暇つぶし
タイタンからトラピスト1eまでは、約四十光年ある。
しかし、宇宙船はたったの三日で到着した。
八年かけてタイタンまで来た山下としては、若干納得がいかなかった
ここで普通なら山下とウィはお互いの星のことを教えあうべきはずだったが、二人(三人?)は山下が持っていたオセロに熱中していた。
そのため、トラピスト1eは我々の予想通り潮汐固定されていること。
そのため、一定の感覚で鳴く鳥の周期を一時間と設定していること。
今は3211時間24分なこと。
人工的に天環と呼ばれる環っかを惑星の周りにぐるっと一周作ったこと。
山下はこれくらいの予備知識でトラピスト1eに降り立つこととなった。
「おかえりなさいませ、ウィさま」
宇宙船を降りると、どこからともなく声が聞こえた。
「人工知能といったところか」
「そうよ。天環の管理AI」
「やけに静かだな」
山下は周囲を見回した。
「人の気配がまるでない」
「気配があったら嬉しいけどね」
ウィは言った。
「残念ながら、今ここにいるのはウィと山下だけ」
「ウィってそんなに特別なのか?」
「まあ、そりゃそうよ」
ウィは胸を張る。
「頭がいいし」
「うん」
「なによりかわいい」
ウィはさらに胸を張って言った。
「……」
「何よ」
「いや、何でもない」
「そう」
ウィは天環の窓へ歩いていった。
「もともとここには、ウィと同じくらいかわいい双子が三十人、科学チームを編成して宇宙研究を行っていたわ」
「三十人?」
「でも、六十年前にみんな派遣された」
「帰ってきたの?」
「まだ」
「一人も?」
「一人も」
山下は窓の外を見た。
巨大な環状都市。
その下には、地上の街が広がっている。
「あれが地上?」
「そう」
「ずいぶん暗いな」
「こんなに世界はカラフルなのにね」
「…?」
「人々は科学チームが人工的に作った施設で、なんとか生活しているわ」
「食料は?」
「少ない」
「旅行は?」
「できない」
「生活は?」
「楽じゃない」
ウィは少し笑った。
「旅行好きの生物なのに、旅行できないのよ」
窓の外に、巨大な塔が立っている。
「あれはなんだ?」
「あれ?」
ウィが塔を見る。
「あれは暇つぶしの塔だよ」
「暇つぶし?」
「電波塔とか、何かの象徴とかじゃないのか?」
「なら、暇つぶしの象徴ね」
ウィは言った。
「あれは大昔に建てられたもの」
________________________________________
約四千五百年前
独裁政治による荒い統治を行ったドンポラから、ルンスルへ政権が移った。
そして、非常に安定した社会が成立した。
安定した社会。
つまり、人々は暇になった。
そこで人々は、暇つぶしのために巨大な塔を建てることにした。
特に理由はない。
ただ、高くて大きいものを作ることにした。
ところが後世の人々は、そんな大層なものを建てるからには、きっと大層な理由があるに違いないと思った。
宗教。
政治。
宇宙との交信。
古代文明の象徴。
人々は何百年も研究した。
そして六百年前。
キァキパという人物が亡くなり、家の取り壊し工事が行われた。
すると居間の床下から、一冊の書物が見つかった。
そこにはこう書かれていた。
――あの塔は暇つぶしで建てたものだ。
それだけだった。
「そこから私たちは、暇つぶしを大層な理由とすることにしたの」
ウィは説明した。
「現代の労働基準法には、暇つぶしで石を天環まで積み上げる『積み石休暇』があるわ」
「そんな休暇が?」
「あるわ」
「他には?」
「暇つぶしでお金を手放したくなった人のための『社会主義休暇』」
「それはもう何の休暇なのか分からないな」
「暇つぶしの塔を暇つぶしで登る『暇つぶし塔登攀休暇』もあるわ」
「暇つぶしがゲシュタルト崩壊してきた」
「とにかく、暇つぶしなら誰も文句を言えない」
「なるほど」
「逆に、暇つぶしで生涯死んだように働いた者もいたわ」
「それは暇つぶしなのか?」
「そして我々は、暇つぶしで領土の奪い合いを始めた」
山下は黙った。
「勝負事はいちばんの暇つぶしだからね」
「……それで、この始末か」
「そう」
ウィは窓の外を見た。
「私たち1e人は、生産性のないことを正義としてきた」
「それ自体は悪くないと思うけど」
「私もそう思うわ」
ウィは答えた。
「でも、争いは生産性がないどころかマイナスだった」
「……」
「だからウィだけでも、プラスのことをしなくちゃならない」
「また生産性のなさを肯定する社会を復活させたいの」
ウィは地上を見下ろした。
「みんな自分の暇つぶしに夢中だったあの頃に戻りたい。」
その声は、少し寂しかった。
「今は社会全体が自己嫌悪状態よ」
「……」
「自分たちだけならまだしも、多くの動物を絶滅させた」
ウィは山下を見る。
「恥ずかしいわね。地球人にこんなことを話すのは」
そして、
「どうぞ憐れむなり、嘲笑するなり、爆笑するなりしてちょうだい」
と言った。
「いや」
山下は首を振った。
「僕達もする」
「へ?」
「戦争」
山下は言った。
「僕らもするよ」
「……」
「そして僕らの星も、僕らのせいで刻一刻と終わりが迫ってる」
ウィはしばらく黙っていた。
「そっか」
そして、小さく口を開けた。
「やっぱり家族ね」




