第五十二話
前回、 戦争が激しさを増す中、 アンスによる追い打ちでヴェイテルタはさらに追い詰められる。
しかし、 そこに颯爽と現れたのはバルキス団長率いるリエルデの騎士団であった。
思わぬ援軍のお陰で勢いを取り戻したヴェイテルタは、 再び事態の収拾を急ぐのだった。
・
・
・
『勇者の剣』、 それはこの世界に存在するどの武器も足元に及ばない……正真正銘、 世界最強の武器である。
とは言うものの、 今まで勇者の剣を目にした者は世界のどこにもおらず、 その存在は伝承やおとぎ話などでしかない。
しかし、 アンスの力は『殺した者の記憶を元に武器を複製する能力』。
千年以上生きてきた彼は、 ミドガとは比べ物にならない程の数の人間を殺してきた。
その果てに彼が辿り着いたのは『架空の武器』の再現だった。
数多の人間が持つ『武器の記憶』……それら全てが一点に集まった時、 存在するはずの無い『架空の武器』も現実のモノにしたのだ。
その中で彼が手にした武器の中で最も強力だったのが『勇者の剣』だった……
そして、 勇者の剣の力の一つとして、 絶対的耐久力がある。
つまりどのような剣術や魔法を持ってしても破壊する事がほぼ不可能なのだ。
それはエインの斬撃も例外ではない。
加えて、 所有者の意識外からの攻撃を自動で防ぐことが出来る。
その反応速度はエインに匹敵する。
現時点で判明しているそれらの能力を突破しない限り、 エインの攻撃がアンスに届く事は無い。
「さて……少し趣向を変えましょうか……」
そう言うとアンスは手を合わせ、 両手を広げる。
するとそこから黒い鳥籠のような魔道具が出現した。
そしてその鳥籠はひとりでに開くと……
『……ッ』
エインの視界が暗闇に包まれる。
彼女は辺りを見渡すと、 目の前に見覚えのある人影が現れた。
それは……
「……パパ? 」
見間違うはずが無い、 彼女の前に現れたのは父だった。
何が起きているのか理解が追い付かず固まっていると、 父は徐に口を開く。
『エイン……俺はお前が嫌いだ……』
「……へ? 」
それはエインにとってあまりに衝撃の一言だった。
『今お前が手にしている剣も、 技も、 知恵も、 その帽子も……元は俺のモノだ……与えられた恩を返すどころか、 俺から逃げるように一人旅……いい身分だな……』
……あぁ~……これ幻覚かぁ……
そう、 アンスが出した鳥籠のような魔道具は『その者が一番恐れているモノ』を見せる力を持っている。
通称『へーレルの封籠』と呼ばれる、 歴史に名を遺すほど邪悪な古代の魔道具である。
効果としては扉を開けた瞬間、 対象の意識を鳥籠に閉じ込めて幻覚を見せる、 といった具合だ。
解除するには再び扉を開けるか、 鳥籠自体を破壊するしかない。
加えて意識を奪われ身体の主導権を完全に失う為、 エインの『全ての魔術式を破壊する魔法』も使えない。
つまり、 術中に嵌れば彼女でも解除が不可能だという事だ。
そして、 エインにとって最も恐れる事、 それは死ぬ事でも傷付く事でもない。
父から嫌われる事だった。
……この魔道具は今まで数多の人間の心を殺してきましたが……彼女はどう切り抜けますかねぇ……
アンスは人間を殺す時、 必ずこの魔道具を使う。
人間の心とは脆いモノ、 いくら肉体を鍛え上げ、 強力な武器を手にしたとしても、 トラウマを刺激されれば簡単に壊れてしまう。
『人』と『恐怖』は切っても切り離せないモノ、 克服したと思い込んでも、 本能は決して恐怖を忘れない。
心が壊れた人間は死んだも同然、 止めを刺す事など容易い。
アンスはそうやって数多の敵を屠ってきたのだ。
・
・
・
エインの無意識内で……
しばらく大人しく幻覚の言葉を聞き続けたエイン。
父からの罵詈雑言の嵐に心が押しつぶされて動けなくなってしまっている。
かと思われた……
「……やだなぁ……パパはそんな事は言わないよ……」
そう言うエインの声には静かな怒りが込められており、 その表情に笑顔は無かった。
刃のように鋭く見つめる瞳の奥からは、 今までに無い凄まじい殺意が放たれている。
・
・
・
次の瞬間、 エインの身体が勝手に動き出し、 アンスの周りを飛ぶ魔剣を斬り刻みながら斬りかかってきた。
すると勇者の剣は一瞬反応が遅れ、 間一髪で彼女の攻撃を防ぐ。
……馬鹿な……まさか無意識下で体を動かしたのか……一体何が……それに……
勇者の剣の防御が一瞬遅れた……?
彼女の速度が一瞬、 勇者の剣の反応速度を上回った。
アンスはそんな彼女の急激な変化に驚愕する。
……散々好き勝手言ってくれたよホント……私の嫌がる事を本当に理解してる……
エインにとって父とは、 これ以上に無い程の大切な存在。
何処の誰とも分からぬ自分を助けてくれて、 傍にいてくれた……たった一人の家族。
隠し事はあれど、 決して嘘は付かなかった父。
父がエインに与えたモノ全ては、 彼女にとって嘘偽りの無い『愛情』だった。
そんな父をアンスは侮辱した。
それが何を意味するのか、 彼はすぐに本能から理解した。
エインに対し、 絶対に越えてはならない一線を越えてしまった、 と……
……心を殺してから止めを刺すつもりが……まさか……逆に怒りを誘ってしまったとは……
初めて危機を感じたアンスは咄嗟に勇者の剣を手に取り、 応戦しようとする。
しかし、 それはもう遅過ぎた。
「私、 魔族の事はずっと前から大嫌いだったけど……あなたが初めてかなぁ……」
私をここまで怒らせたのは……
エインがそう呟いたとほぼ同時に、 鳥籠の魔道具が破壊される。
あまりの感情の高ぶりに彼女は無意識下から戻って来たのだ。
彼女の異常な精神力に驚愕しつつ、 アンスは焦って他の武器や魔道具を出して攻撃を仕掛けようとする。
しかし、 瞬きをする間もなくエインは彼の目の前に瞬間移動し、 目にも留まらぬ速さで斬り付けてくる。
勇者の剣を直接手にしながら防御するのがやっとで、 他の武器を出す隙がない。
……異常だ……剣を抜く予備動作も無し……風を切る音すらも出さず、 私の目でも追えない速度で斬り付けるなんて……
人間より遥かに優れた身体能力を持ち、 国を滅ぼす程の力を持つ国崩九魔ですらも反応できない剣速。
勇者の剣が無ければ何度死んでいるか……彼は想像したくもなかった。
このままではマズいと感じたアンスは一度距離を取り、 周囲にいた怪物を彼女に嗾ける。
怪物は何度殺されようとアンスが生きている限り死ぬ事は無い。
それを壁にすれば彼女から逃げるのは可能だろう。
彼は体勢を立て直し、 数多の武器と魔道具で武装しようと試みる。
その時……
「……雨……? 」
街の火を消すように、 ぽつぽつと雨が降り出した。
何事かとアンスは周囲を見渡す。
すると、 そこにはまるで酸でもかけられたかのように雨に打たれて溶けていく怪物達の姿が見えた。
……普通の雨じゃない……これは……魔物を浄化する聖水!
その雨には魔物を浄化する強力な聖水の効果が付与されていたのだ。
魔物を消滅させる程の強力な聖水の雨が自然に降ってくるなどあり得ない。
では、 その雨は一体誰が降らせたのか……
…………
同刻、 大聖堂にて……
「……皆よくやった……お陰で発動まで時間が稼げたよ……」
そう言うエーフィルは聖堂前にて膝を付き、 天に向けて祈りを捧げていた。
その彼女を守ろうと、 聖職者達は大聖堂敷地内に入ろうとする魔物達を退けている。
そして、 祈りを捧げるエーフィルの足元からは神々しく美しい光が溢れ出ており、 その周囲では水滴が浮かんでいる。
雨を降らせたのはエーフィルだったのだ。
『水の始祖』の力は『悪魔を退ける聖水を生み出す力』、 彼女はその力をそのまま継承した奇跡の末裔。
すなわち、 彼女と祈祷の力に掛かれば、 世界にある全ての水は聖水となるのだ。
それで彼女はヴェイテルタ中に聖水の雨を降らせたという訳だ。
ただ、 普通の魔物も自然の理の一つ。
無闇に殺してしまっては生態系のバランスが崩れてしまう。
本来はこんな大規模に力を使うなど以ての外だが、 教団が生み出した魔物を放っておく訳には行かない。
そう考えたエーフィルは今のセフィエンゼの状況と国中にばら撒かれた魔物達を鑑み、 国中の全ての魔物を浄化する事に決めたのだ。
……しばらくは生態系に影響が出るが……止むを得ない……か……
こうして、 ヴェイテルタにいた改造された魔物を含め、 全ての魔物が国から消え去った。
あの人型の怪物も同様に……
そして、 アンスが盾にした怪物達も雨の効果で浄化されて消えてしまった。
次の瞬間、 エインはアンスの目の前に現れ、 斬りかかってきた。
しかし、 勇者の剣は相変わらず凄まじい反応速度で防御する。
それに加えてエインの強さに呼応するように分身し、 彼女に襲い掛かる。
……勇者の剣の力は何も二つだけではないのですよ……そんなに無闇に近付けば……
戦況が急に覆されたとは言え、 アンスの防御は健在だ。
勇者の剣の能力はまだ全て出し切っていない。
それらが発動する前にアンスを討たねば、 戦況がまた変わる。
全てはエインの力に委ねられているのだ。
「……ッ」
分身した勇者の剣が襲い掛かってきた瞬間、 エインはまるで分かっていたかのように攻撃を躱した。
その瞬間も逃さず、 彼女は下から刃を振り上げる。
アンスは手に持っている勇者の剣で防御する。
その時、 彼はエインの剣を見てあることに気付く。
彼女の剣が青い光を放っているのだ。
すると、 勇者の剣とエインの剣が接触したその時、 勇者の剣に僅かな亀裂が入った。
……仮にも勇者の剣とされる代物が……破損した……! ?
以前に、 エインの剣はウルディメントライトなのではとバルキスは推測した。
実際その通りだった……
エインの父は彼女に護身用の武器としてウルディメントライトの剣を渡していた。
伝説ではウルディメントライトは武器に加工すれば『戦神』の魔力が宿り、 持つ者の心に応え、 その者に相応しい力を宿すと言われている。
彼女の剣は今を持って、 その心から湧き上がる怒りに応えたのだ。
その力は、 『勇者の剣』をも穿つ程……
古代の人々が『戦神』の力だと言ったのにも頷ける。
……無名……壱……
アンスの剣に亀裂が入ったのを見たエインは一気に畳みかける。
今までに無い程凄まじい速度の連撃で彼を追い詰めていく。
しかし、 勇者の剣も負けまいと、 連撃を受けて付いた傷をすぐさま回復していく。
もはやこの戦い、 アンスとエインの戦いというよりも、 『勇者の剣』と『エインの剣術』の戦いだ。
……止めちゃダメ……今止まればもう攻撃が届かない……
ここまでの戦いで既に二時間は経過していた。
その間エインは休まずアンスの攻撃を躱し受け流し、 またはその首を取ろうと剣を振り続けた。
流石の彼女でも体力には限界がある。
手を止めてしまえば確実に身体の動きが鈍り、 アンスへの攻撃が届かなくなってしまう。
今の彼女を動かしているのは、 人間のみならず魔物の命をも弄び、 父を侮辱したアンスへの激しい怒りだった。
その時、 ふとエインの中に父との記憶が蘇る。
・
・
・
それはエインが父から剣をプレゼントされた日……
二人はいつものように焚火の前で夕飯を食べていた。
食事中でも、 貰った剣を抱えてウキウキな様子のエインに、 父はある話を聞かせた。
「その剣は少し特別でな……お前の心に応えてくれる力が宿っている……旅の中でもし、 剣の技術のみでは厳しい相手が現れた時……その剣がお前を助けてくれるだろう」
一種のお守りだとも父は言っていた。
無論、 そんなのは心の支えの為に聞かせた作り話……と、 普通ならそう思うだろう。
しかし、 エインは父の言葉を信じていた。
父はいつだって嘘を付かない。
長年共に過ごしていた彼女にとって、 父から聞く話は例えおとぎ話のようなあり得ないものであっても、 それは全て真実だと疑わなかった。
だから憧れた……父に……旅人に……未知なる世界に……
そして、 父の言葉を聞いたエインは満面の笑みで
「ありがとうパパ、 大切にするよ! 」
そう言った。
・
・
・
今、 そんな父の言葉が真実であったと彼女は改めて感じた。
……感じる……パパがくれたこの剣が……私を助けてくれてる……やっぱりパパは嘘を付かない……
剣の助力を無駄にすまいとエインは攻撃の手を止めなかった。
そして……
『ッ! ! 』
勇者の剣が砕け散った。
と、 同時にエインの剣も真っ二つに折れてしまう。
偽物とは言え、 世界最強の武器である『勇者の剣』を穿つ程の度重なる衝撃に加え、 エインの心に応える為に強大な力を使ったのだ。
相打ちになるのも無理は無かった。
アンスは剣を失ったエインを見て好機だと考え、 空かさず武器を出して追撃を狙おうとする。
しかし次の瞬間、 アンスの視点が宙を舞った。
首を斬り飛ばされたのだ。
確かにエインは本命の武器を失った。
だが、 彼女の手には常に剣が握られている。
ミドガの時と同様、 国崩九魔の首程度であれば容易に斬り落とせる。
勝利が見え焦ってしまったアンスは、 一瞬それを忘れていたが故に最後の最後に油断し、 彼女の手にある『見えない剣』で首を刎ね飛ばされてしまったのだ。
この世に生まれ、 私は『アンス』としてその力を継承した……
先代の記憶が私に教えてくれたのは……『人間とは非常に愚かな生物だ』という事……
開拓や資源採掘による環境破壊……食わねば生きていけないという劣等種故の特性から、 他種生物を狩り、 最後は絶滅に追い込む……
極めつけは、 戦争などという非生産的活動で大勢の同種を死に追いやり、 世界に傷跡を残す……
私達魔族は理解が出来ません……何故同じ志を抱くはずの同族同士で憎しみ合い、 殺し合わなければならないのか……
こんな時代になる以前……『火の時代』の方が、 人間達はまだマシな生物だったように思えます……
……私達国崩九魔は取り戻さなくてはならない……かつて、 魔王様が世界を統べ……争いなどというモノが無かった平和の時代を……
その為に……私、 『争い』の象徴……アンスは……平和の為に人類を滅ぼすのです……
それが……私の……国崩九魔にとっての……
『正義』だから……
「……私の『正義』は……またしても敗れたのですね……あなたの戦いぶり……お見事でした」
首だけになっても尚、 まだ意識があったアンスは静かにそう呟く。
「これで戦争は終わりだよ……」
そう言うエインに、 アンスは不敵な笑みを浮かべる。
「いいえ……『戦争』は終わりませんよ……私がいなくとも、 人間はふとした切っ掛けで争いを始める……彼らはそういう生き物なのです……」
その言葉にエインは何も言い返せない。
確かに、 歴史から見れば人間とは古代から領土や資源、 果てには自分らの誇りの為、 数多の犠牲を出しながらも飽き足らず争いを繰り返している。
その気になれば、 話し合いでも解決が出来る知性があるというのに……
そんな思いが頭を駆け巡ったエインは表情を曇らせる。
それを見たアンスは最後に大変嬉しそうな表情で息絶えた。
せいぜいつかの間の平和を謳歌してください……人間は『恐怖』を忘れて生きる事は出来ないのだから……
その言葉を残して……
残ったのは雨音響く静寂と、 そこに立ち尽くすエインだけだった。
すると、 彼女の視界に瓦礫から伸びる焦げた人間の手が映る。
恐らく教団の襲撃から避難する際、 不幸にも避難が間に合わなかった者の死体だろう。
アンスは教団の信者達には洗脳の類は行っていなかった……故に、 この争いを起こしたのは彼らの意志でもある。
言ってしまえば、 この争いが起こったのは人間が抱いた『憎悪』の結果なのだ。
しばらく死体を見つめた後、 彼女は徐に折れた剣を眺める。
「……剣……折れちゃった……」
エインはいつに無く暗い声でそう呟く。
そこに、 エインを探していたガルンがその場に現れた。
彼はアンスの死体を見て状況を察し、 歓喜しながら彼女の元に駆け寄る。
しかし、 そんな彼の呼びかけに反応を示さず、 しばらく立ち尽くすエイン。
しばらくすると、 彼女はガルンの方にゆっくりと振り向く。
その表情は今までに無い程辛そうだった。
頬に伝う雫は雨なのか涙なのか、 彼には分からなかった。
「……ガルン……どうしてだろう……どうしてこんなに嬉しくないんだろう……勝ったのは私達なのに……」
……アンスがいなくても……いつかはこんな戦争が起きてたのかな……だとしたら……私がアンスと戦った意味って……なんだろう……
『救済の灯』の魔の手からヴェイテルタを救い、 国崩九魔であるアンスを討ち倒した。
勝利のはずなのに、 彼女はどこか虚しさを感じていた。
そんな彼女の様子を見て何があったのかと考える間もなく、 彼は折れたエインの剣と瓦礫から見える市民の死体を見て察した。
……師匠……
父から貰った大切な剣を壊してしまった喪失感と、 市民を全員助ける事が出来なかったという現実からの無力感。
自分が戦わなくても結果は同じだったのでは……アンスが『救済の灯』を創らなくとも、 似たような組織がいつかは創られていたのではないか……
そんな思考が彼女の中で渦巻き、 自分の成した事に意味を感じられなくなっている。
そんな彼女の思いを感じたガルンは、 エインを優しく抱きしめた。
周りの景色が見えないよう、 覆い隠すように……
続く……




