7章最終話 今の続き
横須賀ポートマーケットに入ると、外からは見えなかった多くの店舗が見えるようになった。お土産を買えそうな店も簡単に見つかるし、いい匂いのする飲食店も見える。
「ほんと、何にしよっかなぁ」
やっぱり名物はカレーが第一のようで、パッと目に入るのはそれになる。
「……」
カレーと一言で言えど、パッケージにもなぜか多くのバリエーションがあり、『海軍カレー』を称しているもののみですら少なくとも3種類はある。中にはシックなデザインのものもあり、すさまじい推され方である。
「一旦!一旦カレー以外に何があるか見てみなきゃ」
この店舗のほかにもいくつも店舗があり、ここだけでお土産を決めるのは時期尚早。
「わぁ、ハンバーガー焼いてる。いい匂い」
ネイビーバーガー店からは香ばしい匂い。もしもっと早い時間で横須賀についていたら、今日の昼食はこれだったかも。
「次ここに来たら、昼ご飯はハンバーガーにしよっと」
それはそうと、ハンバーガーは持って帰れない。ほかの店を見てみることに。
「海鮮系は……もしかして、カレーよりはアリ?」
今から買って帰るには鮮度が落ちてしまうから刺身は買えない。買うなら冷凍のものか、干物かになる。友人3人と干物を食べながら緑茶を啜る光景を思い浮かべた。穏やかな休日の時間が流れていく様を……。
「カレー昼食会は避けられるけど、これはこれでちょっと侘び寂びすぎるかも」
ここもいったん保留となった。
もう少し施設内を歩くと、ひときわ茉莉の目を引くものがあった。
「プリンだ!」
冷蔵の商品棚の中には、プリンをはじめとして様々なお菓子が陳列されていた。この姿を見て、茉莉はほとんど今日のお土産を決心したが、値段が値段。今までのお茶会も割り勘がルールになっていて、茉莉の感覚からすると少し値の張るこのプリンを黙って買っていく気にはなれなかったので、友人の判断を仰いでから買うか決めることにした。
『恒例のお土産なんだけど』
チャットルームに店舗のリンクを貼った。
『プリンにしようと思ってるんだ』
『だけどちょっとお高めだから、もしこれじゃないのが良かったら教えて』
『代わりのものを買ってくるから』
『抹茶味でお願いね』
返信に少し待つかと思っていた茉莉は、送った数秒後に届いた涼乃の返信を見て思わず「はやっ」っという言葉が口をついて出た。
『OK』のスタンプを送った後、残り二人の返信を待つためにいったん店の外に出ることにした。外には思っていた通り座れる場所があって、すぐにそこに腰かけた。もうあまり立って待っている体力もない。ちょうどテーブルもあるベンチだったので、テーブルに突っ伏していた。
すこしうつらうつらしていると、結城から『カスタードよろしく』と返信が来た。あと一人。ここでうっかり眠ってしまうと夜まで起きずに風邪をひきそうだったので、茉莉は帰りのルートを探しながら拓也の返信を待った。
「同じルートで帰ってもいいけど……」
横須賀中央から京急に乗って、横浜か品川で乗り換えればそれで大宮まで帰れる。
「横浜駅ならまだ大丈夫かもだけど、寝落ちしたら乗り換えられないかも」
みんなの返信を待っている間にも少し眠ってしまいそうになったのだ。京急線で座れたのならゆりかごのような心地で眠ってしまうのが想像に難くない。
「同じルートって、あんまりおもしろくないし」
それが茉莉の最近の信条だった。なるべく、来た道とは違う道で帰ってみたい。
そこでふと、行きの電車で見た地図のことを思い出した。この近くにはもう1つ、路線の違う駅がある。
「あった!『喧嘩別れした横須賀駅』!」
『喧嘩でもしたのかな』と思うくらいには離れている、JRの横須賀駅を再度見つけた。調べていくと、この駅から3駅先に茉莉がいつも大宮駅で見たり、乗ったりする終着駅の逗子駅がある。これなら乗り換えに失敗することもないし、座ってゆっくりしていられる。
そこまで調べ終わったタイミングでちょうど、『遅くなってごめん、黒みつプリンが欲しいな』と拓也から返信が来た。これで全員分のプリンを買うことも決まったし、帰りのルートも決まった。意を決して立ち上がったら、茉莉はポートマーケットのプリン店に戻った。
「抹茶プリントと、カスタードプリン、黒蜜プリンと……それから……」
店員にプリンを注文するとき、ふと自分に買うものをどれにするかを決めていないことを思い出し、 少し言葉を止めて悩んだあと、
「フレッシュクリームプリンを1つずつお願いします」
普通のプリンよりも少し響きがリッチなものを選んだ。
大体は容器の重さなのだろうが、出されたプリンは少し重たくて、背負ったリュックはずっしり重くなった。
「揺らさないように帰らなきゃね」
慎重な足取りで、国道16号沿いを西へと向かった。少し遠くに歩道橋が見えたときは、揺らさないように階段を上らなければならないのかと少し心配になったが、近づいてみるとそこには親切なことに歩道橋上へとつながるエレベーターが設置されていて、果報を得たような気分になった。
県道と複雑に交差する道をスマホの道案内の通りに超えると、ようやく横須賀駅のロータリーが見えてきた。
「ちっっちゃい」
それに伴って見えた横須賀駅の駅舎は、降りたときに見た横須賀中央駅よりもかなり小さくて驚いた。ICカードに帰りの運賃と少しチャージして、改札を通った。ちょうど青とクリーム色の千葉行きの電車が来て、それに乗った。田浦、東逗子とあっという間に過ぎれば、目的の逗子駅に到着。歩道橋を使って隣のプラットホームへと移動して、グリーン券を買った。「電車が混んで、プリンに何かあったらよくないし」と自分に言い聞かせて奮発した茉莉だったが、実際ただゆったり座って帰りたいだけだった。
すでにホームで出発を待っていた電車に乗って、二階座席に向かって、あと数分後の発車を待った。せっかくのグリーン車だし、席に座ったらスマホで動画を見るか、本を読むか、どうしようかと乗る前は考えていたが、茉莉が席に座って真っ先にしたことは、自分の席のリクライニングを最大に倒して、ひざ掛けを掛けることだった。
「赤羽、赤羽です」
そのアナウンスで茉莉は眼を覚ました。少し瞬きをしたつもりが、あまりにも時間が飛んでいたものだから、「あっ、えっ」と小さな驚きの声が出た。空席だった隣にもいつの間にか知らないお姉さんが座っている。
「あと2駅か」
何をしようにも中途半端な時間に起きてしまった。大宮までは残り15分程度なので、当然もう一睡するなら寝過ごすし、何か読んだりするのにも時間が足りない。仕方ないからリクライニングを元に戻して、外の景色を眺めていることにした。荒川を超えたら埼玉県に入る。もう何度も見慣れた光景。川口の街が忙しそうに動いている。そのあとも何も考えずに過去になっていく風景を眺めていた。床下から規則正しい鉄の音がする。
電車がさいたま新都心駅を通過したあたりで、茉莉は席を立って降りる準備を始めた。通るスペースを空けてくれた知らないお姉さんに少し頭を下げて、階段を下りた。
ドアが開くと早速熱帯夜の湿気に包まれた。そんなものはないはずなのに、なぜか大宮の匂いを感じ取れた気がして、帰ってきたという実感が体からあふれてくる。エスカレーターも登れば、本当にいつもの景色。またいつも通りの方法で家を目指した。いつもと違うのは、荷物の重さと、それを慎重に運ばないといけないという状況だけ。なるべく階段を通らない道を通っていく。ちょうど今頃の時間が日没らしく、西の空は赤く明るい。まだ蒸し暑さが残っている。
「ただいまー」
疲れた体で出せるだけの声を出すと、キッチンのほうから「お帰り」と母の声がした。
「ママ、晩御飯は?」
「今日はカレーだよ。出来上がるまでもう少しかかるから、荷物片づけてきなさい」
「ふふ、良かった」
今日お土産にカレーを買って帰ってきていたら、今日の晩御飯でもカレーを食べて、明日のお茶会でもカレーを食べるカレーだらけの時間を過ごすところだった。ふとそう考えたら、笑みがこぼれた。
「どうしたの?」
「ううん、なんでも」
一旦2階の自室に入って、持って帰ってきた荷物を下ろした。そのあと冷蔵庫の空いているスペースに4人分のプリンを入れた。疲れているしお腹も空いていたので、魔が差してつまみ食いをしないように素早く冷蔵庫の扉を閉じた。
そのあとは自室で荷物を片付けて夕飯の時間を待った。ふと今まで行った場所の写真が飾られている地図が目に入って、今日の分の写真は何にしようかと考え始めた。どれもいいものが撮れているから、飾れる写真が数枚なのが惜しい。そこまで考えてふと、今日は楽しかったという実感が湧いてきた。
「あの時、『今』を楽しむべきなんだって、気づいてよかった」
それは城ケ島から県道215号を東へ進んでいった時のこと。あの景色が持っていた憂いを吹き飛ばしてくれた。
「だって、帰ってきた今だって、こんなに楽しいもの」
胸の内に確かな充足感を持って、茉莉は部屋のドアを開けた。部屋の外からはカレーの匂い。




