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レイの口から発されたその想定外の言葉に、私は思わず顎が外れるほど大きな口を開いてしまった。
……は? 私が王子を狙ってる?
「いや、そんなわけないか。殿下の婚約者がどんな人か知らない時点で、殿下に興味ないのは確定だもんな」
私が何かを言う前にレイが独り言のようにそう言った。
その通りだよ。もし私が王子を狙っていたら、王子の婚約者の素性をくまなく調べてるもん。
「殿下の婚約者はいない」
「いない……?」
「ああ。婚約者候補なら大勢いるけどな」
まさか「婚約者がいない」と返ってくるとは思わなかった……。王子って十九歳だよね? そろそろ結婚する年齢だよね? 相手がいなきゃ結婚ってできないよね?
混乱で脳が馬鹿になる。
「えっと……、王族で婚約者っていなくてもいいんだっけ?」
質問も馬鹿になる。
レイが「そんなわけないだろ」と即答して、話を続けた。
「貴族や王族はそれで困ってんだよ。殿下に早く婚約者を見つけてくれって毎日大騒ぎだ。……けど、殿下が婚約者を決める気配は一向にない」
「なんで?」
「なんでって、お前本当に何も知らないんだな。殿下は極度の女嫌いだぞ」
「……オンナギライ」
さっきからどんどん私の知能が下がっている。ほとんどオウム返ししかしていない。
戦場にしか顔を出していないせいで、世のゴシップ系にはめっきり疎い。…………ジェフリーなら知っているかも。単に私が国民から嫌われすぎていて、誰も私と世間話をしないだけかも。
え、ツラッ。結構シビアな現実を突きつけられてる。全く聖女にとって生きづらい世界だよ……。
私は小さな声で「憎き運命だ」と呟く。その言葉にレイは眉をひそめた。
「なんの話だ?」
「いや、こっちの話。……それで、王子の女嫌いには何か原因があるの?」
初めて王子と会った時に、「この人は女嫌いなんだなぁ」なんて一切思わなかった。敵意や嫌悪を向けられることなく普通に会話してた。戦地に出ることが多い私が気付かないほどだ。よっぽど感情を内に隠すのが上手いか、それとも私を“女”と認識していないか。
……多分後者。この見た目だもん、しょうがない。
「下心むき出して近づいて来る女を毛嫌いしているだけだろうな」
「そんな令嬢ばっかりでもないでしょ。賢くて気高い美しい女性も中にはいるんじゃない?」
「その女性が殿下の心を奪えるかはまた話が別だろ?」
「一国の王子が恋愛結婚できるとは思わないけど……」
私の言葉にレイは「まあな」と軽く笑みを浮かべた。
辛辣かもしれないけど、それが事実だもん。貴族の世界なんてほとんどが政略結婚でしょ。
「そういうお前は気になる男とかいないのか?」
「……私!?」
まさかこの話を私にふられるとは思わなかった。びっくりして大きな声出ちゃった。
隣でウトウトしていたクリフがビクッとモフモフの身体を震わせる。ああ、ごめんクリフ。
本来なら絶対に魔族相手に謝ることなんてないのに、見た目がモフモフって理由だけでこうも態度が変わってしまう。モフモフ恐るべし。
「どうなんだ?」
レイは私を見据えて、再びそう聞いた。
「…………いない」
私は随分間を空けてそう答えた。
これまでの人生で、恋だの愛だのしている暇なんてなかった。そんなことを考えたことすらもなかった。
私の居場所は戦場。そこで輝く女なんて、男からしたら願い下げだろう。「守ってあげたくなる女」の方がいいに決まってる。
ちぇッ、これも聖女の呪いだ。
「二十二年間恋愛歴ゼロ?」
改めて言葉に出されるとなんかグサッとくるね……。
私はどこか遠くを眺めながら「そういうことになるね~~」と返した。それ以上、レイは何も言ってこなかった。踏み込んではいけない、と気を遣われることによって余計に気まずくなった。私も逆に「レイはどうなの?」なんて聞くこともなかった。
それ以降、特に弾んだ会話もないまま私たちは王都へと戻った。




