鴨居神武(かもいじんむ)
小さな事務所。古い木製のカウチソファーに座るよう勧められ。三鷹、高瀬の二人が座る。
「話は高橋(仮名)さんから聞いてます」
本人はニヒルな笑みぽい。いかにも胡散臭い笑みを張り付け。白湯のような出し殻のお茶が出されたが。器が薄汚れていて、とても飲む気にならなかった。
「まずお聞きしたいのは、貴方がなぜ高橋さんに、あのような嘘を書くように言ったのですか?」
色々聞きたいことがあったが、無難なことを聞いて、三鷹に鼻で笑われた。羞恥に赤くなったが、
「いやいや。案外いい問いだぜお嬢ちゃん♪」
ニンマリ人の悪い顔で。煙草をプカリ しながら。
「まあ~とりあえず。最初の注意だ。なるべくならあの名は口にするな。取り憑かれるぜ」
そう言いながら、鴨居は、怪異についてレクチャを始めたのだ。
仏教の概念では、人は死ぬと。霊となりこの世をさ迷うことになる。
「あの世にいく準備期間。そう考えれば分かりやすいな。俗に死んでから49日は、この世をさ迷うと言われてるんだが……」
希に輪廻の輪に向かわず。未練を捨てきれない霊は、この世に残り。人に仇なす悪霊となる。
「悪霊……」
「ただし。お前さんが追ってるあれは。ただの悪霊じゃない。この国には悪霊になって、多くの人間を殺し。苦しめたそんな歴史がある。それほど強い怨念を持った霊を。俺達は怨霊と呼ぶ。彼処まで強いとなれば呪霊と呼ばれ。呪いの一種だと思われる」
何だか胡散臭い男が、胡散臭い話を始めたぞと。顔を見合せていると。
「ふむ記者と言うわりに。事前調査が甘いようだな」
「何が言いたいんですか?」
やれやれと首を振りながら。
「お嬢ちゃんあんたの上司。室岡さんは、きちんと俺のところにたどり着いたぜ」
「む、室岡さん……」
ガタリ……、立ち上がる高瀬を冷ややかに認め。プカリ煙草の煙を吐き出した。
「残念だが、室岡さんは奴に捕まった」 何か聞かれる前に答えていた。意味が分からない三鷹とは違い。室岡さんの手紙に、助かるためにある人と会うことになったと書いてあった。全て信じられるとは思わないが、少なくともそのことを知ってるのは、デスクと自分だけである。胡散臭い男ではあるが、今の話も何らかの理由があるのではないか、未熟ではあるが、高瀬は記者の卵。とりあえず話を聞いた上で、判断しようと思った。
「ふむなるほど。お嬢ちゃん、あんた良い記者になれるかもな~」
そう言われ。胡散臭い笑みを向けられると、段々と自信が揺らいだのは、仕方ないだろう……。
一通り話を聞き終えた二人は、押し黙っていた。何故ならば『赤い人』の怪異によって、この一年の間に。19人もの行方不明者がいると聞けば……。
「もっともこんなご時世だ。田舎に行けば、毎年行方不明者が100人以上出るよな。その内の1割は、奴が関係してる可能性があるって話だ。少なくとも室岡さんは、そう思ってたようだぜ」
鴨居と室岡は昔からの顔馴染みで、怪しい事件の解決を頼まれることがあった。
「お前さん達は、この話を忘れて、普通に生きな、それが室岡さんの最後の願いさ」
そう最後に締めくくり。二人は狐に摘ままれたような。変な気持ちのまま、鴨居の事務所を後にしていた。
後日……、デスクに鴨居の話をするや、 「わかった……、あれはお蔵にして構わん」
気難しい顔で、そう宣言していた。
昭和53年。時々『赤い人』の噂を聞くことはあったが、数年前高瀬一美は結婚して、大阪に引っ越していた。なるべくそのことを忘れるようにして、生きていた……、
しかし近所で遂に。恐れていた事件が起きてしまった……、当時のデスクをしていた島田に連絡して、事件のことを話すと。
『いいか高瀬!。お前は子供がいる身だ。二度と関わるないいな?』
「はっはい……」 声が裏返るのが止められない。当時の恐怖を思い出したのだ。
『あれを忘れるな、いいな!?』
何度も何度も「はい」と繰り返し。いつの間にか泣きじゃくっていた。
「高瀬……」
「室岡さん?」
懐かしい室岡さんの声がして、振り返った瞬間。真っ赤なレインコートを着た女が……、一美の前に立っていた……。
恐怖の顔を浮かべた瞬間。女はマスクを外して、真っ黒な歯を剥き出しに。醜く変形した口を開けて、
「私きれい……」
不気味に笑っていた。それが『口裂け女』と『赤い人』がくっ付いた怪異であるとは知らず。一美の顔をむんずと掴み。公衆電話を手にした手だけを残して……。瞬く間に消えていた。
……ぷらぷらと。残された手が落ちた。
新たな怪異として再び……。子供達の間で広まることになる。
まだ事実関係は分かっていないが、人間の暮らす地域には、ほぼ流行りと呼ばれる現象をつくりだし、また伝える役割の個体がいると言われている。彼等は総じて、他人に良くも悪くも影響を与える存在である。西洋では特異点。日本では語り部と呼ばれる者達。現代では、運命を変える者と呼ばれている。そんな彼等はほぼ同時に流行りを理解して、周りに影響を与える存在であった。当時こうした噂話が、ニュースにもならず。子供達だけの間で流行ったか……、未だに理由は分かっていない。現在は伝達方法が変り、子供達の間に広まる噂は……、消えることはない。
よれよれのシャツを着た。胡散臭い男。鴨居神武は、島田から連絡を受けて、旧姓高瀬一美の行方を追ったが、見つけることは出来なかった……。
「なあおじちゃん。それ以上は危険だよ」
汗を拭っていたら、マルコメの少年が、声を掛けてきた。
「確かにな……、だが頼まれててよ」
「……その人を助けたいの?」写真を見ながら。まあなと答えていた。 「そう……、チャンスはなくは無いけどやってみる?」
そんな風に言葉を交わすが、見るからに可笑しな組み合わせだった。それを理解してか、鴨居は苦笑していた。
「分かるのか?」
何が聞きたいか少年は理解していた。 「うん、お化け峠にいるよ。捕らわれた人や、死んでもなお抜け出せない魂もね」
「そうか……、なら坊主。そこまでおじさんを案内してくれるか?」
「うん、その代わり。懐のやつ。きちんと封じてくれるならね」
にこやかに笑う少年を。眩しそうに見ながら。分かったと頷いていた。
奇妙な組み合わせの二人は、それ以上語ることもなく。タクシーに乗り込んだ。後に不思議な親子をお化け峠と呼ばれる。薄暗い山道に下ろして、
「タクシーは逃げるように走り去った」
にやり胡散臭い笑みを張り付けた鴨居は、そんなフレーズを口にしていた。
「おうおう、ヤバい空気を、バンバンに感じるぜ」
冷や汗を滴らせながら。皮肉気に笑うしかない。
「いいかいおじさん?」
「何時でも……」
肌がビリビリするような寒気の中。古いトンネルの中に入って行くと。壊れた非常灯の下に鉄製の錆が浮かんだ扉があって、少年は扉に触れるや、バチバチ不気味な音を上げて、トンネル全体がたわむ。
「開いたよ」
ギイイ……、抵抗虚しくあっさり。扉が開く。ムワリ……。濃密な腐敗臭が、漂っていた。『うっうう……』
『あっああ……』 もがき苦しむ、死者の声が聞こえていた。
「ここは、黄泉の世界か……」
おぞましさに。吐き気をもようしていた。
「近いけど、あの人の世界だね」
苦しみ、悲しみ、怨念を媒体に。彼等の力を啜り存在を保つ。それが呪霊と呼ばれる。死霊である。




