信じられないでしょうけど、これがボクの英雄です!
[其れは哀愁と本能の季節『切なき微睡みの一瞬が ヒトの本能を刺激する』《秋刀解放》『孤独ノ正義』]
鞘から引き抜かれ姿を見せた薄紫色の刀身が反射しボクの姿を映した。
先程からヒシヒシとプレッシャーがボクにのしかかって来ている、のだけど。
なんだろう。
《……夏刀の時より、少し地味だね》
確かに、いかにも妖刀ですよと言わんばかりの見た目とプレッシャーはすごいけど。
なんていうのかな、真っ赤な刀身をした夏刀のほうが、イッシキさんの色とも合致して、あっていた気がする。
ボク、今なんか変なこと言っただろうか。
イッシキさんは刀を抜いた状態のままぽかんとしたように顔の金属を動かした。
[……ふ、……ふは、ふっははははは!]
《ちょ、なんで笑うのさ!》
そしたら笑われた。
なんだよぅ。思ったことを言っただけじゃないか。
確かに空気読まない発言だったかもだけど、そこまで笑うことないだろぉ。
[いや、すまん。ふは、ふははっ。まさか、貴殿が我と同じようなことを言うでな。今まで誰とも共感できなかったものを、地味、ふ、ふははははははっ! そうであろうそうであろう! 我にはこの刀は少し地味に思えてならんのだ! 少しこいつはお固いうえに暗いやつでな。いつも『向日葵丸』の後ろに隠れておる。自由に熱く輝く夏刀とはまた違ういいやつではあるのだが、確かに地味だ、ふっはははっ!]
《えぇぇ……そこまでボク言ってないよ》
人ごとだから別にとやかく言うつもりはないけどさ、仮にも自分の最終兵器でしょ?
ボロクソ言い過ぎでしょ。
[ふははは、だが、舐めてもらっては困るな。こやつは我が信じる一刀。その力は他の刀にも負けはせぬ]
《言われなくても油断するつもりはないさ。あれでキメられなかった以上、ボクも最後の手札を切ると決めたからね》
[ふむ。なかなかに恐ろしい。ならばここは先手必勝といったところであるな。《秋刀解放特典アビリティロック解錠》『一気呵成』。いざ!]
唐突にイッシキさんが刀を地面につきさし、その刀身で軽く自分の指を切りつけた。
何をしているのはわからないボクを置いて、イッシキさんは切った傷から生まれた薄紫色の光を指先に纏わせ何かを操作するかのように素早く動かした。
《ぼーっとして場合じゃないよね。『実験室』特権『精密検査』》
なにをするでもなく、ボクは自分自身の体を隅々までサーチする。
どこまでも。隅の隅まで。超スピードで問題のチェックをしていく。
[秋刀・『妖力』:『芸術之秋』]
ぴしっと、まるで本の中の忍者のように人差し指と中指を立てたイッシキさんは続けて叫ぶ。
[『四神絵画』!]
おそらく、先程指先で『書いていた』のはこの呼び出した四体の生物の絵だと思う。
召喚された薄紫色で細部まで拘られた龍と虎と鳥と亀、それぞれがデザインされた鎧をまとった人形を見ると、これが絵であったとは思えないほどのクオリティだ。
あの短時間でよくもまぁ……あぁ、『一気呵成』ってアビリティ効果か。
一人一人がボクの数十倍のレベルをしてるっていうんだから、全く自重を知らない人ってこれだから嫌だ。
大きすぎて視界が四神一色だよ。誰得だって話だね。
[『一騎当千』『一円知行』!]
《な!》
『一騎当千』。これはまだわかる。ただでさえ強そうな四神たちがめちゃくちゃ強化されたけど、それだけ。どうとでもなる。
だけど『一円知行』。これはなんだ。
このアビリティを使われた瞬間、『実験室』の支配権が剥奪された。
つまり、今のボクに空間の支配者の力は使えない。
あれだけ苦労してようやくミルクちゃんから奪い取った権利を、こんな簡単に奪われるとは思わなかった。
理屈はわからないけれど、とんでもない能力に、驚きを隠せない。
[ふははははははっ! 切り札は封殺させて貰ったぞ! これで終わりである! 『四神の一喝』!]
四神全員が刀を上段に構え、紫色のオーラのようなものを巻き起こす。
その狙いは全てボクに向いている。
《…………》
いかにも絶体絶命、そんな状態に陥ったボクは。
《……………………はっ》
静かに嘲笑った。
イッシキさんは本当になにもわかっちゃいない。
切り札は封殺? 空間の支配権を奪っただけで?
確かにボクの力の大半は実験室内でこそ真価を発揮するものだ。
だけど、それが無ければ戦えないわけじゃない。
ふざけるな。バカにするのも大概にしろ。
確かに空間を一瞬で奪い去った力は素直に賞賛する。脱帽するよ。
でも、それだけで。『たかが』空間の支配権を奪っただけで勝ち誇る?
ボクは、マスターの家族だ。マスターのエネミーだ。
マスターのエネミーが、そんな小細工一つで負けるわけがないだろう。マスターを侮辱するな。
『ユベルのエネミー』は、マスターの侮辱行為だけは、許さない。
その力を今、見せつけてやる。
《イッシキさん達と、ボク達は、どこか似てるね》
自分を語るかのように、独り言をこぼす。
《強さのあり方も、戦い方も何もかも違うけれど。その力は全部、自分の大好きなマスターから貰ったものだ》
ボク達スライムは、ただエネミーとして成長したんじゃ、今のような力は手に入らない。
イッシキさんだって、単体ではそもそも強くすらなれない。
全部全部、マスターから貰ったものだ。
《お互いがお互いで、自分のマスターの想いを受け取ってる。ボクはね、マスターのために負けられないんだ。でも、それはイッシキさんも同じだよね》
[…………その通りだ。我は我が主人のために戦う]
《だからこそ、『ケンゾウのエネミー』に『ユベルのエネミー』は負けられないんだ。『変身』》
アビリティを発動すると、体がボクの思ったように変化していく。
[ぬ! これはまた……ふはははっ! よかろう、ならば我も遠慮なく行かせてもらおうぞ! 『撃て』!]
イッシキさんの掛け声でボクめがけて数々の斬撃が地面をえぐりながら勢いよく放たれた。
本来なら目にも留まらぬ速度のそれを、ボクはゆっくりと見上げる。
そして呟いた。
「『英雄御衣』」
変身によって『人型』になったボクの体が、変身と新たに『創り出した』アビリティを並列発動し、その効果でボクの体がまた変質を始めた。
そしてボクは英雄の姿を纏う。
それは、いつもとは違うロングコートのような白衣。
いつもと違うところは、白衣にマスターの着るパーカーと同じデザインのフードが付いていて、ポケットの位置など形状が同じなところだ。
ボクは飴を口の中で転がしながら、片手をポケットに突っ込んで人の形になった自分の手のひらを向かってくる衝撃に向けて、ぐっと握りこんだ。
それだけで無数の剣撃全てが、もともとこの世に存在しなかったかのように消滅した。
「本当に似ている。イッシキさん達との戦いは、無駄じゃなかった。ありがとう。おかげで、ボクはまた一つ、強くなれた」
さて、そろそろボクの空間を返してもらおうかな。
白衣の中に指を突っ込んで、緑色の液体を入れた小さな試験管を一本取り出し地面に落とす。
試験管が割れ、中に入っていた緑色の液体が地面に溢れた瞬間、緑色のソナーが辺りを緑色に塗りつぶした。
「はい。『実験室』っと。にしてもこのモード凄いね。『英雄武装』だっけ? 一時的に英雄の力を、かぁ。憧れるなぁ」
なんだか格好いい。その能力を見せてもらった時、マスターに読んでもらった『正義の味方』って本を思い出した。
あの本から全てが始まったんだ。
あの本のおかげで、ボクはマスターやアオちゃんと話ができるようになった。
そう、変身して悪と戦う英雄、あの本の主人公のような力。
そういえば、『変身』もあの本のおかげで覚えたんだっけ。
それをイメージしたら、『変身』した時にふとこのアビリティが頭の中に浮かんだ。
えへへ、この白衣。マスターとおそろいだ。
白衣の中になんかいっぱい薬が入ってるし。これ、ボクが作ったやつだよね。
レベルが段違いに上がってるけど。
[[[[グキュルアアアアア]]]]
「うっさい。ちょっと静かにしてようか」
パチンと一回指パッチンをする。
それだけでボクの数百倍をステータスを誇った龍達はあっけなく墨のようになり崩れ去った。
そしてようやく、隠れていたイッシキさんの姿が見えた。
イッシキさんは呆然とボクのことを見ている。
[お……お主は、み、ミドリ殿……か?]
「ん? 当然でしょ? 何言って……そっか、ボク今人型かぁ。そうだよ。ボクがさっきまでスライムだったミドリです。よろしくね」
愛嬌たっぷりにウインクして見たけれど、イッシキさんは呆然としているのか固まったままだ。
はぁ……やっぱボクにはこうゆうのに合わないよなぁ。
マスターもこんな色々貧相なボクより、色々と女の子っぽいアオちゃんの方がいいのかなぁ。はぁ。
[み、ミドリ殿。何故、どうやって我の四神兵を……]
うん?
「四神兵ってさっきの? あぁ、それなら『龍』『虎』『鳥』『亀』それぞれの形として固定されていた『存在』を『変質』させただけだよ。もともと何もなかったところから急に存在を形作られたって感じだったからね。世界の定着の仕方も在り方も薄かったから、簡単に変質させられたよ」
一匹一匹のステータスはとんでもなかったし、普通にやりあったなら苦戦したかもだけど、いかんせんボクとは相性が悪かったね。
存在が強すぎる相手には無効化されちゃうけど、今のくらいなら簡単に操作できる。
イッシキさんは……多分無理かな。うん。存在が濃すぎる。
[ふは、ふはは、ふははははははっ! 面白い! 素晴らしすぎるであろう! ミドリ殿、お主はどれだけ我を笑わせれば気がすむのだ!]
「人の事を見て笑うとは失礼だなぁ。勝手にそっちが笑ってるだけだろ?」
[人の様な姿をとることまでできるとは、ゴホッ、グ……]
話の途中でイッシキさんが膝をつく。
そりゃあそうだろう。このモード、実際に自分でやって見てわかるけど、とんでもない代物だ。
自分の体を強制的に作り変えることがどれだけの暴挙であるか。
ボクは自分なりにアビリティをアレンジしたし、そもそもがスライムだから体に固定概念というものがないので、反動はほとんどないけれども。
普通の身でやったらまず持たない。
イッシキさんが機械であって初めて出来ていると言っていい。
これをもし『人』の身でやっている人がいるんだとしたら、それは紛れも無い『化け物』だ。
[グ……ぐは、は、はははははははっ! こんなところで倒れて終わりなど興醒めの一言にすぎるではないかはははははははっ! 我はまだやれる! こんな所でこんな面白い事を不意にできるか! 今の我は限界を超えておる。ここまで来たならば、限界などどこまでだって突き破ってくれようぞ!]
「相変わらずあっついなぁ。今のイッシキさんの季節は秋でしょう? 肌寒い季節じゃないか」
[違うな。秋はもっとも活動しやすい季節だ。程よい気候に、本能を刺激される。まだまだ我はやれる。とことんまで付き合ってもらうぞ!]
『リミットブレイク』。もしこの根性がこのアビリティのおかげなら凄すぎる。
でも、これはきっとイッシキさんの、イッシキさんという機械が持つ心の力だろう。
限界を超えるかぁ……成長限界を破壊しどこまでも強くなる反逆者と、どちらが強いか決着をつけようか。
[秋刀・『妖力』:『食欲之秋』! 『悪食召喚』!]
「早速学んだかぁ。存在が強固だから変質は難しいなぁ。てゆうか、蠅の悪魔召喚って英雄としてどうなの?」
どこのダークヒーローだよ。
悪味方にして召喚しちゃってるじゃん。『孤独ノ正義』なんだろ。正義はどうした!
[言いたいことはわかるが、我もわからん。この能力は覚えた時からこうなのだ]
「ふーん。悪魔かぁ。面倒なアビリティ持ってるなぁ。『万能薬・悪魔殺しのレシピ』」
そんなものはない。
だというのに、それを『聞いたイッシキさん』のおかげで数々のレシピが頭の中に流れてくる。
「ありがとねー。合成開始っと」
[ぎしゃうううう!]
「おっと、『万能薬』」
[ぎ……ぎしゃ?]
ボクに謎の攻撃をして来たけれどそれを粉々に分解して無効化し、お薬をぶっかけた。
どうやらこの悪魔には、自分に害のあるものを無効化する効果があるみたいだからね。
害どころか、HPを回復してくれるありがたーいお薬をぶっかけてあげたよ。
「『副作用』」
「ぎしゃあああああああ!!!]
[く……『一騎当千』! 『一念五百生』!」
ま、勿論攻撃目的なんだけどね。
悪魔特化のお薬が完成するまで大人しくしてもらうため、効果を反転させ副作用を強化して相手にお見舞いする。
おかげで全身麻痺と強烈な睡魔に襲われていることでしょう。
てゆうか、よくショック死しなかったな。
イッシキさんの補助アビリティも中々である。
そんな事を言っている間に薬が完成したよ。
「『偽薬効果』発動『偽・忍耐の天薬』」
[ぎ…………]
あんれま。
相手の思い込みで薬の効果を生み出すだけの薬なのに、バアル・ゼブルちゃんは断末魔の叫びもあげる事なく炭となって消えていった。
イッシキさんを騙したアビリティ『偽薬効果』。
有るはずもないものを、相手が勝手に想像してくれる事でアビリティ効果を作り出すアビリティ。
おかげで新しい薬を生み出せるようになったよ。
[ふは、さ、流石……やるな、ゲホッゴホッ……]
「これでトドメだよ。『万能―――」
[まだ、だ……最後の力を、貴殿に見せよう……秋刀・『妖力』:『運動之秋』、『瞬間世界』]
息を絶え絶えでボロボロのイッシキさんの最後の力に、ボクの背中が寒く凍りついた。
本能的にアビリティ『科学者の脳内』を発動させる。
あたりが白黒になった世界で、イッシキさんのみがいつものように動いていた。
ボクだって見て思考するしかできない世界で、イッシキさんは刀を振り上げる。
そこからは一瞬の世界での攻防だった。
イッシキさんの斬撃をアビリティで消滅させ、ボクのアビリティをイッシキさんが避ける。
ただし、避け続けるにはイッシキさんの体力は限界過ぎた。
次第に刀で受けきることもできなくなり、最後はボクの強制力で刀を叩き折りイッシキさんを下した。
[……ぐ……は]
本当に一瞬しか経っていない。
その一瞬の戦いの後、イッシキさんは倒れ、ボクは立っている。
ふぅ……力を抜いて、体から溢れる力を抑え込み、一部を大気に放出する。
そうすることで『英雄御衣』と『変身』が解かれ、ちょこんとした小さなスライムの姿へと戻る。
《『実験完了』。……ふぅ〜。最後の最後まで、危なかったよ。どこか一つでも歯車が狂っていたら、ボクはもっと早い段階で負けてた。でも、勝ったのはボクだ》
[…………ふははっ……完敗よなぁ……清々しいほどの負け方だ。げほ……]
《ははっ、その言葉はさ、また次戦った時にしてくれるかな》
[…………]
ボクの言葉にイッシキさんは返事を返さない。
ならボクの方から言わせてもらう。
《本気で戦えない貴方に勝ったんじゃ、まだ納得はできないんでね》
[……何を言う、我は……どこまでも本気であった]
《戦いたくもないのに『戦わされている』人が、本気で戦えるわけないじゃん》
[……勘違い……して貰っては、困る…………たしかに、最初は、『命令』されたからであった。……だが、途中で戦うのが、楽しくて……イヤイヤなどでは、なかった……本当……だ……信じて、くれ……]
ふーん。ま、イッシキさんの言葉に嘘は感じられなかったし、わかったよ。信じるし、本気で戦わなかったなって失望もしない。
《命令ね。命令には逆らえないんだよね?》
[…………我らに、とって、『命令』は……ゴホッ絶対だ。だが……我が主人は……こんな命令をするお方では……ない…………本当は、心……優しき、御仁なのだ]
《マスターの友達、なんだよね?》
[……そうだ……ユベル殿とは、古くからの、友である……それは、楽しそうに主人殿は語りあっておった……今の主人殿は、操られて、おる……機械である、我には、どうしようも、できなかった……]
イッシキさんの悔しげな声に、ふつふつと怒りが湧いてくる。
操られている。マスターの友達を操って、傷つけようとしている。
そんな相手を、許せるはずがなかった。
[長、話はできぬが……我とトクシキには……ゲームジダイと呼ばれるこの世界のことを……お、……覚えておる……]
そしてイッシキさんが語ったことには驚いた。
少し嫉妬するほどに、マスターのことを知っていたから。
[こんな……こんなつもりではなかった……負ければ……素直に貴殿を、称賛し、戻るつもりであった………こんな、ことを……貴殿に頼むのは、お門違いであることを、重々承知で……それでも、頼みたい……]
《うん》
ボクはうなづいて先を促した。
次の言葉はわかっている。
それを否定し、断ることなんてしない。
[我が、我らが主人を……救ってほしい!]
《任せなって。ボクらを、ボクらのマスターを信じてね》
だって、ボクはマスターのエネミーだから。
最後にイッシキさんは少し笑い静かに光の粒子になり、黒ずんだイヤリングに変わり飛んでいく。
そのイヤリングを追いかける。
そこに、マスターたちがいるのだから。
設定裏話。秋刀の名前を『竜胆』にしたのは、『正義感』という花言葉と、決して群生せず一本一本花が咲く『孤独』を体現するかのような竜胆が『英雄』の姿に近く、英雄化という状態となっているイッシキに合っていると思ったから。
『食欲之秋』で、召喚した悪魔がわざわざ『暴食の悪魔』だったのは。
そもそも秋に食欲が増す理由に、食べ物がよく実り、豊作で新鮮な食べ物が多く食べられる季節だからというものがあり。
ベルゼブブ(本作ではバアル・ゼブル)は、作物を荒らす害を遠ざけると言われているから。
『孤独ノ正義』って名前なのに色々と召喚するのは、秋刀の力がどんなに数を召喚しても、それはただ本能につき動かされる紛い物であり、結局終始戦うのは自分一人という最も悲しくそれが最も強い力だから。




