第七話、静かな人の不器用な誘い
第七話です。
静かな再会から、少しだけ二人の距離が変わっていきます。
今回は、蒼汰の真面目さと少しズレた誠実さが出る回です。
――
何を言われたのか理解できなかった。
理屈も打算もなさそうな、あまりに真っ直ぐな誘い。
驚きはあったけれど、嫌な感じは不思議なほどしなかった。それが正直な感想だった。
彼自身も、言ったあとでわずかに戸惑っているように見えた。
あんなに静かで揺るがなかったはずの人が、耳の付け根を少しだけ赤くして、手持ち無沙汰にグラスを弄んでいる。
場の流れでもなく勢いでもなく、ただ言葉だけが先に出てしまったのだと何となく分かる。
――断る理由を探すけれども、浮かばない。
行く理由も、行かない理由も同じくらい曖昧だった。
そのまま、視線がわずかに揺れる。
――それでも。
断っても引き止められないだろう、という彼らしい静かな「誠実さ」だけは何となく分かった。
だからこそ少しだけ可笑しかった。
同時に、少しだけ困った。
「……いいですよ」
自分でも驚くほど、素直な声が出た。
どこかの席で、グラスをテーブルに置いた軽やかな音が響いた。
――
彼女から返事がかえってきた瞬間、どういう意図なのかを測りかねた。
「いいですよ」という言葉が、脳内で何度も反響する。
「その日、特に予定もないので」
彼女は顔を上げて、少しだけ照れたように笑った。
「映画、あまり詳しくないですけど、今井さんと一緒なら行ってみたいです」
「ありがとうございます」
抑揚を抑えた声で、軽く息を吐きながら手短に彼女に答えた。
――場の雰囲気が悪くなるという最悪の事態は何とか回避できたが……しかし、問題は映画の内容だ。
史実の戦いを題材にした二部構成の作品。
しかも、彼女と二人で観に行こうとしてるのは第二部。
どう考えても、あの映画は初見には厳しい。
登場人物は多い、関係性も複雑だ。前提を知らなければ、ただの戦いの連続にしか見えないかもしれない。
だからといって、同時間帯で上映してる他のラインナップもアニメやサスペンスなどで初見の人には優しいとは言い難い。
――なぜ、これを選んだ。
思考が遅れて追いつく。
選択としては完全に失敗している。
「……あの」
彼女が、少しだけ不安そうに口を開く。
「その映画って、難しいですか?」
――やはり、そこに来るか。
その瞬間に選択肢が並ぶ。
ごまかすか。別の映画に変えるか。
「いえ、大丈夫です」
結論を出す前に、即答していた。
「隣で解説しますので、安心してください」
迷いはなかった。理解できない要素があるならば補えばいい。それだけの話だ。
それが“普通ではない”という認識はあるが何もしないよりかはいい。
彼女が、まじまじとこちらを見る。
呆れているのか、それとも新手の冗談だと思われているのか。
――ああ、これは少し違うな。
いや、少しどころの話じゃない……。
数秒の沈黙の後、
「……映画、ですよね?」
確認するように、小さな声が返ってきた。
「はい」
「……上映中に解説、するんですか?」
一瞬、言葉に詰まる。上映中の私語が厳禁であることくらい、子供でも知っている。
それでも、彼女に「わからない」という疎外感を味わわせたくないという一心だった。
「必要であれば、要点だけ簡潔に」
至極真面目に、改善案を提示する。
彼女は数秒こちらを見たあと――
小さく、吹き出した。
「……真面目ですね」
馬鹿にするような響きではなかった。困ったようで、それでも少しだけ楽しそうだった。
「でも、それだと映画に集中できないと思いますよ」
「……いえ、終わったあとに補足します」
すかさず軌道修正をすると彼女は、くすっと笑った。
「それなら、安心です」
その笑い方が、あの夕暮れと重なる。
噛み合ってはいないけれど、外れてもいない。
グラスの氷がカランと音を立てる。
その微かな音と振動と共にようやく肩から余計な力が抜けていった。
ここまで読んでくださり、ありがとうございます。
m(_ _)m
今回は、映画に誘う場面でした。
静かな空気の中で少しずつ近づいている二人ですが、蒼汰の不器用さも少しずつ出てきます。
本作は完結まで作成済みです。
ここまでは静かな恋愛として進んできましたが、物語の後半からクライマックスにかけては、
「今までの静けさは何だったのか」と思うような展開も待っています。
引き続き、蒼汰と結衣の選ぶ“最適解ではない答え”を見届けていただけると嬉しいです。




