信じられないでしょうけど、忘却の言葉と真実の言葉です!
「……やれやれ」
…………だれ?
「呆れたな。物理はともかく、精神が半人前だ……そんなんじゃ主人殿のエネミーとは、っとぉ、追い討ちかけでどうするよ俺。まぁ、反逆者になってまだ数ヶ月じゃ、仕方ない、のか?」
…………はん、ぎゃくしゃ……わたしは……すてられ
「はぁ。アオちゃんよ、君にとって主人殿はそんなことを言う人なのかな? 埋め込まれた記憶を信じるな。逃げるな、受け止め抗え。自分の信じる主人殿を信じろ。……大丈夫、主人殿は、君を愛しているよ」
…………あなたは、だれなの?
「俺か? そんなことはどうでもいいだろう? 全く勘弁してもらいたいもんだよなぁ。人が気持ちよく寝てるところを無理やり叩き起こしてくれやがってさあ。人の墓ひっくり返すのは本当に趣味が悪いとしか言えないよ。主人殿の親は人情が無いと見えるね」
なにをいって
「はいはいはいはいはいよっと。勝手に干渉して悪いけど、自分の力で自分の首を絞めてちゃ世話ないって話だよ。今回は助けてやるから、次は使用方法に気をつけるこったね。あと、俺のことは忘れな。覚えてたっていいことないしな」
……たすける……? わたしを? ……わすれるってなに?
わけが、わからないよ……ちゃんとせつめいして……
「無意識に抗ってんだから凄いよなぁ。これなら、ちょっときっかけを与えるだけで大丈夫っしょ。イケメンでクールでビューティフルでプリティーな先輩さんたちが、皆んなこぞって見てるんだぜ後輩ちゃん。せいぜい頑張れよ、期待の新人」
パチンと何かが弾ける音が聞こえた。
あれ? 今、なにが
『お前がいなきゃ……ダメなんだ!』
脳の神経が痺れた。
身体中のありとあらゆる全神経に電気信号が張り巡らされたような感覚を味わう。
ハッと目を開ける。
ほんのわずかな、脳の奥底の片隅をかすかによぎった、その言葉。
その言葉は
(……ほん、もの、だ。違う、違う、この暖かさは違う! 本当に私のことを思ってくれてる人のものじゃない!)
今自分を包み込んでいるものを否定する。
こんな暖かさは偽物だ。
本物は、ますたーが抱きしめてくれた時は
『お前にいてほしいんだよ!』
『お前がいなくても大丈夫なんて言うな!』
『頼むから、言わないでくれ!』
もっと、安心できた。もっと暖かかった、もっと、優しかった、私を尊重してくれて、思いやってくれて、こんな悲しくなんかなかった!
先程までの靄がかった感覚が晴れ、ぐちゃぐちゃだった思考が元に戻っていく。
さっきまでのなぜ信じてしまったのかと思う会話の数々が思い出される。
これが、『最後の晩餐』の力なの……ますたーの声が無かったら、危なかった……あれ? なにか、大切なことを、忘れてるような……
『おい、おいおいおいおいおーい! 忘れたのか! お前が大好きなマスターさんはお前を捨てたんだ! その証拠にリンクが』
何かを忘れているような感覚を探る前に頭の中に声が響いてくる。
それは貴方が勝手に作った嘘の感覚。
隠した、私がリンクを感じ取れないようにしたでしょ。
『そ……れは、しかし、現にマスターさんは』
あんなの、あんなのますたーじゃない! 嘘つくな!
『お前がそう信じたくたってなぁ』
再びゴールドさんを抱えたますたーが目の前に現れる。
なんの感情も感じられない冷たい視線を、真っ向から受け止める。
いくら偽物を作ったって無駄。
私の中にはもう、本物のますたーがいる。
『……』
心からそう言うと、目の前のますたーがぼろぼろと砂のように崩れ落ちた。
『うそだ……うそだ……嘘だ嘘だ嘘だ! そんなの嘘だ! さっきまで絶望してたじゃないか! 念入りに心を壊しにかかったのに、なんで!』
何度も、貴方が言ってた。まぁ、意味が軽すぎて一緒にされたくないけれど、じゃあ、もう一度だけ言うね。
深く深呼吸をして、ますたーのことを思い、自然に生まれた笑顔でその一言を発した。
《私は、ますたーのこと。大好きだから》
--- --- --- ---
飛び起きるように意識が覚醒すると、私は椅子の上に座っていた。
嫌な夢を見たかのように、汗をかき、呼吸が荒い。
深呼吸を何度もして自分を落ち着けながら、ちらりと目の前の二人を伺った。
[オ、オイラ……オイラ]
【個体名『二・五式』、『違反』。レベル21】
(今の……今ので、レベル2!? じゃあ、二人は今どんなことを)
たかがレベル2で絶望のどん底に落とされそうになったことを思い出し、背筋が震える。
もしかしたら、私もうわ言のようにますたーの名前を呼んだりして、レベルを上げていたのかもしれない。
そうでも思わないと、自分で自分が情けなくなる。
(ますたーのことを考えれば、今後何とかなりそうではあるけれど、使い手すら初見殺しにかけるなんて……これか『特別アビリティ』)
精神ダメージが強大すぎるが故に、使用者の身の丈に合わなければ自滅すらありうる。
ミルクちゃんの言っていたことが、自分で体験したことでよくわかった。
(はぁ……これから、よろしく)
だからあえて、そう問いかけた。
私のことも騙したのは腹立たしいし、しかも、よりによってますたーに対する想いを利用するなんてとてもじゃないけど許せないけど。
この力はきっと、ますたーの役に立つ。
自分の弱さが招いた結果だといえばそれまでだし、私は強くならなきゃいけないから。
どんなに嫌な奴でも、強くなるためなら、ますたーのためなら、私は喜んで力を受け入れる。
[アグ……グアアア]
【個体名『二・五式』、『違反』。レベル28】
[ウアア、ウアア、チガウ! チガウ!]
【個体名『二・五式』、『違反』。レベル22】
やっぱり、私もこんな感じだったのでしょうか。
そういえば、途中からどんどんエスカレートしていった気も……
《ますたー……ますたー……んっ……んんっ! やだ……私……もう……ますたぁ…………》
ぼんっ!?
想像したら湯気が出た。
はうぅぅぅ……顔が熱いよぉ……
[ウギギ……]
【個体名『二・五式』、『違反』。レベル23】
今二人は頭の中に直接映像や声を流し込まれているのだろう。
ここは真の忠誠を試される場。ここは裏切り者をあぶり出す場。
空間のどこかから、正体不明の何物かが悪魔の囁きなんて生易しいものじゃなく、感情や思考にダイレクトで揺さぶりをかけて来る。
『……抜けたか……だがなぁ、まだ話は終わってねぇぞ』
相手の記憶を覗き見て、弱点を探り出しそこを徹底的に叩く。
いいことづくしの甘い言葉を囁き、今まで目を逸らしてきた現実をつきつけ、嫌な思い出を蒸し返し、時に存在を全否定、偽りをまるで真のように語り、自ら追い詰め優しい言葉を投げかけ、嘲笑し、涙を見せ、心を粉々に砕き、嘘をつき、全てを受け入れ、ありとあらゆる手段を駆使して、『自分の主人を裏切るように仕向ける』。
追加ルールで、定められたマナーを破り『違反』と認定されると、脳内に流れてくる言葉のレベルが上がる。だっけ。
現に今。
『思い出せよ。目ぇ反らすな。そう、お前がゴブリンの巣に叩き込まれた時だ。あん時やぁ怖かったなぁ。生きた心地がしなかったぜ。死ぬ思いでなんとか抜け出したってのに、当のマスターさんはニヤニヤ胸くそ悪りぃニヤケヅラでよぉ。人のことをいたぶって楽しいかよ。なあ? マスターさんのおもちゃじゃねーてんだ。そうさ、お前は明確に殺されかけた! ダレでもない、お前のマスターに! そりゃそうさ! お前は世界最弱最低最悪のゴミクズなんだからなぁ! 生きてても何も残せねぇ、生きてたこと、存在してたことすら誰にも認知されないただのゴミだ。お前だって薄々感づいてんだろぉ! 哀れんでつい拾っちまった付いてくる迷惑な物体があるから、厄介払いしたかっただけなのさ! お前がだーい好きなマスターさんはぁ、お前のことなんざそこら辺の虫けら程度にすら思ってねーのさ!』
脳にインプットされた記憶を引っ張り出してありありとつきつけてくる上に、ご丁寧に当時の空気、無力感、緊張、恐怖の感情を体感させてくる。
このアビリティの嫌なところは、自分の感情に直接語りかけてくる際、それがどんなことであれ正しいと思ってしまうところ。
事実、それが本当のことであると信じかけてしまう自分がいる。
(でも、大丈夫)
うーん。確かにあの時のますたーは流石に酷かったよね。あの時はものすっごく怖かった。
だって、数時間前に殺されそうになった相手だよ? せっかく助かったのに、今度は自分から攻撃しにいけなんて言われて、ものすごく怖かった。
『そうだ! その通りだ! 憎いだろう! 自分のことを捨てるあの男が!』
でも、憎くなんかない。ますたーは私のことを思ってくれてるよ。
『……』
難しいことはよくわからないけど。心から、本心でいつだって私たちのことを想ってる。
そうじゃなきゃ、ますたーはますたーじゃないよ。
『そんな理屈があってたまるか! 嘘なんだよ! なにもかも! 笑顔の裏にはいつも迷惑そうな顔があるんだ! 優しい言葉の裏には酷い罵倒がある! 辛いのはわかる。でも、認めるしか、ないんだよ……これが、現実なんだ……』
現実ってなんだろう。脳に流し込んで強引に信じ込ませる暗示のこと?
ちがうよね。私の中では違う。
ますたーがやったことは怖かった。でもますたーだって人間だもん。間違えることだってあるよ。むしろ、間違えてばっかりで、それでも進もうとするのがますたーで。
『俺がアオのこと大好きなのは、アオがスライムだからじゃない。アオが、アオだからだよ』
これが他でもない、私の現実。
『そんなもの』
[ガッ!]
[エ?]
変な奇声が聞こえ、脳に響く声が間抜けな声をあげた。
[[ガガギゴッ!]]
何故か『二人とも』が同時にわけのわからない悲鳴をあげて、ビグンと痙攣したと思ったら、私に語りかけてきていたアビリティ効果が消えていくのを感じた。
『ヒーヒッヒッヒ! 選定された! テメエが今回の晩餐会の『裏切り者』だ! オメデトウ! これにて会は終了、じゃあな! またのご来場お待ちしてまぁす! ヒーヒッヒッヒ!』
椅子に座らされている感覚がなくなり、少し湿った森の地面に戻ってくる。
[ア、アレ?]
[オイラハ……サッキノハイッタイ……]
あ、元には戻るんだね。
よかった、あのまま発狂、なんてことになったらどうしようかと。
まぁ、『最後の晩餐』の効果は『これから』だしね。
[コ、レハ]
[エ? ナニナニ?]
気づいたみたい。
何者かの甘言に誘われて、マスターを『裏切った』者の前に、薄ぼんやりと光り宙に浮かぶ、小さな皮袋があった。




