19 薬を作る
3月17日 免許に関して補足しました。
薬師管理組合の会議室は、しんと静まり返っていた。
さっきまでざわついていた空気が、いまは重たい石のように動かない。
わたしは椅子に座ったまま、机の木目をぼんやりと見つめていた。
ついさっきまで、この机の向こう側でわたしは疑われていたのだ。
胸の奥に、じんわりとした疲れが残っている。
そのとき、ジェフ様が立ち上がった。
「……ダイアナさん」
静かで、よく通る声だった。
わたしは顔を上げる。
ジェフ様は、深くではないが、確かに頭を下げた。
「ダイアナさんには最大の謝罪をいたします」
その言葉に、部屋の空気がわずかに揺れた。
「訴えをそのまま受け取り、証拠をきちんと調べませんでした」
そして、ゆっくりと言葉を置く。
「わたしの責任です」
マリアの姉が慌てたように口を開いた。
「わたしからも謝らせてください。妹が、とんでもないことをして……」
その瞬間、祖母たちが怒鳴った。
「何を言ってるんだい!」
「マリアが悪いわけないだろ!」
会議室がまたざわつく。
そのざわめきを断ち切るように、管理局の役人が一歩前に出た。
書類を胸に抱え、緊張した面持ちでわたしを見る。
「……ダイアナさん」
部屋が静まった。
「管理局として、正式に申し上げます。
先日発行した、「薬師免許取り消し処分」は、調査不備による誤りでした」
わたしの胸が、かすかに震えた。
役人は深く頭を下げる。
「本日をもって処分を撤回し、免許は完全に有効であると確認いたします。
また、名誉を傷つけたことを、心よりお詫び申し上げます」
その言葉が落ちた瞬間、
マリアの祖母が、椅子をきしませて立ち上がった。
「ちょ、ちょっと待ってください」
声は震えていた。
怒りなのか、動揺なのか、判別がつかない。
「どういうことですか? マリアが嘘をついたって言うのかい? あの子は、そんな子じゃないよ!」
祖母の声は強かった。
役人は頭を下げたまま答える。
「マリアさんの問題はまた別です。マリアさんの証言の調査を怠ったのは、我々管理局の落ち度です」
その言葉は、静かに、しかし確かに会議室に落ちた。
わたしはしばらく何も言えなかった。
言いたいことは、山ほどある。
免許を破られた日のこと。
祖母の前で泣いた夜。
村で泥棒呼ばわりされたこと。
どれも胸の奥にまだ刺さっている。
でも――。
王都では、咳の病が広がっている。
今も、誰かが苦しんでいる。
わたしは息を整え、口を開いた。
「言いたいことは、たくさんあります」
部屋が静まり返る。
「でも」
ひとつ息を吸う。
「咳で苦しんでいる人がいます」
わたしは机を見つめたまま言った。
「だから、今はこれ以上言いません」
沈黙が落ちる。
その沈黙は、さっきまでのものとは違っていた。
やがて、ジェフ様が口を開く。
「もしよければ、提案があります」
わたしは顔を上げる。
「ポイード薬局の設備を使ってもらえないでしょうか」
部屋の何人かが息をのむ。
ジェフ様は続けた。
「売るのはギルドでかまいません。ですが、薬は必要です」
王都の咳――。
たしかに、薬が足りていない。
わたしはホースシューのリーダーを見る。
リーダーは腕を組んだまま、しばらく考え、
「……いいんじゃないか」
と、ゆっくりうなずいた。
その仕草を見て、わたしは小さく息を吐いた。
「わかりました」
ジェフ様の目が、ほんの少しだけやわらぐ。
「ありがとうございます」
わたしは立ち上がる。
リーダーも立ち、ジェフ様も椅子を引いた。
会議室の空気が、ようやく動き出した気がした。
扉に向かって歩きながら思う。
免許は破られた。
でも、わたしの手は残っている。
薬草も。
祖母の知恵も。
扉を開けると、廊下の向こうから咳の声が聞こえた。
ごほっ、ごほっ。
王都の病は、まだ終わっていない。
わたしは足を止めずに歩いた。
やるべきことは、もう決まっている。
薬を作る。
ただ、それだけだ。
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