24 マリア家を出される
一日は、水汲みから始まる。
台所と作業場の水がめを満たす。それが仕事。
でも、いつも間に合わない。
重い桶を持ち上げるたびに、腕が震える。
こんなの、無理だってわかるのに、そう思うのに、誰も代わってくれない。
「また遅いの?」と姉が言う。
その声は、ため息まじりで、少しだけ冷たい。
「ちゃんとやってるわよ」とわたしが返す。
でも、声は弱くなる。
結局、姉と義兄が手伝うことになる。
義兄は前は冷たかったのに、弱弱しいわたしを見かねたのか、最近は何も言わずに桶を持ってくれる。
――やっぱり、わたしのことを見てるのね。
ふとした瞬間に目が合う。あちらが何か言いたげに口を開きかけると、決まって母が邪魔をする。芋の皮をむけ、野菜を洗え……
母も姉も、わたしと義兄が仲良くなるのが怖いのよ。
祖母たちが言っていた通り。わたしは可愛いから、みんな妬んでいるんだわ。
わたしはうつむきがちにお礼を言う。だってきちんとお礼を言うと姉がうるさいから。
掃除もする。
でも、姉は必ず文句を言う。
「まだ汚いわね」
「ここ、見えてないの?」
細かい。ほんとに細かい。
……やっぱり妬んでるのよ。
祖母たちも言っていた。
マリアはかわいいから、姉は妬むって。
だから気にしない。
そう思っているのに、胸の奥がざらつく。
ある日、姉と母が話を持ってきた。
「マリアは親戚の家で見習いをするの」
「見習いは出来るわよ。講習を受けているもの」と姉が言う。
当然のように言う。
わたしは助けを求めようと義兄を見るが、目が合わなかった。
義兄は姉に頭があがらない。こんな頼りにならない男はいらない。
ここにいても、どうせ居場所はない。
カバンひとつ持って、乗り合い馬車に乗る。
揺れる車内で、ぼんやりと考える。
ここを出れば、変わるかもしれない。
誰にも邪魔されずに、ちゃんと評価されて。
ちゃんと、上に行ける。
そうよ。わたしは出来る。
出来るんだから。
親戚の家は思ったより、大きかった。
親戚の名前はアンドレ。相変わらずもっさりしている。
「マリアだね。見習いがんばってね」とアンドレが言った。
やさしい声。
わたしはにっこり笑った。
「はい、がんばります」
笑顔は得意だ。
誰だって安心する顔を、わたしは知っている。
ここなら、うまくやれる。
ちゃんとやれば、認められる。
……いいえ。
ちゃんとやるだけじゃ足りない。
勝たないと。
わたしは胸の奥で、小さくつぶやいた。
負けない、絶対に。
よく知らなかったけど、親戚の家は手広くやっていた。
薬師も二人置いていた。ビルとトーマス。だから、主人である親戚が手伝いに来れたのだ。
「二人は君を普通に見習いだと思っている。だから真面目にやってね。真面目にやれば管理局にも話ができるから」
わかったわ。健気にがんばる姿を見せればいいのね。
翌日は早起きして水汲みをしようとしたら、ビルがすでに始めていた。
「交代でやってるんだよ。君は毎日手伝いに来てね」
「はい」
わたしは、健気に水を運んだ。
次の日は、トーマスと一緒だった。トーマスはすごく顔がきれい。
「おはよう。マリア。朝いちばんで君と会えるなんて楽しみができたよ」
「まぁ」
控えめに答えた。余計なことは言わない。
「可愛いね……まぁ力仕事は僕がやるから、君はみててね」
「でも」
「いいってことよ」
「ありがとう」
短く控えめに小声で言った。
わたしは、すぐに店に馴染んだ。食事や洗濯をしてくれるデイビーの手伝いをして、アンドレ、ビル、トーマスの情報を得た。
なんといってもアンドレはもっさりした外見に会わず、手広く商売をやっていて、お金持ち。
ビルはどうも、いいとこの坊ちゃんらしいが、よくわからないらしい。
トーマスはあのきれいな顔立ちで女性に人気だそうだ。
やっぱりお金は大事だから、アンドレでいこうかな。
「次の休み、町を案内するよ、三人で出かけよう」
わたしたちは三人で町を歩いた。
のんびりした町で、素敵なカフェでお茶をして、露店の髪飾りを記念に買ってもらった。
安物だけど、きれいだった。
ある日、立派な馬車が店に来た。
「おぉ、カール。いらっしゃい」とトーマスが迎えてすぐに奥に声をかけた。
「アンドレ。カールだ」
奥から急いで出てきたアンドレは
「おぉ、よく来た」と軽く抱き合い、
「その様子だとうまく行ったようだな」
「あぁ、もちろんだ」
カールはアンドレと一緒に奥へ行った。
わたしはデイビーの手伝いをしながら、カールのことを聞いた。
もう、アンドレとは長い付き合いで、国じゅうを回って商売をしているらしい。
「奥さんをもらって本店をまかせる」が口癖らしい。
その日の夕食はいつもより、品数が多かった。
わたしが皮むきを手伝った芋のフライ。わたしが洗った野菜。わたしが盛り付ける皿を出した肉のロースト。わたしがリクエストしたデザートのプリンと料理が紹介されていった。
「つまり、デイビーは料理が上手なんですね」
カールは笑った。
「マリア、あなたが食卓にいる。それだけで充分です。その上、芋の皮が剥ける。素晴らしい」
この言葉で全員が笑った。
「こんなに笑ったのはひさしぶりです」
「いやぁマリアさん。わたしもですよ。急いで用事をすませてまた来ましょう」
「え? どうしたんだ。カール」
とアンドレがカールを笑って見ていた。
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