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小さな格納庫

 ここは、何の変哲も無い、小さな格納庫。

 何の塗装もされていない銀色の鉄板。サビや汚れの無い、新品同様のこの壁が、使用頻度の低さを物語る。

 白昼色の明るさの中、四隅の大きな警告灯が、緑色に優しく点滅する。剥き出しの歯車や配線が、警告灯の明かりを受ける度に、暗闇から姿を現す。

 この格納庫に在るのは、小型の宇宙船が一隻だけ――。

 戦闘機の様に薄く鋭利で平べったい――真っ白なボディーは、庫内の明かりで黄色味を帯び、時折、緑色を反射する。

 重圧感と軽快感を兼ね備えた船体は、誰が見ても見惚れるぐらいに格好が良い。


 操縦席に座るのは、緑髪で二つのお団子頭をした陽気な女性。国家規模の不正や悪事を取り締まる組織、行政監査機関プリズムの諜報員(エージェント)、ピスタチオ・スーパーグリンその人だ。

 彼女は、サイズに余裕のある(だぼっとした)ボディースーツに身を包み、宇宙船の発射準備を整えていた。

 格納庫の壁を見渡せる前面のガラスには、様々な文字やグラフが目まぐるしく動き、何処かの()の映像がいくつも映し出されていた。

 彼女は、左右に伸ばした両手の動きを止め、画面を見上げた。

「発射準備完了!にっしっし〜。いつでも、出れるわよ!」

 ピスが景気良く言った。

 そこで、画面の片隅の映像に映る、赤い頭が揺れた。

「ピス。あなた待ちなんだから、早くしなさい。()が逃げちゃうわよ?」

 この呆れた物言いの声の主は、カシュー・アップル。彼女は、この物語の主人公。プリズムの諜報員で、ピスの同僚である。

「ごめん、ごめん。じゃあ、直ぐに出るわね!」

 ピスは、申し訳無さそうに笑うと、首元のボタンに触れた。

 すると、彼女の顔を覆う様に、透明なガラスのシールドが出現した。そのガラスのシールドにも、コックピットの画面と同じく、光る文字列が表示される。

 わくわくと楽しそうな彼女の瞳に、警告灯の赤い光が射し込んだ。

 格納庫では、緑色から赤色に変わった警告灯がぐるぐる回り、天井の大きな扉が口を開ける。床が()り上がり、船体の鋭利な前面が宙に向く。大気の無い星空が、顔を出す。

 一面に拡がる暗闇の中に、大きな惑星が優雅に漂う。

 闇で欠けたその球体の表面では、白い雲が渦を巻き、その下の特徴的な七色の海が、静かな煌めきを放つ。


 ――富豪たちの安息の地、惑星ホープだ。


 ピスは、宇宙の彼方を瞳に映し、両手を左右の操縦桿に添えた。少し前屈みになり、体の勢いとエンジンを点ける。

「それじゃ!作戦開始〜!にっしっし〜。」

 ピスの乗った宇宙船が、格納庫から真っ直ぐ宇宙に飛び出した。ゴツゴツとしたクレーターの跡が目立つ第二衛星サイクルを後にして、宇宙空間を高速で操行する。

「ひゃっほー。」

 体にのし掛かる圧力など、ピスにとっては、どうと言う事もない。日頃の訓練の賜物か、感覚が狂っているだけなのか。どちらにせよ、慣れた物だ。

 この宇宙空間を突き進むスピード感覚。

 この宇宙空間の上下の無いバランス感覚。

 そして、この宇宙の星々から受ける重力波。

 宇宙船という最高のオモチャに乗れるだけで、ピスは幸せだった。――地上は、つまらない。

 第二衛星サイクルの重力波から解き放たれ、次は惑星の重力波が強くなる。それだけで、ピスの顔から笑顔が溢れ出た。

 勿論、景色も最高だ。

 視界の大半を占めるホープとは逆の位置に、第一衛星デスペアが軌道を周回している姿が見えた。

 惑星ホープには、三つの衛星が存在する。しかし、ここからでは、第三衛星は拝めない。時期と時間が良ければ、同時に見られる事もあっただろう。

 ピスは、人工衛星や他の宇宙船に気をつけながら、自由気ままに宇宙船を動かす。アクロバティックな動きをする度に、ヘルメットから警告音が鳴る。そして、前面のモニターやヘルメットに表示されている文字や図形が飛び交う。

 今日の操縦も、絶好調だった。

「にっしっし〜。」

 ピスは、準備運動を終え、そのまま一直線に、カシューの待つ安息の地へと舵を取った。

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