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第十七話、もう少しだけ一緒にいていいですか

第十六話です。


前回、結衣が零した「時間が止まってくれたら」という言葉。

今回は、その言葉を蒼汰がどう受け止めるのかを描きます。


否定せず、解釈しすぎず、ただそのまま受け取る。

普段の何気ない会話の場面でも、そこに自分の解釈や判断基準を挟んでしまうと、主旨から逸脱したり言葉の意味が変質してしまうというシーンはよくあるのかなと思います。


そんな二人の静かな時間です。

 視線は、皿の上に落ちたままだった。その言葉は、こちらに何かを求めているようには聞こえなかった。

 ただ、彼女の心の奥にずっと置かれていた大切なものが、不意にこぼれ落ちてしまったような、そんな響きがあった。 

「……時間が止まってほしい、ですか」

 途切れたことを確認してから、彼女が差し出した言葉を、壊さないようにそのままそっと繰り返した。


 そして、彼女は小さく頷いた。

「はい。……たぶん、そう思えたの、あのときが初めてでした」

 そこで初めて、伏せられていた彼女の視線が行き先を求めてわずかに揺れた。

「そうですか」

 何も返さないままにするには、彼女の言葉はあまりに純粋で、温かかった。

 その事実だけが、胸の奥に静かに溜まっていった。 

「……それは、悪くないですね」

 ――だから、

 評価や解釈を抜きして、今の彼女の言葉を自分自身の感覚としてそのまま肯定した。


 ―――

 否定されない。それだけのことなのに思っていたよりも深く落ちてくる。

「それは間違っている」とも、「考えが甘い」とも、彼は言わなかった。

 歪んだ私の輪郭を、彼が信じる正しい形に直そうとする無遠慮な指先も、ここにはない。


 ――それが、こんなに楽だとは思っていなかった。

 肺の奥に溜まっていた熱い空気を、ゆっくりと吐き出す。強張っていた指先から、重力に身を任せるようにして、少しずつ力が抜けていく。


 ――何かが劇的に解決したわけではない。

 明日になれば、また同じ不安や痛みが私を待っているのかもしれない。

 けれど、今は不思議と、この足でどこまでも歩いていけそうな予感に満たされている。


 張り詰めていた境界線が溶けて、周りの景色と自分の呼吸が、少しずつ混ざり合っていくのがわかる。

 ―――

 

 置かれたグラスの水面が、わずかに揺れる。

 彼女は驚いたようには見えなかった。ただ、強張っていた肩の力が、ほんの少しだけ抜けたように見えた。 

 彼女はもう一度スープを口に運んだ。その動きは、さっきよりもずっと自然で淀みがなかった。

 

 会話は、また別の話題へと移っていく。

 先刻の言葉に立ち返ることはなかったが、戻らなくとも、すでに十分すぎるほどに足りていた。


 食事を済ませて店を出ると、外の空気はさっきよりもわずかに冷えていた。

 時間は確実に進んでいるはずなのに、どこかでさっきまでの温度が残っている気がした。


 どちらからともなく並んで歩き出し、少しの沈黙が流れたあと、彼女は前を向いたまま静かに口を開いた。

「……もう少しだけ、一緒にいてもいいですか」

「大丈夫ですよ」

 短く応じると、彼女の歩幅がわずかに緩んだ気がした。

ここまで読んでくださり、ありがとうございます。


今回は、結衣の「時間が止まってほしい」という言葉を、蒼汰がそのまま受け止める回でした。


何かを解決するわけでもなく、慰めるわけでもなく、正しい形に直すわけでもない。

ただ、「それは悪くないですね」と肯定する。

この夕食時での二人の会話は、結衣の祈りにも似た願いにたいして蒼汰が「受容」と「共感」の姿勢で優しく受け止めるということを意識して描写してみました。


結衣にとっては、その否定されずにそのまま受け止めてくれる感覚が大きな救いになっています。


二人の関係は、だいぶん縮まってはきてますが、まだはっきりとした名前を持っていません。

けれど、結衣の「もう少しだけ、一緒にいてもいいですか」という言葉によって、この一日はもう少しだけ続いていきます。


次回は、夕食後のショッピングフロアへ進みます。

引き続き読んでいただけると嬉しいです。

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