にすらなれない物。
少し身じろぎをするだけで聞こえる金属が擦り合う音が、ため息が出そうなほど不快です。
[……ままならないものですね、キカイの体という物は]
自分の身一つでは何もできない、あまりにも不出来で不便なガラクタです。
マスター。貴方はどうしてしまったというのですか。
何故こんなことをするのですか。
貴方が、ユベルさんと共に笑い合い、時に苦悩しながら、私たちを作った、あの時の自分を忘れ。
貴方は、何をしているというのですか。
固く、体温もない、仮初めの肉体。仮初めの魂。
そんな物に、死はなく、生きてもいない。ココにあるようで、どこにも存在しない亡霊のような何かです。
そんな私たちに、何か出来るというのなら、教えてください。
誰でもいいですから、お願いですから、教えてくださいよ。
[…………眠いです。本当に]
こんなことを考えて、考え続けて、答えなど出るはずもないのに、答えなどもとより存在しないのに、一人考えては疲弊して、疲弊したと勝手に思い込んで、眠くなります。
私はキカイなので疲れません。私はキカイなので睡眠を必要としません。
でも何故か、目を閉じて、全てを忘れようとするように、眠くなるのです。
『考える』なんて人間らしいことをしていると思い込むためだけの行動をして、ただキカイである自分を否定しようと必死になっているだけです。
[個体名ミルクルが射程距離内に侵入。狙撃します]
勝手に自分の口が動いたと思ったら、次は勝手に腕が動きました。
眠い。というか、彼女の相手をするの嫌なんですけど。
明らかに人格に異常をきたしています。
[『白竜の咆哮』]
直撃まで1.23……避けられ、いえ、後方に流されました。
狂ってます。人の女性がここまで狂う理由を私は知っています。
これはいわゆる、『嫉妬』というものなのですね。
相手に対する恋愛感情が強すぎて、相手に必要以上のものを異常に求めてしまうというあの有名な。
自分以外の女性を視界に入れることを許さず、会話も許さず、同じ空気を吸うことすら許さず、逆に相手に自分の全てを捧げなければ気が済まず、相手の望む最高の女でなければ気が済まず、自分以外の女性と100m以上近づこうものなら浮気と判断し、自分だけをみてくれないのならという理由の元、自分以外を見るならいっそと決断する、そう、
ヤンデレ、です。
「貴方がいけないの。私以外の女の子に浮気するんだもの。大丈夫、貴方を殺したら、私を死ぬ。いつまでも一緒だよ」という奴なのですね。
私はちゃんと知っています。マスターのプライベートメモリーの奥の奥に大切に仕舞われていたデータ、えろげーなるものが言ってました。
それにしても驚きです。人間というものは嫉妬すると黒くなってアビリティ攻撃を往なせるほどに身体能力が向上するのですね。
なんと恐ろしく強き種族でしょうか。げに恐ろしきは人類です。
[というか、ユベルさんが原因なんですから、ユベルさんを追いかけ回せばよいのでは?]
理解不能です。痴話喧嘩なら本人同士で解決してほしいものです。先制攻撃した私が言うのもなんですが。
このまま見逃してくれませんかね。マスターの命令だったんです。命令には逆らえないんです。
全部マスターが悪いので、殺さない程度に、できれば操られてるっぽいのでそれもなんとかしながら懲らしめてくれませんかね。
[『白竜の咆哮』]
また避けられました。到着まであと
「見〜ぃつけたぁああああああ!」
[見つかっちゃいました。あ、それ以上近づかないでもらえますか?]
「そこを動くなあああ」
[聞いていませんね。お断りします]
クールタイムの回復を見計らいもう一度ブレスを装填しますが、さてどうしたものでしょう。
考える暇はありませんね。
彼女の手が目の前まで迫っています。
あと0.69秒で私へと到達するであろう手を認識し、この手に触れてはならないとアラームが鳴り響きます。
0.3秒で考えて0.1秒で動き0.2秒で手を打ちましょうさてどうしたものでしょうかただブレスを撃ったのでは先ほどの繰り返しですが少なくとも足止めにはなるのではないでしょうかその隙に私はブレスの反動で後ろに飛ぶことも可能ですしかし絶対に触れてはいけないと言うことが前提条件となっている以上安全性にかけるでしょうかならばモデルチェンジもやむなしといったところですねその後のリスクも同時にかさみますが後を気にして今をダメにしていては元も子もありませんわざわざ先ほどマスターに制限を解除してもらった甲斐がありましたそれでは
[広範囲『白竜の咆哮』]
「ま! 眩し!」
近距離で強い発光を食らったために視界が焼けましたか。
想定外の嬉しい誤算というやつですね。生まれた隙をつき離脱、衝撃で後方に飛べましたし、モデルチェンジも無事成立です。
[『リミットブレイク』]
制限やロックがつぎつぎと解除されていきます。この感覚はそれなりに好きです。
少しだけ、余計なことを考えなくて済むようになります。
[ついでにこちらも、『英雄武装』]
さて、モデルチェンジ可能の状態になりましたが、残念なことに今の私には『真の武具』がありません。
私の武装『咆哮機関』はあくまで代用品です。
式番順で、『絶対零扉』『春夏秋刀』『聖盾・メデューサ』『霊磁・マグネット』を作ってもらった数式達が羨ましいかぎりです。
[おや?]
なんというか、私は運が良いのでしょうか?
マスターの元へと戻ろうとしていた一つの小さなエネルギーが、私の近くを通ろうとしたので鷲掴みで捉えてみました。
やはりです。黒ずんでいますが、これはイッシキのイヤリングに違いありません。
[ふむ。『即興・真の武具』――『武装・一式』とでも洒落込みますか]
ガチャガチャと抵抗するイヤリングを耳に装着し、条件を果たしたモデルを解放します。
[『咆哮機関・モデル『赤竜』]
腕を掲げると白竜の顎門の形を模し組み立てられた金属が一斉にパージし、新たな形に組み直されて行きます。
下顎が異様に大きく発達した白竜のものに比べて一回り大きいものが完成しました。
相変わらずの図体と派手さですね。
これでミルクルは
[ビーッ、ビーッ、緊急シークエンス。自動行動強制発動、方向修正『赤竜の咆哮』]
《『実験七つ道具・メス』特権行使。第四工程『解剖』》
視線すら向けられず自動的に体が放った一撃は、私の首元を掠め何もない空間へと飛んでいき、爆散、霧散しました。
いえ、霧散では無く、粉々に切り刻まれたというほうが、正しいのでしょうか。
[イッシキを倒したのは貴女でしたか]
《せっかくの案内役を潰されちゃたまんないよ。ま、もう近くにマスターがいるから構わないけどね》
[ミドリさん、でしたね。見たところ疲弊しているようですが、大丈夫ですか?]
《余計なお世話だね。今も、なんか暴走してるミルクちゃんを止められるくらいには元気さ》
ミルクルを、止める?
急いで気配の感じる場所へ視線を送ると、緑色の結界のようなものに囲まれ槌を振り回しているミルクルの姿がありました。
みたところそこまで強度の強いものでは無いと思いますが……それだけ力が減少しているということなのでしょうか?
《『万能薬』》
[ッ!]
《イッシキさんの装甲とまったく同じ素材と見た。なら相手は簡単だね。あ、先に聞いとくけど、ボクをこのまま素通りさせる気は無い?》
アビリティ発声コンマ数秒後に体に走ったアラームに従いその場に低い体勢でしゃがむと、先程まで自分の頭があった場所に毒々しい液の球体が突如出現しました。
[ッッ!]
両腕と両足で強く地面を蹴り水平に横飛びします。
毒々しい液の球体は物理法則に則り地面へと帰還し、バシャリと大きな音を立て、数滴が体に付着しました。
付着した部分が煙を上げて溶けています。
数滴でこの威力。あと数秒遅ければ装甲が溶けるどころかお腹に穴が開くとこでした、危ない危ない。
[…………マスターの命令以前に、いきなり背後から強襲してきたうえに、容赦なく殺しにかかってきた相手をそのまま素通りさせろとは、なかなか凄いことを言いますね。貴方が何かしないと言う保証でもあるんですか?]
《たっはー。それは無いなー。君がボクを攻撃しないっていう保証とおんなじさ》
イッシキとの戦闘後でこの余裕。
うまく隠しているようですが、実際はもうほとんどのエネルギーを使い果たしフラフラなのはバレバレです。
先ほども、今の一撃も、あわよくばそれで倒そうという本心が透けて見えます。
[多対一を想定して作られた私には、二対一など恐れる理由にはなりませんが…………ミルクルに、イッシキを破った貴方が相手となると話は別ですね。しかしながら、今の貴方一人ぐらいなら、最低刺し違えてでも止められる自信はありますよ?]
ミルクルとミドリさん、二人の攻撃を全て避け続け、私に隙を見せればその場で射撃し私に釘付けにする。
それならば数分は持つでしょう。『リミットブレイク』をした私ならば、避けることに専念すればおそらく可能です。
それに、ジリ貧ならば『内蔵バッテリー』を積みまだまだ余裕のある私が有利です。
《言ってくれるなぁ。実はボクはテレポートができて、目にも留まらぬ速度で逃げられるかもしれないよ?》
[能力を発動する前に射撃して発動を阻止します]
《実はボクの体は特別製で、君のブレス攻撃を無効化できるかも》
[先程のアビリティでの防御、そして貴方の今の状況から推測し、わざわざ自らの貴重な体力を削ってでも必要のない防御をするメリットが少なすぎます。おそらくそれは無いでしょう]
《ふうん……なんかイッシキさんとはまた違った感じの人なんだね。よく考える人だ、ちょっと親近感湧いちゃう……あ、後ろには気をつけてね》
後ろ? 使い古された意識誘導法ですか?
残念ながら私にはセンサーが―――
「ターッチ。捕まえた」
へ?
《あーあー、だから言ったのに》
その瞬間全身にアラームがけたたましく鳴り響き全力でその場を離脱し必要以上の距離をとりました。
何故ですか……ありえない筈の現象に思考のエラーが起きています。
まったく気配が読めませんでした。
「次は、貴方が鬼ね?」
ミルクルの言葉がうまく理解できません。
ここまで接近されて、あの距離で、今まで読み続けていたミルクルの気配を見失うなんてありえません。
ミルクルの気配は確かに、同じ場所から動いていなかった筈なのに。
《驚いた?》
バッと顔を上げミドリさんに視線を送り、答えを知りました。
[貴方の、仕業ですか……]
《イッシキさんとの戦闘でそりゃもうバッチリ学ばせてもらったからねぇ。科学者は実験するたびに賢くなるんだ。機能の大半をダウンさせられた気分はいかがかな? 『リミットブレイク』で肉体限界を無視して行動できても、機能が活かせなきゃどうしようもないでしょう》
先程の毒……まさか私たち専用の毒とでもいうつもりですか。
数滴であるというのに、私たちの自由を奪うとは……
いかにまだ幼く、未発達とはいえ彼女はれっきとした『反逆者』なのですね。
しかし私も、先代の『反逆者』達と戦ってきた身。
貴方にあっさりと負けてあげるわけにも、いきません。
[………………『咆哮機関』、『エキストラモード』。 イッシキのイヤリングから『刀の数式』を『インストール』! インストールデータをもとに『再構築』]
立て続けにアビリティを発動していきます。
充電がガリガリと削れていきますが、そんなことは構っていられませんね。
赤竜の形をパージし、更に新たな姿へと組み替えられていきます。
《ゲ……その刀……》
「『創作竜の咆哮』起動、『春刀竜』]
ミドリさんなら、この姿に見覚えがあるでしょう。
桜色の優しげな竜の口。その口からは、一本の刀の刀身が伸びています。
《ええ、というか、またぁ! 『科学者の》
[遅いですよ。リセットです]
そのまま刀身を自らの身体に差し込み、銃口を向けます。
そして、『英雄武装』を使わなければ使用できない超再生能力を起動します。
[『春刀竜の咆哮』]
私の体を、桜の塔が包み込みました。




