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そして、柔らかな口調で話し始めた。
「老いを奪われることほど、酷なことはない。老いることは美しい。多くの人はは老いることを嫌い、怖がる。……だが、この皺一つとっても、昨日突然できたものではない。何十年も笑い、悩み、怒り、泣き、それでも今日まで生きてきた。その時間が少しずつ身体に刻まれてできたものじゃ。髪が白くなることも、皺が増えることも、曲がった背中も全て、長い歳月を懸命に生き抜いた者だけが持てる、誇るべき証じゃ。それを奪われるということは、……生きた証を、身体に刻むことを許されないということじゃ」
老いることは美しい。……そうなのかも。
老いないことに対しての怒りはそこまで抱いていなかった。勝手に生き返らせて、また死ぬ、という運命を与えられたことの方に腹が立った。
私は老人の皺だらけの節の太くなった手へと視線を向けた。
長年、本を扱ってきたんだろう。
長年ペンを握ってできた硬い跡が残っており、爪の際や指先には落としきれなかったインクが薄く染みついていた。
彼が今日まで積み重ねてきた人生の歴史そのものが刻まれている。
……ただのファンキーな老人じゃなかった。
「かっこいい手ですね」
私は顔を上げて、敬意を込めてモリスにそう言った。モリスはどこか嬉しそうに微笑んだ。
「……お主は不憫じゃな。並大抵ではない苦難を乗り越えてきたのだろう。だが、その若さの見た目のせいで誰もお主を苦労人だとは思うまい」
「私はそれでいいんです。険しい道を歩んできただなんて思われる顔になりたくないもの」
誰にも期待されなくていい。
私の笑顔にモリスは少し寂しそうな表情を浮かべた。全てを見透かすような灰色の瞳に私は目を逸らす。
聡い人って厄介ね……。
「よく、これまで頑張ってきた」
モリスの静かな声が耳に響く。
私は再びモリスと目を合わせた。その瞳は優しさに覆われていた。
今までの日々を全て肯定してくれるかのような言葉に私はどこか泣きそうになりながらも、心からに笑顔を浮かべた。
最近、涙もろいかもしれない。前までそんなことはなかったのに……。
これが私とモリスの出会いだった。
♢
王家秘蔵書庫での生活は有意義だった。
クリフの上に乗り、王宮まで来る。一日中、書庫の本を読み漁る。そうすると、気付けば日が暮れていた。
国は、クリフの存在を「聖女の使い」ということにしてくれたらしい。この説明で民衆たちのクリフと私に対する視線は少し落ち着いた。……クリフに対する視線だけかも。
クリフは最初は嫌がっていたものの、体を動かすのが良いのか、最近は何も文句を言わず乗せてくれるようになった。私を待っている間は、王宮の庭で寝ているみたい。
私はすっかり王家秘蔵書庫に馴染んだ。
モリス曰く、他にもこの書庫を出入りできる者が数名いるらしいけれど、それぞれの研究に忙しくあまり顔を出さないって。
ここは神聖な場所であり、知識の宝庫だとモリスは言っていた。
彼は、鎖で巻かれている特別な書架についても少しだけ説明してくれた。失われた魔法について記された禁書や表に出ることのなかった戦争の記録などがあるらしい。
すごいよね。めちゃくちゃワクワクするよね。見たいよね。
そんな私の感情が表に出ていたのか、モリスは「お主ならこの結界を壊すことができるだろうが、ダメじゃぞ。決して壊してはならんぞ」と強く念を押された。




