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やりません。やれませんのよ。  作者: 朝山 みどり


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25/27

25 正体


二週間後、カールは、やって来た。


「随分、早いな。目的はなんだ?」とアンドレが迎えている。


「冷たいな」とカールが笑っている。


店の奥からその声を聞きながら、わたしはわざと少し間を置いた。

すぐに飛び出していくなんて、つまらない。


鏡をちらりと見て、髪を指で整える。

笑顔をつくって、それからゆっくりと扉の方へ向かった。


「マリア、元気だった?」


カールの声は明るくて、少しだけ安心したような響きがあった。


「はい」


わたしは少しだけ大げさにうなずいて、にっこり笑いかけた。

その瞬間、カールの目がやわらぐ。


……こういう顔、するのね。


胸の奥が、くすぐったくなる。





カールと町中を歩いた。


石畳の道。店先に並ぶ薬草や布。

知っている顔が次々と声をかけてくる。


「マリアちゃん、元気?」

「久しぶりだねぇ」


「はい、おかげさまで」


「お隣はなんだい? 仲良しだね」


わたしは笑って、ひとりひとりに丁寧に答えた。

少しだけ声を明るくして、少しだけ親しげに。


隣にいるカールが、ちらちらとこちらを見る。


「ずいぶん顔が広いんだな」


「普通ですよ」


そう言いながら、また別の人に手を振る。


そのたびに、カールの視線が少しだけ強くなる。

口には出さないけど、わかる。


――やきもち。


それが、なんだか楽しかった。




三日目、カールはしぶしぶと言った顔で荷物をまとめた。


「行ってくる」


「いってらっしゃい」


手を振ると、少しだけ名残惜しそうにこちらを見て、それから出ていった。


その背中を見送りながら、わたしは思う。


――悪くない。


悪くないわ、この感じ。



翌月。


戻ってきたカールは、以前よりも少しだけ疲れて見えたけど、その分、どこか決意のようなものをまとっていた。


夕暮れの店内で、カールはまっすぐわたしを見た。


「本店に行ってくれるかい?」


一瞬、言葉の意味を確かめるように、胸の中で転がす。


本店。


カールがたくさん持っているお店の本店。奥さんにまかせたいと思っている場所。


「はい、喜んで」


答えた瞬間、口惜しさとか焦りとかが、みんな消えた。





その夜の夕食の席でカールが、二人のことを報告した。


長いテーブルの上には料理が並び、みんなの顔が浮かれていた。


カールが一枚の書類を差し出す。


「これに署名してくれ。役所に提出するから」


紙は少し厚くて、しっかりしていた。

文字がびっしりと並んでいる。


――書類は、署名する前に隅々まで読みなさい。

厳格だった祖母の戒めが、不意に耳の奥で蘇る。だが、周囲の歓声がそれをかき消した。



「よかったねぇ!」

「ほんとにめでたい!」

「カール、やったな!」


声が重なった。笑い声が重なる。

誰かが肩を叩く。


紙の上の文字が、うまく頭に入ってこない。


でも、ここのいい人たちが喜んでいる。


今さら、ここで止まるの?


みんなが見ている。祝っている。



ペンを取るのを待っている。


ほんの一瞬だけ、ためらいがよぎる。


……でも。


いいじゃない。


どうせ、うまくいく。


わたしは名前を書いた。


さらさらと、迷いなく。


「やったな、カール!」


誰かが言う。


カールが笑う。


「ありがとう」


その横顔を見ながら、わたしは胸の奥でつぶやいた。


やったわ。


わたしは、薬屋で終わる女じゃないのよ。




馬車で一日。


揺れが続く中で、景色がどんどん変わっていく。


見慣れた町は遠くなり、知らない道が続く。


それでも、不安はなかった。


これから先のほうが、きっといいに決まっている。


時折、わたしに笑いかけるカールの顔がそう言っていた。




◇◆◇◆◇


外が暗くなったころ、馬車は一軒の宿屋の前で止まった。


灯りがたくさん、灯っている。派手な装飾の木の扉。


なにかの香料が匂う。


「いらっしゃい」


中に入ると、低い声が迎えた。


カウンターの奥にいる男が、じっとこちらを見る。


「おや、この娘」


その視線に、少しだけ違和感を覚えた。


「いいだろう」


カールが軽く答える。


ロビーの隅に立っていた男が、すっと近づいてきた。


「え?」


腕をつかまれる。


強い。思ったより、ずっと強い力。


「ちょっと――」


言い終わる前に、体が引かれる。


足が床を滑る。


「なにするの? カール」



カールは、動かない。


それどころか――


笑っていた。


「さよなら。マリア。がんばりな」


最高の笑顔だった。


その笑顔の意味が、わからないまま、


わたしは奥の部屋へ引きずられていった。



それが、わたしという「商品」を売り払った男の、満足げな商談成立の笑顔なのだと気づいた時には、もう遅すぎた。


いつも読んでいただきありがとうございます!


誤字、脱字を教えていただくのもありがとうございます。

とても助かっております。

楽しんでいただけましたら、ブックマーク・★★★★★をよろしくお願いします。

それからもう一つ、ページの下部にあります、「ポイントを入れて作者を応援しよう」より、ポイントを入れていただけると嬉しいです。


どうぞよろしくお願いいたします。



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