第五十一話
前回、 『救済の灯』に潜入し、 教団の計画を知ると共に教祖である国崩九魔 アンスと対峙したエイン。
教団の計画を阻止しようと動いていた彼女だったが一歩及ばず、 既に準備が終わっていた教団はセフィエンゼを襲撃する。
今ここで、 ヴェイテルタの存続を懸けた戦争が始まった。
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「……まずいな……このままではジリ貧だぞ……」
開戦から一時間程経過した頃、 街を襲撃する教団の軍勢は未だ勢い衰えず、 魔物もいくら倒しても次から次へと湧いてくる。
ガルン、 ウル、 カミツグを含め、 応戦していた騎士団も体力を消耗しつつある。
態勢が崩れるのは時間の問題だった。
そんな時、 一同の前に一体の魔物が現れる。
頭部はヤギの頭と牛の頭、 二つの頭を持っており、 身体は竜の鱗に覆われた人型をしており、 腰から生えている二又の尾は蛇の頭をしていた。
そして両手には巨大な斧が握られている。
これまでの魔物とは明らかに雰囲気が違う。
まるで神話の魔物をごちゃまぜにしたかのような悍ましい姿に一同は立ちすくむ。
すると、 魔物は大斧を振りかぶり、 一同に目掛けて振り下ろしてきた。
殆どの者が怯んでいて動けない中、 ガルンとカミツグが前に出て攻撃を受け止めた。
衝撃は凄まじく、 周囲の地形を破壊し、 二人の足元を中心に巨大なクレーターが出来た。
……重い……まるで竜に圧し掛かられたようだ……!
あまりの衝撃に諸に受けた二人は全身の骨にヒビが入る感覚に襲われる。
二人はその痛みに負けまいと空かさず同時に突き攻撃を繰り出し、 魔物を仰け反らせた。
しかし、 魔物には一切ダメージが入っていない様子。
身体を覆う竜のような鱗の所為だろう。
「……はぁ……はぁ……まずいぞ……次は防げない……! 」
「皆を引かせないと……」
一撃で瀕死に追い込まれるガルンとカミツグ。
二人の渾身の一撃でもダメージが入らない魔物。
戦力差は明らかだった。
このままではまずいと感じ、 皆を後方に引かせようとするも声が上手く出せない。
そんな状況を見たウルはため息を付きながら頭を掻き、 二人の前に出た。
……今ここで引けばまだ避難中の民間人が襲われる……こんな状況で躊躇してる場合じゃねぇわなぁ……
そんな事を考えつつ、 彼女は目の前に巨大な魔法陣を展開する。
「……まさか『アレ』が活躍する日が来るとはなぁ……やっぱ何でも試作してみるモンだ……」
そう呟くと、 ウルは負傷した二人に軽い治癒魔法を掛け、 下がらせる。
そして彼女は魔法陣に手を通し、 弓を引くように構え始める。
すると、 彼女の手に魔力で形作られた矢が現れた。
その矢は凄まじい密度の魔力を帯びており、 魔力を感じ取る事が出来ない者も分かる程にそのオーラが溢れ出ていた。
それを見た魔物は体勢を立て直し、 斧を構えながら突進してきた。
魔物の頭がウルに激突するかと思われた次の瞬間……
……竜哮……
そう呟くと同時に、 ウルの手から耳鳴りがする程の凄まじい衝撃波が放たれた。
その波動は周囲の地形と建物を抉り取るように破壊し、 彼女の前方数百メートル先へ飛んでいった。
耳鳴りが止み、 一同は彼女の方を見ると……
「……こ……これは……」
先程まで前方を埋め尽くしていた教団の軍団の姿は消えており、 あの魔物は両足だけを残して跡形もなく消し飛んでいた。
ウルはたった一撃で敵軍の一部隊を壊滅させてしまったのだ。
彼女の奥の手、 『竜哮』……超高密度の魔力の矢を風圧で音速に近い速度で射出し、 空間ごと敵を抉る魔法である。
普段ならこんな大技を戦闘で使う事は無い、 凄まじい威力が故に魔力消費が激しい上、 被害範囲が大き過ぎるからだ。
加えて連発出来ない故の鍛錬不足もあり、 威力や消費する魔力の調整が効かないのだ。
だが、 全国魔試の際にカルミスから『ある魔法』を受け取っていたウルは、 その威力と消費魔力の微調整が可能となった。
それは『魔力の神髄に触れる魔法』だ。
この魔法を使えばエインと同じように『魔力』に干渉する事が可能となり、 術式を細部に至るまで自由に操作が出来るようになるのだ。
いわゆる、 簡易的にエインと同じ領域に踏み込める魔法なのだ。
ただ、 非常に有用な魔法である反面、 大きなデメリットもある……
敵部隊が殲滅されたのを見て安心すると同時に、 ウルは膝をついて激しく息を切らす。
……この魔法……スゲェ使えるけどスゲェ疲れる……概念規模の魔法な上に身の丈に合わねぇ領域に無理やり踏み入るからな……
カルミスは確かに他者に好きな魔法を授ける事が出来る。
しかし、 その魔法を扱えるかはその者の力量次第……
エインのように日々の鍛錬で身に着けた訳ではないウルには『魔法の神髄に触れる魔法』はあまりに負担が重過ぎたのだ。
例えるなら、 普段から運動をしている訳でもない者が、 突然準備体操も無しにプロスポーツ選手並みの猛訓練を行うようなモノだ。
そんな身体的ストレスを受けたウルの体は、 至る所で危険信号を発していた。
全身の水分が抜けるような勢いの大量の発汗、 肺を赤熱した刃で焼き切られるような痛みを伴う激しい息切れ、 脳がまるで融解してしまったかのような激しい眠気。
それら全ての疲労感が彼女を襲う。
そして、 『竜哮』を放って数秒後、 一同が事態を理解するよりも早くウルは気絶してしまった。
カミツグは急いで倒れたウルを抱え、 一時退却を試みる。
すると……
『ッ! ! 』
瓦礫の山や建物の壁を突き破って何者かが一同の前に現れた。
エインである。
彼女はアンスと激しい戦闘の中、 セフィエンゼの方まで吹き飛ばされてきたのだ。
「師匠! ? 」
「あっ、 ガルンにカミツグ! と……ウルはどうしたの? 」
驚愕する一同を余所にいつもの調子で話し掛けるエイン。
しかし次の瞬間、 エインに目掛けて無数の武器が集まった竜巻が襲い掛かってきた。
エインは空かさずその場から離れ、 他の者に被害が及ばないよう距離を取る。
それと同時に竜巻と共に一同の前にアンスが姿を現した。
彼はガルン達に気が付き、 そちらに視線を向ける。
すると、 彼は徐にガルン達の方へ指を差した。
次の瞬間、 ガルンとカミツグの視界に無数の剣や槍が映る。
視界に映る全ての武器には魔法が付与されており、 触れれば死ぬと予感させる雰囲気を放っている。
ウルは気絶している。
ガルンもカミツグも、 その場にいる全員でも攻撃を受け切る事は不可能。
絶体絶命だと思われた次の瞬間……
……無名 伍……
静かに呟くその声と共にエインがガルン達の目の前に現れる。
すると、 向かって来る全ての武器が彼女の目の前で軌道を変え、 次々と地面に落ちていく。
エインは目に見えない程の速度で向かってくる武器を剣や掌、 自身の使えるモノ全てを使って受け流しているのだ。
その動きは舞い踊るかのように滑らかで、 閃光の如く素早い。
しかし、 そんな激しい動きに反して彼女の表情は依然として余裕があるようだった。
……凄い……魔剣も全ていとも簡単に……
ガルンは初めて見るエインの技に目を奪われる。
そうして彼女は飛んでくる全ての武器から全員を守り切った。
「おや、 守り切りましたか……」
アンスはそんなエインを見て軽く拍手をする。
「……あなたの相手は私だよ……他の皆を巻き込まないで……」
神妙な顔つきでそう言うエインに対し、 アンスは不敵な笑みを浮かべる。
「……えぇ分かっています……少し試してみただけですよ……安心してください、 もうあなた以外の者に私が危害を加えるつもりはありません……」
『私は』……ね……
そう言うとアンスはゆっくりと手を前に出し、 指を鳴らした。
すると、 突如として街の中に人型の巨大な怪物が次々と湧いて出てきた。
それを見た一同はアンスが何をしたのかと混乱する中、 ただ一人エインは理解した。
……あれ……人間だ……!
そう、 その怪物からは紛れもなく人間と同じ気配を感じたのだ。
それが意味するところすなわち……
自体が急変する少し前……
エーフィルは大聖堂に襲撃して来た教団の軍勢を退け、 安全の確保を行っていた。
聖堂内で人々が怯える中、 避難誘導や怪我人の手当に専念する聖職者の一人に異変が生じる。
その者はレイファであった。
彼女は急にもがき苦しみ出し、 不気味な笑顔を浮かべたまま
「火の時代に栄光を! 」
そう叫ぶと、 白目を剥いたまま倒れてしまった。
周りの者がすぐに救助を行おうと駆け寄ろうとした次の瞬間。
『ガァアァァァアァァッ! 』
と、 凄まじい雄叫びと共にレイファの身体が急速に膨張し、 一瞬にして人型の巨大な怪物へと変貌した。
そう、 街に突如として現れた怪物の正体は『救済の灯』の信者達だったのだ。
アンスは人間を教団に受け入れる際、 全ての者に自らの血を体内に注入していた。
彼の血は全ての生物を魔物に変異させる特殊性質を有しており、 その気になれば血を仕込んでおいた動植物をいつでも魔物に変異させる事も出来るのだ。
そして、 レイファはウルが疑っていた通り、 『ミュルーラ教』に潜入していた『救済の灯』の信者の一人だったという訳だ。
怪物は周囲にいた聖職者達をあっという間に貪り、 次に民間人を喰らおうと動き出す。
そうはさせまいとエーフィルは怪物の前に立ち塞がり、 巨大な水の塊で怪物を突き飛ばした。
怪物は腹を貫かれ、 動かなくなる。
「全く……ヒトを魔物に変えるなんて……ロクでもない奴らだね……」
レイファの異変を見てすぐに教団の仕業だと勘付いたエーフィルは大きなため息をつく。
すると、 倒したはずの怪物が再び動き出した。
貫かれた腹は既に再生している様子。
……変異させた奴を殺さないと死なないって感じね……マズいな……アタシだけじゃあのバケモンを長くは止められない……ここを離れる訳にもいかないし……
ギルファルドは最前線に出ていて傍にはいない。
万事休すかと思われたその時……
「ローグ流剣術……燕舞ッ! ! 」
勇ましい声と同時に、 何者かが怪物の背後から横に両断した。
それと同時に、 エーフィルの前にその人物は降り立ち、 跪いた。
美しい金の髪に、 こちらを力強く見つめるサファイアのような青い瞳……そして、 白い鎧を身に纏い、 その手には黄金に輝く剣が握られていた。
エーフィルはその人物を見てすぐ何者か気付いた。
「ヴェイテルタの王、 エーフィル陛下……遅れて申し訳ありません……」
バルキス騎士団、 只今馳せ参じました!
リエルデ王国を守る騎士団、 バルキス騎士団の団長……バルキス・ローグ・クライウムだ。
……ウソでしょ! ? ……だって、 救援要請を出したのはつい二週間ぐらい前……こんな早く着くなんて……
バルキスの話によると、 エーフィルの話と共にヴェイテルタの救援要請を受けたリエルデの王 ケイニスは、 騎士団に急いで救援へ向かうよう指示を出したという。
そして、 本来であれば一か月以上は掛かる道のりを、 彼らは二週間で越えて来たのだ。
そんな彼らの凄まじい体力とスピードに驚くエーフィルを余所に、 バルキスは再び起き上がる怪物に剣を向ける。
同時に、 他の騎士団員に指示を出し、 街で逃げ遅れている民間人と防衛に当たるヴェイテルタの騎士団の援護へ向かわせた。
「陛下は引き続き大聖堂の防衛を……この怪物は……私が引き受けますッ! 」
そう言うと同時に、 バルキスは怪物に突進し、 大聖堂から離れる形で突き飛ばしていった。
……この戦いには国崩九魔が一枚噛んでいるだろうと陛下から聞いた……そして、 エイン殿もこの国に来ている事も……恐らく今の彼女はその国崩九魔と交戦中だろうな……
エインがヴェイテルタに来ている事は知っていたバルキスは、 彼女が国崩九魔と交戦している事を察した。
しかし、 エインの実力を信頼していたバルキスは、 怪物と戦いつつも笑みを浮かべていた。
……エイン殿……大物は其方に任せるぞ……!
「……とは言え……私一人でいつまで引き留めていられるか……それに、 相手は一体だけではないようだな……」
大聖堂から離れた事で他の怪物とも鉢合わせてしまったバルキス。
流石に苦戦は免れないと考えつつも剣を構える。
その時……
「バルキス様ッ! 」
彼女の名を呼ぶ声と同時に、 背後から飛んで来た水の刃らしき物が怪物の手足を斬り落とした。
何事かと振り向いた先にいたのは
「ギルファルド殿! 久しいなぁ! 」
「お久しぶりですバルキス様、 私も加勢致しますッ! 」
そうして加勢に入ったギルファルドと共に、 バルキスは怪物達に立ち向かった。
…………
街の状況を見たエインは明らかに表情が引き攣っていた。
そんな彼女を横目に、 アンスは笑みを浮かべながら戦火に燃える街を眺める。
「やはり……人が焼けていく様は美しいものです……こうして人間が一人……また一人と死ぬ事で、 平和へ近付いていくのを実感します……」
「……何を言って……人が死んでるのが何が平和なの……あなた達魔族は人の命を何だと……――! 」
「私達にとって人間の命などゴミに等しいです……互いに何の利益も生まない同族同士の争いで世界を傷付ける……それが『ゴミ』と言わずして何でしょう? 」
珍しく怒りを露わにしたエインに、 アンスは静かに彼女の言葉を遮る。
アンスは国崩九魔となってから、 生涯の殆どを人間の観察に費やしていた、 そこで彼は気付いた。
人類とは、 『争いの歴史を繰り返す生き物』だと……そして、 歴史を繰り返す度に世界にその傷跡が増えていく。
アンスはそれが見るに堪えなかった。
「エイン様……私はね、 ただ私利私欲の為だけに人間を殺している訳ではないのです……かつて人間が争う事の無かった唯一の時代……『火の時代』の復活の為にやっているのです」
かつて魔王が世界を支配し、 人間同士の争いなど無かった平和の時代……『火の時代』。
それをザルビューレが壊し、 人間が世界の支配権を握ってしまった。
そこからは人間は互いに争い始め、 何も関係のない世界そのものまで傷付け始めた。
自分はそれを止めるべく生まれた。
アンスはそう信じて止まなかった。
「なら……こんな事しなくたって別の方法が……」
「最初こそ平和的に彼らを止めようと努めた事はありますよ……しかし、 彼らは私が魔族だという理由だけで聞く耳を持たなかった……そうして同族での争いも止まる事は無く繰り返される……ならば良いでしょう……そこまで『争い』がお好きなら……その『争い』を以て滅ぼして差し上げましょう、 と……私は決めたのです……」
そう語るアンスにエインは何も言い返す言葉が浮かばなかった。
「私が行っているのは『正義』なのです……世界の平和の為に……人類を滅ぼす……それが国崩九魔である私にとっての存在意義であり、 最善の道なのです」
それを聞いて、 これ以上話しても無駄だと感じたエインは、 アンスの視界から姿を消し、 彼の懐まで距離を詰めて抜剣の構えに入った。
静かな表情でありながらも、 そこから明確な殺意を感じられ、 周囲の炎で煌めく黄金の瞳が確実にアンスの首を捕らえている。
次の瞬間、 二人の間で激しい金属音が鳴り響く。
アンスは首元まで迫っていた彼女の剣を出現させた魔剣で防御したのだ。
「あなたも己が『正義』を元に私と戦っている……違いますか……? 」
そう言いながら彼も無数の武器でエインを囲い、 反撃する。
エインにとって、 『正義』とは何なのか……それは彼女自身もよく分かっていない。
だが、 かつて一人っきりで森を彷徨っていた頃、 誰にも助けてもらえず、 恐怖に怯え、 ただ蹲る事しか出来なかった無力感と苦痛を……弱者故の苦悩を彼女は知っている。
だから、 エインは目の前で苦しんでいる人を見捨てる事が出来ないのかもしれない。
ましてや、 何も知らぬ無垢な人々が戦火に焼かれるなどと……何もせず見ていろという方が無理だった。
そんな事を考えながらも、 エインは目にも留まらぬ速さで飛び上がり、 アンスによる包囲攻撃から抜け出す。
……アンスを守っているあの剣……すごく硬い……他の武器と何が違うんだろう……
彼の防御を見た彼女はアンスを守る剣を分析する。
一方で、 アンスは自身の守りには絶対的自信があった。
その理由は彼の近くで守りを固めている剣にある。
その剣とは……
『勇者の剣』である……
続く……




