大きなクリスタルの山
頂に雲の架かった、大きなクリスタルの山。
その聳え立つ山の壮絶なる景色を、麓から見上げられる位置に大きな高速道路が走っていた。大きく海岸沿いを迂回するように、都市部へと向かいながら、綺麗な海と山の景色を同時に楽しめる。
高速道路であったとしても、訪れた富豪たちの心を満足させなければならない。ただ乗っているだけなど、味気ない。移動中も人々の心に感銘を与える。ホープでは、そんな工夫を要所要所で見られるはずだ。
この高速道路は、一応、高速道路と名を打ってはいるものの、人が車を運転して道路を走行する場所ではない。
車には、車輪が無く、運転手さえ居ない。車が空を飛んでいる。という訳でもない。
惑星ホープでは、全ての車がレール上を走る。モノレールやリニアモーターカーを、想像すると理解が早いだろう。高速道路や下道など関係なく、全ての道をレールが繋ぎ止めている。
車で行けない所など、ありはしない。あったとしても、レールを増設するだけの話だ。
そのレールは、目的地を設定するだけで自動で経路が選択される。道が無ければ、勝手にレールが伸びて繋ぎ合わさる。あみだくじの様に線を足すだけだ。
この時代、タイヤのある車は、勿論のこと。空飛ぶ車でさえも、骨董品と化している。宇宙船で星を移動する時代だ。車にそんな機能を求める者など、誰もいなかった。
全ての車が全自動の一定速度で走り、事故も渋滞もない。仮にあったとしても、直ぐに隣のレールに移動すれば良い話だ。
人が運転して走る?そんな危険な行為は、許されない。そういった遊びは、テーマパークや仮想空間の中だけに限られる。
ピスが『地上は、つまらない。』と、言う一番の理由が、これだ。彼女は、自分で運転がしたいのだ。
ピスとの通信を終えたカシューは、高速道路を走行する車の背の上にいた。
白と黒のボディースーツに身を包み、脚を宙に投げ出した状態で天井に座っている。走行に伴う強風を直に体で受け、真っ赤なショートヘアーが風で靡く。
彼女は、危険を省みず、穏やかな海の景色を眺めて、楽しんでいる様に見える。
この惑星ホープで、こんな危険な行為をする者は、彼女ぐらいなものだろう。諜報員なら、尚更目立つ行為は避けるべきだ。
「全く。張り切っちゃって……。」
カシューは、車の上から青空を見上げた。暖かい陽射しが、カシューの顔を照らす。彼女の緑色の大きな瞳に、真っ白な雲が映り込む。
雲間から大きな白い月が、薄っすらと顔を覗かせた。
あの月は、第二衛星サイクル。
今、あの場所からピスが飛び立ち、こちらに向かって来ている。ピスのことだ。五分もあれば、この上空に辿り着くことだろう。
それまでに、ある程度は、仕事を終わらせておかねばならない。
「それじゃ、始めるわよ。」
カシューは、乱れた前髪を掻き上げ、左腕の端末に向かって言った。
この左腕の端末は、カシューの腕の中に埋め込まれている。それは、彼女が諜報員だからという訳ではない。この時代では、一般的な物だ。子供から大人まで、全ての人が装着している。
『インプラント』と言えば、歯の治療を思い浮かべるかもしれないが、この時代では、この端末か端末を取り付ける為の施術を指すことが多い。端末は、重さも感じず、スマートフォンやタブレットの様に多種多様で便利な機能を搭載している。
埋め込んだ左腕から吸い上げた微量の生体電気で稼働する――この端末は、この時代になくてはならない物として、重宝されている。
カシューの合図を受け、端末からうんざりした女性の声が返ってきた。
「こっちは、ダミアンが待ちきれずに……ミサイルを打ち込んじゃったところよ。」
この声は、アーモンド姉妹のどちらかだろう。
双子のモントレとマルコナは、本当にそっくりで、長年一緒にいるカシューでさえも、判別が難しい。諜報活動中に、AIをも騙す程だ。
そんな彼女たちを、端末から聞こえてくる音声だけで、判断出来る訳がない。下手に間違えると、彼女たちの機嫌を損ねてしまう。分からない時は、有耶無耶にするのが好ましい。
続いて、若い男性が楽しそうに喋る。
「それなら、僕たちも始めるよ。みんなで同時に。しかも、別々の場所で行動する事って、初めてじゃないかい?」
彼の名は、ヘーゼル・コリラス。
カシューの所属する行政監査機関プリズムの特殊チーム『七人の小人』、通称『NUTS』の中で唯一の男性だ。
今回は、ヘーゼルの言った通り、『七人の小人』全員がホープに集結し、作戦行動を行っている。作戦内容は、犯罪者組織の一斉検挙。
現在ホープでは、ホープに蔓延る犯罪者たちの取り締まりが強化されている。これは、近々ホープで開催される世界会議やレースなどの大きな大会が控えている為だ。
今回、カシューたちは、犯罪者組織『バイグレ』の残党を検挙する手筈となっている。バイグレは、半年前に摘発され、大々的なニュースとなった組織だ。
しかし、その後、カシューたちが解決した廃棄物処理衛星での事件により、その事実は霞んでしまった。
その残党と言うだけあって、数こそは少ないが、各地に散らばり身を潜そめている。
そんな彼らが、何か大きな行動を起こそうとしていると、ONE'Sは報告を受けた。ONE'Sとは、惑星ホープを運営する宇宙屈指の大富豪の集まりだ。
カシューたちは、ONE'Sからの要請を受け、ONE'Sの持つ軍隊『ナイツ』と協力して作戦行動を行なう。
身を潜めていた彼らが活発になった今、再び身を隠されないよう一斉に検挙する。その為、少人数ながら、各地に散らばっているという訳だ。
「うちは、人数が少ないからね。大規模な作戦には、向かないもの。だから、ヘマしないでよね?尻拭いが大変よ。」
そう発言した彼女は、クルミ・ウォールナット。
『七人の小人』の中で、彼女が一番の年上だ。面倒見が良いお姉さんなのだが……体を使う作業が苦手だ。
この作戦で、一番ヘマをしそうなのは、残念ながらクルミ本人だった。
「じゃあ、しくじった人は、次の任務。私と一緒に来て貰おうかしら。」
カシューが珍しく笑って言った。偶には、クルミと一緒に任務に行くのも楽しそうだと思ったからだ。
しかし、誰の返事も返って来ない。
「……。」
全員が黙り込んだ。
「そんなに嫌なの?」
カシューは、肩を竦めた。
隣のレールの車が、カシューの乗る車を追い越して行く。
車は、一定速度でレールの上を走行するが、レールによって走行速度が違う。高速で走り抜けるレールもあれば、のんびり走るレールもある。大型の貨物車が多く走るレール程、低速で走行している印象を受ける。
隣の車の窓から、子供達がカシューの事を覗き込んだ。運転手の居ないファミリーカーから、笑顔で手を振る。
カシューは、仕方なく微笑んで、軽く手を振り返す。
すると、子供達は、喜んで腕の端末を操作した。小さな画面を出して、嬉しそうに写真を撮ろうとする。
カシューは、車の上に立ち上がった。物凄い風がカシューを襲う。カシューの鍛え上げられたスリムな体が風を切る。その勇ましい立ち姿は、子供達の目で見ても、惚れ惚れとする程の存在感だ。
子供達は、端末の画面とカシューを見比べる。
何故か、画面にカシューの姿が表示されない。まるで元からそこに居なかった様に、車だけが映り込む。
子供達は、おかしいと思い、もう一度カシューを見た。
しかし、目を向けるも、そこには誰もいない。カシューは、子供達が目を離した隙に、一瞬で消え去っていた。端末の画面と同じ様に、車だけが残される。
子供達は、狐につままれた様な顔をして、カシューの乗っていた車を追い越して行った――。




