第二話、世界に二人だけ
第二話をアップしました。
冒頭から変わらず静かなストーリー進行ですが、今回は結衣の心象にフォーカスした展開です。
「わかりました」
それ以上の言葉は足さなかった。
送迎バスの扉が静かに閉まり、外の夕焼けが一瞬だけ切り取られる。
クラッチを繋ぐタイミングを、ほんのわずかに遅らせる。
急がなくても間に合うので、慌てる必要はない。
後方で手すりに掴まる気配がひとつ。
それを確認してから、ゆっくりとアクセルを踏み込んで揺れはほとんど出ないよう調整する。
――
息を整える。
急いで来たわりには、声は思っていたよりも普通に出た。
呼吸も思ったほど乱れていない。少なくとも外から見れば。
運転席の男は、こちらを見なかった。
ただ一言、「わかりました」とだけ返す。
――今井蒼汰。
休憩室の隅で、いつも静かに本を読んでいる人。
名札で名前だけは知っている。
誰かと群れるでもなく、かといって周囲を拒絶しているわけでもなく、ただそこにいる感じが不思議と印象に残っていた。
座席に腰を下ろす。
背中を預けると、ようやく身体の内側の感覚が戻ってくる。少しだけ鼓動が速かった。
発車してから整えればいい。
その間に、バスは動き出すはずだった。
——あれ?動かない。
ほんの数秒のはずなのに妙に長く感じる。
遅れているわけでも迷っているわけでもない。
待ってくれている。
――
車体がゆっくりと動き出す。
人気の疎らな構内を抜けながら、バックミラー越しに彼女を見る。
窓の外に視線を向けたまま、何かを考えているようにも見えたが確信は持てない。
夕陽に染まった空がその横顔を淡く照らしていた。
車内には二人きりだった。
ラジオはつけているが、周波数は合っていない。
ノイズが、かすかに揺れている。
合わせればいい。
だが、合わせる必要もない。
沈黙は、無理に埋めるほどのものではなかった。
なにか言うべきか。
一瞬だけそう思ってやめた。
——壊す必要はない。
そういう時間だった。
信号待ちでバスが止まる。
ふと、バックミラー越しに視線が合った。
彼女は少しだけ驚いたように目を瞬かせてから、ほんのわずかに笑った。
「……静かですね」
それが、最初の言葉だった。
「この時間帯は、あまり乗る人がいないので」
事務的に返したつもりだった。
それでも、自分の声がわずかに柔らかくなっていることに遅れて気づく。
彼女はその返答に小さく頷いてから、また窓の外を見る。
「なんだか、世界に二人だけみたいですね」
その言い方には、冗談めいた軽さがあったけれど、ただの冗談として受け流すには、少しだけ静かすぎた。
そんなことあるわけがない。
街は動いているし、人もいる。
ただ、この車内だけが切り取られているだけだ。
「……そうかもしれませんね」
それでも——
それを否定する理由も特にはなかった。
――
冗談のつもりだった。
気を遣われているのは分かる。
でも、それはいつも少しだけ遠い場所からだった。
気にかけてくれる。
優しくもしてくれる。
それでも、同じ場所に立っている感じがしない。
ほんの少しだけ、立ち位置がずれている。
――だから嫌だった。
そういう優しさを受け取るたびに、自分が一段下に置かれる気がした。
それなら、いっそ何もいらない……。
そう思っていた。
なのにこの人は、何も言わないまま同じ位置に合わせてくれる。
深くならないように、そういう言い方を選んだはずだったのに……。
彼は否定も肯定もしなかった。
ただ、そのまま受け止めてくれた。
それでいいと思ってしまった。
――
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