90
「スネークマンについてはまだ姿を隠しておいてもらいたい。スネークマンの売人については調査中だ。何か分かったらすぐに報告しよう。それまでは君の家で預かっておいてくれ。彼女は君への忠誠心があり、君の役にたつはずだ。……この男も君にとって有害ではないことは分かった……が、犬に戻しておいてくれ。彼は君の家の外に繋げておくだけでいい」
王子はクリフに対して容赦ない。
クリフは眉間に皺を寄せて「おいてめぇ」と荒々しい声で突っかかろうとするが、王子は「また二人とはじっくりと話し合いたい」とその一言で一蹴してしまう。
…………王子の方が上手だ。
てか、スネークマンの売人についてもう調査してるんだ。…………まって、そこまで今回のことを色々とレイから聞いているのなら、私の話もされてるの?
私はふとそんな疑問が脳裏に過った。
王子は扉の近くで立ち止まり、私の方へと最後に視線を向ける。
「最後に一つだけいいかい?」
「はい……?」
「君は世界を救いたいかい?」
「いえ」
「そうか、それが聞けて良かった」
良かった……?
王子はフッと笑みを浮かべた。私が世界を救いたくないことを喜んでいる表情だ。
…………あ、そうか。きっとレイから聞いたんだ。私が世界を救えば死ぬってこと。……けど、もしそれなら、この世界よりも私の方が大切ってこと?
もう、頭の中がぐちゃぐちゃだよ!
脳内の情報処理機能が仕事をしていない。突然距離を縮めてくる王子のせいで故障しちゃった。
王子がこの部屋を出ていく前に「ただ」と声を発する。私の声に反応して、王子は足を止めた。
「戦い続けます」
「なぜ?」
「……私以外、世界を救えないから」
私の確かな声がこの部屋に響いた。私はじっと赤い瞳を見据えていた。
言っていることが矛盾しているのは自分でも分かっている。
どれだけお気楽に生きていても、「聖女」という運命からは逃げられない。どうせ変わらない残酷な運命なら、何にも怯えずに生きていたい。
生きる目的とかなんのために戦うとかどうでもいい。どれだけ考えたって分からない。自分の人生に意味を与えなくたって、私には聖女という生き方があるから、それでいい。
私の人生のタイトルは「無題」にしとこう。きっと、私の死後に誰かが名を付けてくれる。
「殿下……」
動かない王子にセスが小さな声で急ぐように促す。「あ、ああ」と曖昧な返事をしながら、王子はこの場を去った。
……あっという間だった。
なんだか現実じゃないみたい。高貴な身分でない私が、まさか王子の口から「守る」って言われるなんて……。
いや、高貴とか以前に私ってこの国で最強じゃん。守られる対象になることなんて絶対にないと思っていた。……どうも調子が狂う。
私の精神のためにも、王子が誰かに脅されて言わされた、と解釈するのが一番いいかも。
変な期待をしないですむもんね! 勘違い女にはなりたくないもんね!
王子が去った後の部屋で私が百面相していると、「お前って本当に顔に出やすいよな」と、ずっとこちらを見ていたクリフに言われた。
ああ、そうだった。王子が去っても彼らはいるんだった。
意識が王子に向きすぎていたせいで、王子以外をすっかり脳から消し去っていた。
「なんか失礼なこと考えてるだろ。あからさまに、ハッって顔しただろ。俺が声を掛けて初めて、俺らの存在を思い出した」
「忘れているわけないじゃん!!」
もちろん、忘れていた。




