第四十九話
前回、 ひと悶着ありつつも、 無事にヴェイテルタの首都 セフィエンゼ に到着した一行。
そこで、 ヴェイテルタを統べる王でありながら最高位聖職者を務めるエーフィルと出会い、 現在の国内で起きている騒動の鎮静化に協力してもらいたいと持ち掛けられる。
一行は目的である転移の魔法具を使わせてもらう為にも、 半ば仕方なく依頼を受ける事にした。
・
・
・
エインに『ミュルーラ教』の歴史について聞かれたエーフィルは、 歴史書を元に語り始めた。
その昔、 人々が魔王と悪魔に支配されていた『火の時代』……
その時代に終わりを告げたのは世界に降臨せし神竜、 ザルビューレだった。
ザルビューレは悪魔の頂点である魔王を討った後、 人々に世界の半分を授け、 世界を守護する『勇者』を生み出す『竜の卵』を与えた。
後に、 人々が孵した『竜の卵』からは五人の人間が生まれた。
ザルビューレの力の一部を継承していた彼らは、 それぞれ異なる力を持っていた。
一人目は、 竜の如き怪力と頑丈さを持つ『竜の始祖』・ヴュルトー
二人目は、 悪魔を退ける聖水を生み出す『水の始祖』・ミュルーラ
三人目は、 人々を守る植物を操る『樹の始祖』・セアーレン
四人目は、 瘴気を祓う聖なる炎を操る『炎の始祖』・ヴィヴァロン
五人目は、 全ての悪魔を浄化する太陽の力を操る『太陽の始祖』・ヴェアフィー
彼らは後に『始祖の勇者』として人々に崇められ、 その英雄伝は神話となった。
ここまでは多くの人が知る伝承だ。
そして、 ここからが『ミュルーラ教』誕生にまつわる話である。
『ミュルーラ教』を創立したのは今から二千年以上前、 『水の始祖』の血を継いだ者である。
エーフィルはその239代目、 唯一始祖の力をそのまま継承した奇跡の末裔と言われている。
『ミュルーラ教』が創立された切っ掛けは、 初代教皇が夢の中で始祖の勇者に掲示を受けた事から始まっている。
その掲示の内容は……
「『国喰らう悪魔、 ヴェイテルタに現れし時……ヴェイテルタは滅びの道を歩まん……汝、 水の始祖を信仰せよ……然らば悠久の先……『始祖の力』を継承せし者と、 悪魔討つ『時の勇者』が現れ……国焼く火を鎮めん』これを信じた初代教皇が『ミュルーラ教』を創立した……そして長い時を得て、 ミュルーラ教独自の『祈祷』が生まれるにまで大きくなったって訳……」
話を聞いた一行は一つ引っ掛かる。
掲示にある『国喰らう悪魔』、 これは恐らく国崩九魔の事を現している。
そして、 『始祖の力を継承せし者』というのは間違いなくエーフィルの事だろう。
では、 その先にある『時の勇者』とは何者なのか……
それについて詳しい話を聞こうとするも、 エーフィルもその者については全く情報が無いと言う。
……掲示の内容からして『始祖の力を継承せし者』はエーフィル様だ……そして今のヴェイテルタは『救済の灯』のせいで崩壊の危機にある……もしこれが掲示で語られていたヴェイテルタの滅亡の危機だとしたら……『時の勇者』とは……まさか師匠の事か?
そんな考えが頭を過ったガルンだったが、 流石にただの偶然かと無理やり納得させる。
そもそも伝説では『竜の卵』から生まれた勇者は五人、 六人目がいるなんて記述は世界のどの資料にも載っていない。
考察が絶えない三人を見たエーフィルは、 勇者について一つ教える。
勇者とはすなわち『血筋』、 今を生きる勇者の証を持つ者は全員、 近かれ遠かれ『始祖の勇者』の血を継いだ一族なのだ。
そして、 その一族である事の目印に刻まれるようになったのが『勇者の証』である。
故に人々は、 勇者の血を継ぐ者達は人を超越した力を持っていると信じて疑わず、 大昔から世界に愛された者として崇められてきた。
しかし実際のところ、 超人的な力を持って生まれる者は僅かであり、 殆どは一般人より幾倍か強い程度の者ばかりだという。
原因としては何千、 何万年という時を経て、 その血筋が枝分かれをし続けたのが大きいとされている。
すると話の途中、 エーフィルはそんな現代の勇者に心底落胆していると言った。
何故なら今の彼らは勇者の血筋という肩書にばかり頼り、 己の欲を満たす者ばかり。
本来の勇者とは何なのか……それを改めて考えて欲しいと彼女は愚痴を零す。
「今やギルみたいな優秀な奴はほんの一握り……血筋で勇者が決まるなんていう世界でなければ……そこのお嬢ちゃんみたいに実力がありながら、 人の為に行動の出来る優しい心を持つ奴に証を授けたいくらいだよ……」
「では、 『時の勇者』とは……まさか勇者の証を持たない一般人だとでも……? 」
「それに関してはアタシでも分かりかねる、 けど……お嬢ちゃんがベリスタで国崩九魔を討伐したって話は聞いた……太陽級以外で国崩九魔を単独討伐するその実力……『勇者』って言われてもおかしくないかもねぇ……」
勇者の歴史は何万年もの昔から続いている。
その中で歴史に残されなかった、 もしくは消された勇者がいてもおかしくない。
掲示にある『時の勇者』なる人物が実在する可能性は十分にある。
そんな話をする一同を見ていたエインはふと、 父との記憶を思い出す。
・
・
・
それはエインがまだ幼かった頃……
この日、 エインの父は彼女に一冊の本を読ませていた。
それはイースダルテに生まれた五人の勇者の物語である。
『世界の半分を手に入れた人間は、 その知性を以て大きく繁栄した……
しかし、 そんな人間を嫌う生き物がいた……
それは『火の時代』の悪魔である……
世界の形を変えた竜は誰の味方でも敵でもない……故に竜は悪魔を全て滅ぼそうとはしなかった……
これにより、 人間は生き残った悪魔の脅威に怯える事になる……人はこれを『魔の時代』と呼んだ……
人間は竜に祈った……自分たちを脅かす悪魔達を滅ぼして欲しいと……
竜はそんな哀れな人間を見かね、 一つの卵を授けた……
竜は言った……『その卵を清い水に浸からせなさい、 そうすればお前達を助けてくれる者が生まれるだろう』と……
人間は竜に言われた通りにした……すると卵から五人の人間が生まれたのだ……
卵から生まれたその人間は、 それぞれ悪魔を祓う特別な力を持っていた……
後に『始祖の勇者』と呼ばれるようになった五人には、 その力から乗っ取り『竜の始祖』、 『水の始祖』、 『樹の始祖』、 『炎の始祖』、 『太陽の始祖』と名付けられた……
この五人の始祖のお陰で人間は悪魔の脅威から救われ、 人間は彼らを崇め奉るようになった……
こうして、 世界は悪魔と人間の大戦を経て……人類文明の黎明期『竜の時代』を迎えた……
後に、 その勇者達の力は代々継承され、 今も尚その血筋が残されている……』
本の内容はこのような話だった。
エインはその話に目を輝かせる。
「パパ、 パパ! 私勇者になりたい! 」
まだ幼い彼女は突発的にそんな事を口走った。
見たモノ聞いたモノ全てに影響されるのが子供の性だ。
そんなエインを見た父は理由を問う。
「えっとね、 世界じゅうの悪魔をぜんぶ倒して……皆が戦わなくていい世界にしたい! 」
その答えに対して父は少し悲し気な表情を浮かべながら言った。
「エイン……この世に悪魔がいなくとも……ヒトは必ず争い合うモノなんだ……」
勇者に戦う力はあれど、 全ての人々を結び付ける力は無い。
悪魔がいなくとも、 結局人間が争いの絶えない世界を作り出す。
父はそんな現実を彼女に突き付ける。
それを聞いたエインは酷く落ち込む。
しかし、 同時に父は
「だが……それでも勇者は人々を守る事が出来る力を有しているのは事実だ……その力で何を成すか、 何になりたいか……それを決めるのはお前自身だ……」
勇者とはただ悪魔を倒す者ではない……目の前に在る命、 傷つけられようとしている命……守るべきモノ、 守りたいモノ……それらの為に命を懸ける勇気を持つ者の事を言うのだと……
そう言った。
父の言葉を聞いたエインは
「じゃあ私……いつかパパを守れるくらいすごい勇者になるぅ♪ 」
イマイチ理解が出来ていなかったが笑顔でそう言った。
そんな彼女を見た父は微笑みながら彼女の頭を優しく撫でた。
恐らく父にとって、 当時の彼女にはそれくらいの理解で十分だったのだろう。
そうだな……きっとなれるさ……お前がそう望むなら……
・
・
・
……勇者……かぁ……そういえば夢だったなぁ……
エーフィルの話を聞いて思い出したエイン。
その様子を見ていたエーフィルは、 まるで我が子を見る母のような笑みを浮かべる。
「……さぁて、 まだ聞きたい事はあるかい? ……今日はまだ時間がある、 アタシと話せるのは今の内だよ」
「あ……えっとね……そう! さっき言ってた『祈祷』って何! ? 」
「あぁ~……アレねぇ……知りたければ教えてあげるよ」
目を輝かせるエインに、 エーフィルは『祈祷』について解説を始めた。
まず、 『祈祷』は『魔法』とは違い、 術式や詠唱を用いずに魔法と似た力を『祈り』によって発動させる術であるという。
『祈り』と言っても宗教によっては様々なものが存在し、 大掛かりな儀式を行うモノもあれば、 人や獣の血肉を必要とするカルトじみた儀式を行うモノもある。
ここまでが一般的に知られている『祈祷』の常識である。
では、 『祈祷』はどのような原理で発動しているのか……
それは……
「魔法と同じさ、 『魔力』が人の願いや感情……言わば『思念』に呼応してそういう現象を引き起こしてるってだけ……応用利かせれば傷を治したり、 味方に様々な力を付与したりも出来る」
『魔力』は自然現象のみならず、 生き物の肉体的動きや、 人の感情や思念などにも反応する。
故に、 イメージが強固かつ明確であれば、 術式や詠唱以外の手段でも魔法と同じ力を行使する事は可能である。
これは全国魔試の時、 エインが知った『理』だ。
また、 三人も彼女からその事を聞いていた
そこで一行は一つの推測に至る。
「では……聖職者は皆、 『魔力の神髄』を……? 」
魔力という存在そのものに干渉し、 術式や詠唱を用いずに魔法を発動させる事ができる領域……『魔力の神髄』……
それは、 生涯を掛けて鍛錬を積んでいようと、 どれだけ知識を蓄えようと、 大陸最強と言わしめる魔法使いにさえ到達できない……心の底から『魔法』を愛し、 『魔法』に愛された者にしか辿り着けない至高の領域……
聖職者たちが使う『祈祷』がそれに近いモノに感じたのだ。
しかし、 エーフィルは否定する。
「『魔力の神髄』……カルミスから聞いた事あるけど、 アタシ達がやってる事はそんな大した事じゃない……言ってしまえば、 『術式』が『祈り』に変わったってだけの事さ」
『魔法』では『術式』や『詠唱』といった、 人のイメージを可視化したモノで『魔力』を操作する。
それが『祈祷』においては、 『祈り』を通して強まる『思念』で『魔力』を操作している。
つまり、 両者ともに『魔力』を操作する上で、 予め決まった方法を使っているのは変わらないのだ。
だが、 エーフィル曰く、 最近の若い聖職者達は『祈り』に対する理解が足りないらしく、 近頃は『祈祷』を使いこなせる者が少なくなっているそう。
「そこでアタシは近年、 カルミスと一緒にあるモノを開発した……その名も『祈祷魔術』……『祈り』の意味を理解していない奴でも使える祈祷さ……」
『祈祷魔術』、 彼女の言う通り、 それは『祈り』の意味を理解できず、 祈祷をうまく扱えない聖職者でも扱える新たな形の祈祷である。
術式を用いないのは変わらない、 発動に必要なのは『触媒』と呼ばれる物である。
『触媒』とする物は何でも良い。
植物や岩、 鉱石……時には生き物の血肉……中でも、 ミュルーラ教では水を『触媒』としている。
術者はその『触媒』を通して起こして欲しい現象をイメージし、 念じる。
すると、 『触媒』とした物質に準じた『祈祷』が発動する。
本来の祈祷では『神』や『自然』といった、 『抽象的な存在』に対して祈る事で発動するのに対し、 『祈祷魔術』では『触媒』という明確かつ可視化した物を『信じる対象』として祈り、 発動させる。
つまり、 祈りにおける『触媒』は『抽象的な存在』から『術式』や『詠唱』により近付けた形で役割を成すという事。
故に、 原理的には魔法に近いため、 『祈祷魔術』と呼ばれているそう。
「ここまで言えばもう察しが付くだろう……要は『祈祷』っていうのは『何を信じるか』が重要じゃない……『そいつがそれを出来ると信じる心』が必要なのさ……『祈り』はそいつをより強固にするための手助けって訳」
「なるほど……では『信じる対象』は何でも良いと……」
「まぁ端的に言えばそういう事さ……因みに言うと、 アタシは『水の始祖』なんざ信じちゃいない……大聖堂で祈りを捧げてるが……あれは形式上やってるってだけさ」
「え、 じゃあ何を信じてるの? 」
すると、 エーフィルは徐に席を立つ。
「……アタシが信じてるのは『アタシ自身』さ……いざという時、 最後に信じられるのは『神』でもなければ『始祖』でもない……『自分の力』なんだよ……」
そう言うと、 エーフィルは煙管に詰める薬草を取りに一旦部屋を後にする。
……あのお姉さん……もしかして結構すごい人……?
部屋を出ていくエーフィルの後ろ姿を眺めながら、 エインはそんな事を思った。
続く……




